旅人マリーシャたびびとまりーしゃ
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。2014年より『旅人マリーシャの世界一周紀行』を連載。
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あけましておめでとうございます。昨年から引き続き「世界の宿」シリーズも第三弾。やっぱり旅人はこんな宿に縁がある。
私がエスプレッソマシンを個人輸入するほどカフェラテ好きになった背景には、カフェ大国オーストラリアでのカフェ就労経験によるものがあるが、コーヒー豆の産地を意識してブラックを飲むようになったのはエチオピアでのコーヒーセレモニーを体験したことが影響している。
2017年、私は東アフリカに位置するエチオピアを訪れた。この国はこれからアフリカ大陸縦断(サハラ砂漠以南)というハードル高めの旅のスタート地となる重要な場所だった。
アフリカの旅は基本的に"安全はお金で買う"のが鉄則。いつもなら安宿のドミトリーで宿代を節約したいところだが、首都アディスアベバでは旅人にしては贅沢な「OLYMPIA GUEST HOUSE」の一泊1000ブル(約5000円)ほどの個室に泊まることにした。
広々とした部屋には大きなベッドとクローゼット、ソファにテーブル、清潔なトイレと熱いお湯が出るシャワーもあって快適。かなり弱いがネット接続も可能で、無料朝食(卵やトースト)付き。宿泊費をクレカ払いできるなど、先進国なら当たり前なこともアフリカだとありがたみを感じる。
バックパックを下ろすと私は薬局を探しに街へ出かけた。抗マラリア剤をゲットするための、アフリカで"はじめてのおつかい"である。
アディスアベバは標高2355m。治安の悪さに怯えていたこともあってか酸素は余計に薄い。ハァハァと息を切らしながらなんとか薬局に辿り着き、崩れた地面を飛び越えてやっとのことで薬を手に入れた。
薬は蚊の発生するエリアでは日常的に服用する必要があったが、アディスアベバは高地なのですぐに飲む必要はない。副作用にはうつ症状や重度肝機能障害もあると聞いていたのでできれば飲みたくはないし、私は蚊の気配を感じるまでは飲まずに粘ろうと、とりあえずお守り代わりに鞄の底にしまった。
「おかえりなさいませ。ぜひゆっくりとコーヒーを楽しんでください」
宿のロビーではエチオピア伝統のコーヒーセレモニー「カリオモン」が始まっていた。これは客人をおもてなしする時に女性が執り行なうセレモニーで、結婚前の女性が身につけるべき作法。日本で言うところの茶道のような文化的習慣である。
手順としてはまず床に青草を敷き、コーヒーカップを並べた台座を用意。それから乳香を焚いて、洗った生豆を鉄鍋で煎り客人に香りを楽しませる。続いて、焙煎を終えたらコーヒー豆をすり潰し、ポットに水と細かくすり潰したコーヒー粉を入れ、火にかけてコーヒーを抽出。
客人は3杯飲むのが基本で、お好みで砂糖や塩、香辛料、バターなどを加え、会話をしながらゆっくりと楽しむのがエチオピア流。飲み終えた後は作ってくれた女性とコーヒーの味を褒めるのがマナーなのだとか。
お香とコーヒーの意外な香りの組み合わせは独特ながら心地良く感じた。私はエチオピアにこんな素敵なコーヒーセレモニーがあるのかと心癒されたが、カフェインのせいだろうか、それとも旅の緊張と興奮であろうか、この夜の眠りは浅かった。
少数民族の村へ向かうための中継地点の街・アルバミンチでは「Tourist Hotel」に宿泊。この街では比較的立派な宿で、宿泊客も身なりが良く現地の富裕層と言った感じ。一泊600ブル(約3000円)ほどでトイレとシャワーにタオル付き。冷蔵庫や扇風機にテレビ、デスクもある。
ベッドに蚊帳が付いているということは、いよいよ蚊が出てくるエリアか。それでも私は蚊の存在を確認するまで薬を口にせずやり過ごしたが、今思うとこれはなかなか危険な賭けだったかもしれない。ちなみに私は遭遇していないが、この宿でコーヒーセレモニーを受けたという旅人もいる。
宿の外には路上生活者も多く、壁を隔ててまるで違う世界のようだった。そのためか、エントランスには毎回ボディチェックがありセキュリティ面はしっかり。
リゾート感のある広くて美しい中庭では、宿泊客が優雅に生ビールを飲みながらテレビでスポーツ観戦をしていた。そして夜になると中庭はディナーとお酒を楽しむ客でいっぱいに。ステージでは無料のエチオピアンダンスショーが始まった。
80以上の民族が暮らすエチオピア。民族毎に異なるリズムや独特のステップのダンスが存在するそうだが、特に印象的だったのは音楽に合わせて肩や胸を激しく動かしまくるコミカルなダンス。
おそらく北部アムハラ州の民族の踊りで「Eskista(エスケスタ/エスキスタ)」と言われるものだろう。普段の生活でしないような動きで肩の可動域が広がり「世界で一番肩こりに効くダンス」とも呼ばれている。
さすがはアフリカ。リズム感の良さはもちろん、肩や胸を器用に動かし、激しく踊り続けるスタミナなど総合的に身体能力が高い。この素晴らしい民族ダンスは見る価値があり、思わぬ体験ができたことで宿代がだいぶお得に感じた。
エチオピアの旅での私の最大の目的地は少数民族のジンカ村。ついに辿り着くと、そこには私たちが想像する"ザ・アフリカ"の景色が広がっていた。村には旅人の間で有名な子供のツアーガイドがおり、私は彼のおかげでエチオピアの民族マーケットを楽しむことができた。
この村で泊まったのは「Hayat Pension」という宿。
「ん? これ、ハイアットって読むのかな(笑)!?」
スペルは違えど一瞬有名外資系ホテルを思い出す名前の宿は、一泊200ブル(約1000円)で部屋には蚊帳付きのベッドとトイレとシャワー(のような水の出る穴)付き。
「エチオピアの安宿は南京虫率100%だよ」
と旅友に脅されていた私は、念の為ベッドにNASA開発の防寒用サバイバルシートを敷き、100円ショップで買った自転車の雨避けカバーに身を包み横になった。
銀色のシートの上でグレーのビニールに包まれた近未来的ファッションの私は、さらに蚊帳を広げると「ここまですれば安全だろう」と安心して就寝。ここでもまだマラリアの薬を口にせず過ごす決心ができた。
そしてこの宿と似たところでもうひとつ泊まりたかった宿、「Nardos Pension」は人気で常時満室だったが、ここでもまたコーヒーセレモニーのおもてなしを受けた。屋外でのセレモニーはより本場感があり、この頃から私はエチオピアコーヒーを意識するようになった。
エチオピアでの宿は普段の旅よりも少しグレードをあげたせいか、想像以上に過ごしやすくアフリカのおもてなし文化にも触れることができ大満足。日本で茶道に興味を持つ外国人の気持ちがわかるような気がした。
......それにしても最近肩こりがひどいので、今年はエチオピアンダンスでも練習してみようかな。
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。2014年より『旅人マリーシャの世界一周紀行』を連載。
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