「ネット上では『ポリアモリーなんて、単にいろんな相手とヤリたいだけの人の言い訳』という誤解が広まっていますが、ポリアモリストではない人と比べてもセックスの回数に差異はないんです」と語る荻上チキ氏 「ネット上では『ポリアモリーなんて、単にいろんな相手とヤリたいだけの人の言い訳』という誤解が広まっていますが、ポリアモリストではない人と比べてもセックスの回数に差異はないんです」と語る荻上チキ氏

ポリアモリー。直訳すると「複数愛」、つまり一対一の恋愛関係ではなく、ひとりが複数人の相手と合意に基づいて恋愛関係を結ぶことを指す。これに対して「浮気者」「都合のいい関係」のような印象を受けるかもしれないが、合意の有無がポイントになると語るのは、評論家の荻上チキ氏だ。

『もう一人、誰かを好きになったとき ポリアモリーのリアル』は、荻上氏が国内外の研究調査や100人を超える当事者への取材を通して、現在を生きるポリアモリーの実情を丁寧にひもとくノンフィクションである。

* * *

――「ポリアモリー」とは具体的にどのような関係を指すのでしょうか?

荻上 簡単に説明すると、複数の相手との交際を、全員の合意の上で行なう関係様式のことで、それを実行している人のことを「ポリー」「ポリアモリスト」と呼びます。

反対に単一の相手と交際・婚姻する関係様式を「モノガミー」、行なう人を「モノガミスト」と呼びます。

――それは浮気、あるいはセックスフレンドなどとはどのような違いがあるのでしょうか。

荻上 モノガミー、つまり一対一の恋愛関係という前提にもかかわらず、別の交際相手ができ、それを隠すことは「浮気」と呼ばれますよね。

一方、ポリアモリーの場合は、別の人と交際する可能性があること、あるいは実際にそうしていることに合意した上で関係を結んでいます。

また、セックスフレンドという言葉も適切ではありません。

ネット上では、「ポリアモリーなんて、単にいろんな相手とヤリたいだけの人の言い訳」という誤解も広まっていますが、データによると、ポリアモリストとモノガミストのセックスの回数に大きな差異はない。

アセクシャル(他者に対して性的欲求を抱かない性のあり方)かつポリアモリーの方もいます。アセクシャルだからこそ、パートナーには別の相手と性的関係を結んでほしいという人もいる。

――なるほど。

荻上 恋愛の関係様式とセックスの話は別なんです。もちろんポリアモリーの中には肉体関係を積極的に結ぶ人もいますが、全員がそうではない。

それぞれがグラデーション上にあって、それぞれが自分なりに手探りで関係性を築いているんです。

逆に言うと、モノガミストの恋愛関係は、世間で共有されているモノガミーの規範にのっとるという暗黙の了解の上で成り立っている場合が多く、お互いのルールや関係性についての議論が足りていないともいえると思います。

――確かに、恋愛関係=セックスというのは先入観ですね。

荻上 実際、異なる概念ですからね。また、「恋愛関係がその人の本質を表す」という思い込みも根強いと思います。

ほかの部分がどんなに優れていても複数の相手と付き合っているだけで人としてダメとされてしまう、など。それもまた恋愛中心、性愛中心の価値観ですね。

ポリアモリストたちの中にも、自分たちの望む恋愛が世間一般の関係様式とは異なっていることに悩みや葛藤を抱えている人が多いんです。

どうすれば上手に関係を築くことができるのか、自己開示しても叩かれないか。そのためのロールモデルやアイデアが不足している状態です。それが執筆動機のひとつでした。

――恋愛をテーマにしたコンテンツの多くは基本的に一対一の関係を想定して作られていますからね。

荻上 その中にポリアモラスなキャラクターが出てきたり、三角関係に至ったとしても、最終的には一対一の関係になる作品がほとんどです。

例えば、マンガ『凪(なぎ)のお暇(いとま)』(秋田書店)に出てくるゴン(誰にでも優しくてモテる男性キャラクターで、体の関係は持つが特定の人と恋愛関係は結ばないがゆえに「メンヘラ製造機」と呼ばれる)が、当初はポリアモリストから共感されていたけれど、ヒロインの凪に対して一途になるシーンでガッカリした話もしばしば聞きます。

――モノガミーの感覚からするとハッピーな展開に見えますが、ポリアモリーの方としては共感できないでしょうね。

荻上 一方で、ポルノ的なコンテンツであれば、多数の女性がひとりの男性と関係構築する、いわゆるハーレム的な物語もありますが、そうした作品の場合は日常生活が描かれない。

フィクションだけでなく、昨今は国内でもポリアモリーを取り上げるメディアも増えてきていますが、たいていの場合「どんなセックスをしているのか」だとか「けんかやトラブルはないのか」だとか、そういったセンセーショナルな部分に関心が向けられがちです。

ポリアモリストだって、多くのモノガミストと同様に、交際相手を取っ換え引っ換えしているわけではないし、年がら年中恋愛トラブルを起こしたり、セックスのことばかり考えているわけではない。

ポリアモリストとモノガミストの交際継続期間を比較したデータを見ても、大きく変わらないという結果が出ているんです。だからこそ、この本でも当事者の方の日常生活やライフヒストリーにスポットを当てています。

――刺激的なコンテンツとしてポリアモリーを扱わないことも、この本の特徴といえます。

荻上 関係様式が2人以上であること以外は、ほかの人と大きく変わらないので、ポリアモリストだって恋愛関係において特別に器用というわけでも、ポリアモリーという関係形式がモノガミーと比べて特別に優れていると主張したいわけでもないんです。

――「関係様式が2人以上」という点は、モノガミストにとってはかなり特別なことですが。

荻上 モノガミストがポリアモリストの関係形式を不思議がっているように、ポリアモリストもモノガミストの恋愛を不思議に思っています。そうやって「不思議がる」ことも大切なことだと思うんです。

自分と異なる他者の姿を見ることで、自分自身にとって、豊かで居心地のいい関係性とは何か、改めて思考する機会になるのでは。

――「居心地のいい関係」をつくることはモノガミスト同士でも必要なことのように思います。

荻上 この本も、爆発的に広まってポリアモリーが流行語になるような形ではなく、この言葉が社会にゆっくり浸透していく段階で、まず手に取る一冊のような存在になったらいいなと考えています。

●荻上チキ(おぎうえ・ちき)
1981年生まれ、兵庫県明石市出身。評論家。社会調査支援機構チキラボ所長。NPO法人ストップいじめ!ナビ代表。著書に『彼女たちの売春(ワリキリ)』『未来をつくる権利』『災害支援手帖』『いじめを生む教室』、共著に『社会運動の戸惑い』、編著に『宗教2世』など。ラジオ番組『荻上チキ・Session』(TBSラジオ)パーソナリティ。同番組で、ギャラクシー賞を受賞(2015年度DJパーソナリティ賞、2016年度ラジオ部門大賞)

■『もう一人、誰かを好きになったとき ポリアモリーのリアル』
荻上チキ 新潮社 1980円(税込)
合意の上で2人以上の恋人やパートナーを持つ。そのような関係性を「ポリアモリー」という。本書は、評論家の荻上チキ氏が100人以上のポリアモリー当事者へ行なった取材や国内外の調査を通じてその実態を伝える、日本初の複数愛ルポルタージュだ。ポリアモリーは誤解されがちであるため、本書は当事者や当事者かもしれないと感じる人にとっては救いに、非当事者にとっても周囲との関係構築の方法を見つめ直すきっかけになるだろう

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