旅人マリーシャたびびとまりーしゃ
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。2014年より『旅人マリーシャの世界一周紀行』を連載。
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前回に続き「世界で活躍する日本人女性のその後」の第2弾、今回はメキシコのリゾート・カンクンでの出会いから。
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世界一周の出発と同時に開始したこのコラムもついに10年。海好きの私は旅の裏テーマに「世界の美しい海を発信したい」という思いがあったが、旅をしている中で「本当の海好きとはこういう人」と思う人に出会い、ビーチの波打ち際でパチャパチャやってる自分が海を語るには100年早かったなと思い知る。
2016年、私がメキシコ・カンクンで海底美術館(MUSA)のツアーに参加すると、ダイビングインストラクターは茂手木聡子さんという日本人女性だった。彼女はカンクン在住で、私のような旅人を海の世界へ連れて行ってくれるエキスパートだった。
出会った時の印象は、カンクンの強い日差しに焼かれた小麦色の肌と日々の泳ぎで鍛えられ引きしまった身体が、
「か、かっこいい......!」
その筋肉美となんならお顔も素敵で、海に潜れば泳ぎのしなやかさと頼り甲斐に「惚れてまうやろー!」と思った。
それもそのはず、彼女は中2の時に初めてダイビングをして「これしかない」と確信。海には実に1万本も潜ったという"本物"だったから。プロの仕事は美しくオーラがある。
彼女はダイビングインストラクターの仕事を「行きたい海を選んでは移り住み働く大好きな仕事」と言い、カンクンで自由気ままな生活をして人生を謳歌していた(ように私には見えた)。世界を転々とする旅人の私は、自分の好きな場所に定住する理由とその能力があることが羨ましく憧れた。
そんな彼女は今はどこで何をしているのだろう。彼女にとっては一観光客でしかない私だが、私にとっては忘れられない景色をくれた人。同じ海好きとして、馴れ馴れしく近況を聞いてみた。
パンデミックを経た今、彼女は日本にいて、25年間続けたダイビングインストラクターは引退していた。
「ダイビングもサーフィンも今は趣味の範囲で楽しんでいます。引退までは、"ひたすら海にだけ浸かり続けてきた自分は何ができるだろう"と考え、これまで見てきた鮮やかな海の世界を絵で表現していました。
そのうちダイブショップや壁画、珊瑚の保全活動の絵を描く機会を与えていただいたり、サーフボードアートや展覧会出展など、今は関東や沖縄など声がかかれば赴くまま、のんびりな製作活動をしています」
なんと彼女には絵の才能もあった。神秘的な海の世界を描くには画力が求められそうだが、その腕はなんと「第46回現代童画展」で新人賞を受賞したほど!
「今まで水中世界に触れる機会がなかった人や子供たちにも、こんな世界があるんだって関心を持ってくれるきっかけになれば嬉しいです。
実際に見てきた世界を自分なりに描く中で、それを見て喜んでくれる人たちの顔は、今まで海でガイドしてきたお客さんが目を輝かせていたのと同じくらい幸せな気持ちになれるので。ワクワクするような海の絵をおばあちゃんになるまで描いていけたらいいなと思ってます」
世界の自然と触れ合う中で彼女だけが見てきた景色がある。それをシェアできるのは素晴らしいし、説得力がある。そして、ここにもそうでありたいとコラムの連載を続けてきた旅人がいるが、なかなかどうして文章で伝えるのはこんなにも難しいのかといつも頭を抱えている(てへ)。
彼女のインスタをのぞくと、椅子にメキシコのオトミ族の刺繍柄をペイントをしたり、仕事着として酷使するビキニを自作したり、様々な物を作っている様子がうかがえた。
特に印象的だったのは「スリ防止用のリュック」。背中側が開くようになっている鞄であり、近所のおばあちゃんに作ってあげたのだというが、(日本よりは)治安が悪いメキシコならではの発想である。
「20年以上の長い異国生活の中ではメキシコなどゆるい国も多かったので(笑)、日本での生活は想像し難いものでした。
今さらきちんとした国で生きてくなんて自分にできるのだろうかと。自分の生まれた国に帰って生活する日は一生ないのかなとか、もしそんな日が来たらどの面下げて帰るんだろう、とか(笑)。
でもその反面、どこかでぼんやり日本に憧れている部分もあったのかなと思います」
海外で暮らす日本人は頭の隅で"いつか永久帰国するかもしれない時"のことを意識しているだろう。旅人の私もいつも"いつこの旅は終わってしまうのだろう"と考えていた。
そして、彼女も私も想像より早くその生活が変わったのは、やはりコロナの影響だった。
「引退も考え始めた頃のコロナ禍突入だったので、それがまさかの現実となり、こんな機会がなかったら自分の国に帰る勇気はなかったんじゃないかと、ある意味感謝でした」
これは私もめちゃめちゃ共感。あの時がなかったら私は今もまだ世界中を旅していたかもしれないし、それも最高だが、それと引き換えに犠牲にするものも多かったと思う(恋愛とか婚期とか、すでに犠牲にしたものは多かったけど)。
旅人を辞めるのも怖いし、辞めないのも怖い、そんな時期だったと思う。まぁ、私の場合は国を転々としながらやれる仕事がないところが彼女と大違いだが。
「海外での不便な生活も楽しくすっかり慣れていたけれど、そんな生活がなかったら自分の国がどれだけ安全で素晴らしいかも身に染みて感じることはなかったと思います。
帰国してどっぷりぬるま湯生活4年目ですが、感謝の気持ちや訪日外国人のような驚きと感動はいまだ続いていて、日本での生活は尊いものと感じてます」
日本は治安の良さ、サービス、ご飯の美味しさ、トイレの清潔さなどが世界一。これがどんなに貴重なことで、居心地の良いことか。
今は日本での生活に落ち着いている彼女だが、他に気になる国を尋ねてみた。
「他に住みたい国が今は特に浮かばなくて、その前に自分の国の海を知る旅がしたいと思ってます。
帰国後に日本各地の海を周ったら、とんでもなくキレイな海や鮮やかな珊瑚礁を目にして、自国の海も知らないままで外にばかり出たがってた自分をちょっとイタイなと思うくらい衝撃だったので(笑)。
今度どこかの国にお邪魔する時は、世界に誇れる海が自分の国にあることも自信を持って言えるようになれたら素敵だなと思ってます」
私もよく"日本のことは知らないんだね"と驚かれ、笑われることも。でも一つ言わせて! 体力的にハードな経験は優先的にやっておかないと後々できなくなるかもだし、日本についてはこれから知っても遅くない。
コロナ禍で観光客もなく仕事がゼロになったとき、なんと庭の木の実を売って屋台のタコスで食いつないだ時期もあったという聡子さん。その名残から、今でも軒先に変わった実を見るとつい調べてしまうそう。
世界で活躍する女性は時に、ダンボールに絵を描いたり(前回参照)、木の実を売ったり、やはり逞しさや発想のユニークさが飛び抜けていて魅力的だ。
ところで世界を旅した私は今もユニークでいられているだろうか?
好奇心やサバイバル精神などの感性が鈍ってしまったのでは? 目は輝いているだろうか? 時々そんな不安にかられるけれど、ライフスタイルやキャラクターは無理して作るものではなく、自然体で好きなものを追求するのが一番良いと彼女たちに教わったような気がする。
そして偶然であろうか、なぜか彼女たちは「絵が上手」という共通点にいたった。私もそういえば絵は得意な方だったっけ......!?
次回、マリーシャは旅人を卒業して画家に......ではないけど、次回よりの前後編で10年続いた本コラムもついに最終回です!
平川真梨子。旅のコラムニスト。バックパッカー歴12年、125ヵ国訪問。地球5周分くらいの旅。2014年より『旅人マリーシャの世界一周紀行』を連載。
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