高木さんの飼っているみかげ(左)とくらま(右) 高木さんの飼っているみかげ(左)とくらま(右)
「ネコは3年の恩を3日で忘れる」ということわざがありますが、果たしてそれは本当なのでしょうか。一体猫たちは、飼い主の声をどれくらい分かっていて、どんなことを考えているのか......。2月22日(ニャン・ニャン・ニャン)の"ネコの日"に、ネコたちの研究を続けている"ネコの心理学者"こと、高木佐保さん(麻布大学特別研究員)にズバリお聞きしました。(以下、敬称略)

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■ネコは一緒に生活しているネコの名前も顔も、ちゃ~んと覚えている

――どこかミステリアスで、自由奔放なところがネコの魅力。ネコの心理学者の高木さんは「好きだからこそ、もっとネコのことが知りたい」と、謎に満ちたネコの心の解明に挑み続けています。

高木 たとえば、ご自宅にネコが複数匹いる場合。ネコは自分の名前と、同居しているほかのネコをきちんと区別して覚えているんです。意外と人間が発する言葉"会話"を聞いて理解しているんですよ。

――ネコを多頭飼いしている方なら身に覚えがあると思いますが、ネコたちは「お互い名前を分かっているのでは」と思う瞬間がときどきあります。二匹が並んでいて片方の名前を呼ぶと、そのネコだけしっぽを何度も動かしたり、目線を合わせたり。別のネコは見向きもしません。

高木 人や動物は、自分が予想していたもの、期待と違うことが起こると、驚いてその現象や物事をより長く見つめてしまう性質があります。そこで、3匹以上のネコを飼っている家庭(19匹)と、ネコカフェのネコたち(29匹)に協力してもらい、こんな実験をしました。

ノートパソコンのモニターに同居しているネコの顔か、別のネコを映し出します。同時に、飼い主がモニターに映っている同居ネコの名前を呼ぶ声を、1秒おきに4回再生します。

実験に付き合っていただいたヌコ様。もともと動物の認知研究学はこの数十年で始まったばかり。ネコに関しては縄張り意識が高く、研究室で実験ができないため、実験自体が難しいとされてきた 実験に付き合っていただいたヌコ様。もともと動物の認知研究学はこの数十年で始まったばかり。ネコに関しては縄張り意識が高く、研究室で実験ができないため、実験自体が難しいとされてきた
――つまり、同居ネコが呼ばれているのに、モニターに映るのは別のネコの画像だと、「顔と名前が一致しないじゃん! どういうこと!?」と画面を見つめる時間が増えるということですね。

高木 そうです。実験結果は家庭ネコの方が、名前と画像が一致しない場合のモニターを長く見つめる傾向がありました。同居ネコの名前と顔を認識しているから、
部屋で飼い主が他のネコの名前を呼んでいても 、その個体の顔を思い浮かべて理解していることが推測されます。

一方でネコカフェのネコたちは、画像と名前が一致する場合、しない場合でもモニターを見つめる時間に差はありませんでした。ネコカフェはそもそもネコの個体数が多いため、家庭ネコほど個々の名前を呼ばれる機会が少ないのも影響しているのかもしれません。

■「飼い主の声を聞いて、その顔を連想できるか」実験

――ネコが自分以外の同居ネコをきちんと認識しているとは......。しかも、そのネコの顔を思い浮かべている可能性もあるというのだから、なんともいじらしい。それなら飼い主の私たちの声からも、顔を思い出してくれるのでしょうか。

高木 この実験は、44匹の家庭ネコと43匹のネコカフェのネコに参加してもらいました。ネコを呼ぶ声を聞かせ、同時にモニターに飼い主と知らない人の顔を映します。

(1)飼い主の声×飼い主の顔(一致条件)、(2)飼い主の声×知らない人の顔(不一致条件)、(3)知らない人の声×知らない人の顔(一致条件)、(4)知らない人の声×飼い主の顔(不一致条件)、全部で4パターンです。

――距離が近い分、家庭ネコの方が飼い主の声から顔を連想してくれそうですが......。

高木 その距離の近さが裏目に出てしまうこともあります。この実験のように、ネコの社会性に着目すると、"生育環境の違い"が重要になるんです。ネコカフェのネコたちは、お店で知らない人と接する機会が多いので、その経験が「人の顔の認識」に影響を与えている可能性が高い。

結果は予測通り、カフェネコの方が(2)と(4)の「声と顔が一致しない」"期待はずれの結果"により長く注意を向けました。つまり、カフェネコは飼い主の声を聞き分け、飼い主の顔を連想した可能性があるということです。

筆者に呼ばれて振り向いている飼いネコのにこ(左)とおもち(右) 筆者に呼ばれて振り向いている飼いネコのにこ(左)とおもち(右)
――家庭ネコは、飼い主の声から顔を連想できなかったのでしょうか。

高木 その結果がとても難しいのです。家庭で飼われているネコにとって、見知らぬ人の姿や声はとても脅威です。それが見えたり聞こえたりした時点で、警戒してしまった可能性もあります。

――飼い主の声から顔を連想する前に、「この声はなんだニャ!? モニターに映ったこいつは誰だニャ!?」と驚いてしまったと。

高木 そうかもしれませんね(笑)。ネコ実験の難しいところでもあります。

■ネコは飼い主の声をちゃんと覚えてくれている

――イエネコが声から飼い主の顔を連想することは科学的に証明されていなくても、飼い主の声自体は認識してくれているのでしょうか。

高木 その問題は上智大学の齋藤慈子先生が明らかにされています。動物に共通する"慣れ"を利用した手法です。ネコにとって知らない人3名が順番に名前を呼ぶと、最初は「あれ?」という反応をしますが、音に慣れて反応が鈍くなります。そして4人めに、改めて飼い主がネコの名前を呼ぶ。

そうすると「あれ?」という反応が復活します。つまり、ネコは知らない人と飼い主の声を区別して認識しているし、同時に自分の名前もきちんと認識していると考えられます。

――名前を呼ばれて駆け寄ってくるネコもいれば、こちらを見ずに"ノールック"で尻尾をパタパタさせる子も多いですよね。「あ~ハイハイ、聞こえてるってば」という雰囲気で。

高木 そうですね。実験結果のネコたちの反応を見ていても、耳や頭、尻尾を動かして反応する子が多いです。積極的に感情を表に出さないところもネコの特徴であり、魅力かもしれません。

ふてぶてしい恰好でもかわいいおもち ふてぶてしい恰好でもかわいいおもち
■飼い主の気分で「変化しまくる名前」にもネコは対応できているのか

――我が家も2匹の保護ネコを飼っています。"飼い主あるある"で、ネコの呼び方が気分でコロコロ変わるんです。たとえば「おもち」という我が家のネコ(オス・3歳)は、「おもち」「もっくん」「もきゅもきゅ、もっきゅん」「もちきち」と、いくつも呼び方があるのですが、全部振り返って返事をしてくれます。これって本当にすべて「自分の名前」だと理解しているのでしょうか。

高木 バリエーション豊かですね(笑)。実験は普段の呼び方でしたが、呼ばれている回数が多ければ、自分のさまざまなパターンの呼ばれ方も認識しているのかなと思います。

■"カワイイ"を武器に人に好かれるネコたち

――ネコたちは予想以上に、いっしょに住んでいる同居ネコや、飼い主の言動をしっかりチェックしているのですね。

高木 そうですね。それに、人と長い時間ともに生きる中で進化を遂げた部分もあります。それはズバリ、人好みにかわいらしく変化しているということです。

――人好みになっていると?

高木 たとえば「ミャオ」という高い鳴き声は、本来大人のネコ同士ではあまり使われません。これは、母子間で使用される発声で主に仔ネコが母ネコに甘えたり、助けを求めたり、なにか気をひくための声です。「ゴロゴロ」とのどを鳴らす発声も母子間コミュニケーションで主に用いられます。

また、表情や顔のパーツの変化も注目されています。イエネコの起源と言われている「リビアヤマネコ」に比べて、ちょっとたれ目になって、鼻筋が短くなりました。これは赤ちゃんの顔の特徴と似ています。長い年月をかけて、人間が「かわいい」と思う造形にどんどん進化している。

たくさんいるネコの中でも、かわいい声の甘え上手なネコが人間に好かれたため、より多くの子孫を残したと推測できます。

――あざとかわいいの天才ですね(笑)。人と共生する歴史の中でこそ生まれた、ネコの進化と変化なのですね。

高木 ネコは人に興味がないわけではまったくなく、むしろ人に対して愛着が形成されるという研究結果もあります。さらに比較認知科学では、人が出すサインやシグナルを読み取っていることが分かってきました。まだミステリアスで謎の部分も多いですが、たくさん話しかけて素敵な関係を築いてください。今後、実験に協力していただける、家庭のネコちゃんも大募集しています!

大学院時代からネコの心理学を研究する高木さん 大学院時代からネコの心理学を研究する高木さん
●高木佐保(たかぎ・さほ) 
ネコ心理学者、麻布大学特別研究員 
幼いころから「動物の心」に疑問を持ち、解明するためにネコ研究の道へ。「人とネコが今よりもっと仲良くなれること」が研究の最終目標。近著に、『ネコはここまで考えている 動物心理学から読み解く心の進化』(慶応義塾大学出版会)がある。また、ネコ研究集団「CAMP NYAN TOKYO」では実験に協力してくれるネコを募集している。詳細はこちらから