植村祐介うえむら・ゆうすけ
ライター&プランナー。専門誌編集部勤務ののち独立。ニュース&エンタメ系、インタビュー記事執筆のほか、主にIT&通信分野でのB2Bウェブサイトの企画立案、制作、原稿執筆を手がける。
2月22日から抗肥満薬「ウゴービ」が販売開始となるが、日本で抗肥満薬が承認されたのは30年ぶり。そして世界に目を向ければ、1975年から肥満者の数は3倍になったというデータもある。
なぜ世界で肥満症が急増しているのか? 抗肥満薬の仕組みとは? 専門家である砂山聡氏に話を聞いた。
――そもそも、なぜ人は「肥満」になるのでしょうか?
砂山 基本的には、摂取カロリーと消費カロリーのアンバランスによって起こります。シンプルに、食事をいっぱい食べて、運動しなければ、太ってしまうというわけです。
――では、どのくらいの「肥満」が、病気と判定されるんでしょう?
砂山 肥満の度合いの判定には「BMI(ボディマス指数)」が使われます。これは「体重(㎏)÷身長(m)の2乗」で算出される数値です。この数値がいくつだと肥満になるかは国によって異なり、日本では25以上、欧米では30以上が肥満と定義されます。一部のアジアの国では、27以上を基準としているところもあります。
――そうした違いがあるのはどうしてですか?
砂山 日本をはじめとしたアジア諸国では、欧米圏ほど太った人はそれほど見当たりませんよね。その背景には遺伝的な違いがあるとされています。また、日本人は遺伝的に内臓脂肪がたまりやすいという説があり、BMIがそれほど大きくなくても、肥満による合併症が起こりやすい。
日本が欧米より5ポイント低いBMIでも肥満と見なされるのはこのためです。肥満によるリスクが高いため、より厳しい基準になっているということです。
――世界肥満連合(WOF)によれば、世界の肥満者は1975年からほぼ3倍に増えています。なぜこれほどまでに肥満は急増しているのでしょうか。
砂山 ちょっと古いデータですが、1975年から2005年にかけて、世界平均で20%ほど摂取カロリーが増えているという研究があります。この摂取カロリーの変化と肥満者の増大のトレンドは一致しているので、やはり最大の要因は摂取カロリーの増加と考えていいでしょう。
特にアメリカは摂取カロリーが多く、肥満者の割合も群を抜いています。ここで問題視されているのが、ジャンクフードの存在です。アメリカでは1970年くらいから、脂肪の多い食事が心臓病の原因になるということで、国を挙げて"脱脂質"のキャンペーンを行ないました。
しかし、脂肪を取らなくなった代わりのカロリー源として、糖質を取るようになってしまいました。こうしてジャンクフード、清涼飲料水の消費が増加したことが、現在につながる"肥満大国"の一因ではないかといわれています。
また、肥満率世界一のナウルをはじめとして、太平洋には肥満率の高い島国が多いのですが、ジャンクフードの浸透など、食の欧米化がその大きな原因になっていると思います。
――肥満の定義と原因については理解できました。では肥満をそのままにしておくと、どんな危険があるのでしょう。
砂山 肥満、とりわけ内臓脂肪の蓄積は、糖尿病、高脂血症、高血圧症などの生活習慣病を引き起こす大きな要因となります。肥満をそのまま放っておくと、重大な病気につながる可能性があるのです。
――肥満を原因とする病気は、痩せることで何かしら改善するのでしょうか。
砂山 痩せることでこれらの病気にかかりにくくなるだけでなく、すでにかかっている人にも、大きな効果があります。例えば肥満で高血圧症になっている人が、減量するだけで血圧が下がる例が多々あります。
また、肥満による糖尿病では、インスリンを投与しても血糖値がなかなか下がらないという症例が見られます。この場合も、体重を減らせばインスリンがきちんと効き、血糖値が下がるなど、劇的な効果があるのです。
――やはり減量の基本は、摂取カロリーを減らすことでしょうか。
砂山 はい。実は運動で消費できるカロリーは、それほど大きなものではありません。例えば、スポーツジムで2時間みっちりトレーニングしても、消費できるのは400kcal程度です。これを毎日続けるのは、なかなか難しいと思います。それに比べたら、毎食ご飯軽く1杯分(約200kcal)を減らすほうが、より現実的ではないでしょうか。
――ほかに減量の方法はありますか?
砂山 極端な肥満の場合は、手術による治療も行なわれています。これは胃を一部切除したり、食道と小腸を直接つなぐバイパスを作ったりして、物理的に食事の量を減らしたり、カロリーの体内への取り込みを防ぐというものです。
ただこの場合、すぐおなかがいっぱいになってしまうので食事を何度かに分けなくてはならなくなったりします。また、食事が楽しみな人にとっては生活の質の低下が課題となります。
――今回、承認され発売が決まった「ウゴービ」は、食事制限と運動での減量よりも、より効果的だといわれています。これまで、薬での減量は難しかったのでしょうか。
砂山 実は減量するための薬、「抗肥満薬」は、かなり古くから研究されてきました。しかしその多くが発売中止となってしまったのです。
――それはなぜでしょうか?
砂山 これらの薬は「中枢性作動薬」と呼ばれ、脳の食欲中枢に働き、食欲を抑えることで、肥満の改善を目指すものでした。ところが、食欲中枢は気分をつかさどる中枢と近いところにあるため、その作用が気分の低迷、つまり「うつ傾向」を促進し、最悪の場合、自殺してしまうようなことが起こったのです。
――ではウゴービは、どんな働きで肥満を改善するのでしょう?
砂山 人間の小腸から出て、食欲を抑えたり、糖代謝を改善する「GLP-1」というホルモンがあります。これを人工的に合成したGLP-1受容体作動薬が、糖尿病の治療薬として10年以上前に登場しました。
GLP-1は気分の中枢を強く抑制することはなく、この10年間超の臨床データでも、うつをもたらすような結果は出ていません。これを肥満治療にも使おうと、改良して製品化されたのがウゴービなんです。
――実際にどれくらいの"効き目"があるんでしょう?
砂山 一般論として、食事や運動など生活習慣の見直しだけで肥満治療を行なう場合、期待できる体重の減少割合は5%程度とされています。外科手術をすれば20%から30%です。ウゴービはその中間、15%くらいの減量が可能と考えられています。
――ウゴービは、どのように使うのでしょうか。
砂山 製品は使い捨ての注射器に入っており、皮下、たいていはおなかに自分で注射します。これを週に1回、最初は少ない容量から、徐々に定量まで増やしていきます。日本では、臨床試験の結果から、投薬は最大68週間までとされています。
――費用はどの程度ですか?
砂山 月当たり5万5000円ほどになります。保険適用で自己負担3割だとすると、だいたい1万6000円くらいと考えていただくといいでしょう。
――「痩せたい」と思っている人なら、誰でも使えるものなのでしょうか?
砂山 ウゴービの処方は、BMIにより肥満症と診断され、さらに高脂血症、高血圧症、糖尿病などの既往症を持っている人が対象です。ダイエット目的では処方されません。
――砂山先生は、ウゴービにどれほど期待していますか?
砂山 先述したように、減量は高血圧症や糖尿病の改善に大きな効果があります。投薬で15%程度の減量が実現するのであれば、そうした病気を患っている人にとって大いなる朗報となるでしょう。
――今後も新たな抗肥満薬は出てくるのでしょうか。
砂山 現在の抗肥満薬市場をリードしているのは、ウゴービの製造元であるデンマークのノボノルディスクと、アメリカのイーライリリーです。でも、日本企業も新薬開発に精力的ですよ。
抗肥満薬市場はグローバルなので、各国の企業が参入を狙っています。GLP-1以外にも、ほかの受容体に作動する成分を加えて20%程度の減量効果を目指す動きもあります。実用化されれば、外科手術なしに大きな減量が実現するでしょう。
――最後に、肥満気味な人にアドバイスをいただければ。
砂山 肥満を放置すると、さまざまな生活習慣病のリスクを高めます。また、中年期以降に急に亡くなってしまう人は、高度の肥満症の方が多いです。ぜひご自身の体重管理を心がけてください。もし自分が肥満気味だと思ったら、一度専門医の診察を受けてみてはいかがでしょうか。
●水道橋メディカルクリニック 院長・砂山聡(すなやま・さとし)
1961年生まれ、埼玉県出身。1986年、順天堂大学医学部卒業。順天堂大学循環器内科講師などを経て現職。医学博士。日本循環器学会認定循環器専門医、総合内科専門医。30年以上の長きにわたって、肥満や生活習慣病に特化した研究を続けてきた
ライター&プランナー。専門誌編集部勤務ののち独立。ニュース&エンタメ系、インタビュー記事執筆のほか、主にIT&通信分野でのB2Bウェブサイトの企画立案、制作、原稿執筆を手がける。