パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才？」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
＊ ＊ ＊
僕は大の銭湯好きで、仕事などの用事でどこかの街に出かけるときは、近場に銭湯がないかを事前に調べておき、無理矢理にでも空き時間を作って寄る、ということを趣味のひとつとしている。
その流れで昨年初めて訪れたのが、中央線の西荻窪駅と西武新宿線の上井草駅の中間地点くらいにある「秀の湯」。岩造りの炭酸泉露天風呂をはじめとした種類豊富な風呂が素晴らしく、家からそう遠くない場所にこんなユートピアがあったんだと大喜びしつつ、今までその存在を知らなかったことを恥じた。
ところでその初訪問時、ものすご～く興味を惹かれたことがあって、なんと秀の湯の隣の建物に、町中華らしき飲食店があるのだ。その日は直後に飲み取材がある関係でどうしても寄れなかったんだけど、銭湯で体を温め、即町中華飲み。これはどう考えたって天国だろう。いつか絶対にそのゴールデンコースを体験せねばという想いが、ずっと頭の片隅にあった。
銭湯の隣に赤ちょうちんが灯るという立地
つい先日、午前中から長丁場の、僕にしては珍しい酒抜きの取材仕事があり、それが終わったのが午後4時ごろだった。場所は西荻窪。そろそろ酒が飲みたくてたまらなくなっている。これはゴールデンコースチャンス！ と、秀の湯へ向かってみることに。
あらためてよく確認してみると、その中華屋さんは「味かね」という店名で、開店は午後5時らしい。時間的にもちょうどいい。まずは秀の湯でゆっくりと温まって、飲みの下地を作る。風呂あがり特有の、ふんわりとした空気の層を全身にまとったまま外へ出ると、味かねはありがたくも開店していた。
「味かね」
外観にたっぷりと情報を掲示してくれているタイプの店で、しかも情報量が多い。ラーメン類、中華定食類に加えて、おつまみや酒のメニューも豊富で、しっかりと飲める店のようだ。あぁ嬉しい。
豊富なメニュー
酒＆つまみ類も充実
入店すると、広い厨房を囲うようにL字カウンター、さらにテーブル席も豊富。オープン間近だったからか先客はふたりほどで、余裕のある空気感が快適だ。厨房には渋い大将。フロア担当は女将さん。年季が入りつつも清潔な店内の雰囲気も含め、なんとも居心地のいい空間。女将さんが僕を、ふたりがけのテーブル席に案内してくれた。
酒類のなかにホッピーセットがあるのが嬉しく、まずはそれを注文し、かなり幅広いメニューから、注文を検討してゆく。
広々とした店内
「白ホッピー」（460円）
しかし迷うな。オーソドックスなラーメン系だけでも、「魚介支那そば」「魚介つけそば」「特製ちゃんぽん」「黒胡麻坦々麺」「タンメン」「汁なし坦々麺」等々幅広い。定食もの、チャーハンもの、焼きそばものなど、とにかく魅力的なメニューが豊富で、しかもつまみになりそうな単品料理もたくさん。ただそんななか、僕はあるひとつの事実に気づくのだった。
単品メニューのなかに、僕が絶対に好きに違いない「揚げ豚ロース」なる一品がある。これが税込み880円。そして麺類メニューには「揚げ豚ロースのせそば」がある。これが1100円。その差、なんとたったの220円だ。ちなみに「魚介支那そば」は880円。揚げ豚ロースと魚介支那そばを頼めば合計1760円になることを考えると、揚げ豚ロースのせそばは圧倒的にお得なのだ。
いやもちろん、揚げ豚ロースのせそばが、単純に揚げ豚ロースと魚介支那そばをかけ合わせたものとは限らない。というか、違うだろう。必ず、引き算の要素があるはずだ。けれども、そのどちらの美味しいとこどりもできると想像されるこのメニューを見つけてしまったら、もはや頼まないわけにはいかないじゃないか！
「揚げ豚ロースのせそば」（1100円）
数分後、僕の目の前には当然、揚げ豚ロースのせそばがあった。はっきり言って、想像以上だ。ベースはねぎともやしが具材のシンプル醤油ラーメン。そこに、揚げた豚肉がのっている。大きめのどんぶりをめいっぱい覆う、トンカツ屋さんでもめったに見ないぞっていう巨大さだ。薄い衣をまとって揚げられている。いわゆるからあげ的というか、料理で言うと「パーコー麺」ってやつに近いのだろうか。
揚げ豚ロース
で、その豚肉が本気ですごい。肉に適度な弾力があり、脂身部分はぷりぷりと甘く、ほろ苦くすらあるバリバリのハードな衣が香ばしく、ワイルド極まりない存在感。この豚肉3きれで、ホッピーの1杯目が余裕で空いてしまうくらいのつまみ力だ。
すでに大大大満足、と思いつつスープをすすってみると、これまたすごい！
醤油ラーメンのスープ
メニューに「厳選六種の魚介と鶏ガラ出汁自慢のスープ」と書かれているだけあって、圧倒的に香り高い魚介のだしが沁み渡り、そしてほんのりとした優しい甘みを感じる、さりげなさのなかに職人の意地と心意気が飽和したようなスープだ。うまい！ 純粋にものすごく！
銭湯の隣というだけでありがたいのに
こんなにもすごい店だったとは
ぷりぷりもちもちの中華ちぢれ麺がスープによくあい、量もたっぷり。衣がバキバキだった揚げ豚が、徐々に中華スープを吸ってふやけていくのもまたいい。
湯あがりという、ただでさえ極上の状態において、この過剰さ、はっきりと、やりすぎと言ってもいいだろう。
我が家からそう遠くないエリアに、こんな天国があったとは。心身が疲れたり、はたまたなにかをやりとげたり。とにかく自分にごほうびをあげたくなった日には、またこのコースをたどりに来よう。銭湯込みでも2000円で味わえる、日常のなかの大ぜいたくを知ってしまった。
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