パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
早いもので、ひとり娘がこの4月に小学生になる。そのために必要なものがいろいろとあって、時間を作り、妻と池袋に買いものへ。無事ひととおりが終わったところで、昼食を食べて帰ろうということになった。こういう機会だから、地元の街ではあまり食べられないものがいいと繁華街をうろうろしていると、昨今池袋に増えまくっている、大陸系中華料理店に目が留まる。
「楊國福」という、どうやら「麻辣湯」の専門店らしい。麻辣湯(マーラータン)とは、野菜や肉や麺などの具を煮込んだ、中国四川省発祥のスープ料理。スープも具材も自分で自由に組み合わせられるのが売りらしく、なんだか楽しそうだ。よし、ここに入ってみることにしよう。
スープは、「トムヤムクン」「牛骨湯」「麻辣湯」「トマトスープ」そして汁なしっぽい「マーラー和え」の5種類から選べるようで、悩んだけれども初回ということで、僕はいちばんオーソドックスな麻辣湯を選ぶことにする。店内に入ると、壁一面にどーんと色とりどりの具材たち。
これを透明なプラスチックのボウルに好きなだけよそい、最終的に重さを計って、100gごとに400円という計算になるようだ。肉、練りもの、野菜にきのこなど、これ、単に「重さ」という同じ単位で計算していいものなのだろうか? と思いつつも、そのチョイスに悩むのは楽しい。
麺の種類も、牛すじ麺、米線、さつまいも春雨など、日本人にはなじみの薄いものがいろいろあって、僕は黄色い色が鮮やかな「トウモロコシ麺」を選んでみた。
ただ、店内にはかりがあるわけではないので、けっきょく今どのくらいの重さになっているのかが、いまいちわからない。初めてだからなおさらだ。ここはもう予想でいくしかなく、それでいて、魅力的な具材たちのあれもこれも食べてみたい。最終的に、トウモロコシ麺、ラム肉、ハチノス、センマイ、目玉焼き、ロメインレタス、えのき、山くらげ、パクチー、あと、色味要素としてなんだかよくわからない練りものを選んでみた。ちょっと欲張りすぎたかな?
ボウルを受付に持っていくと、およそ1500円だという。あ、やっぱりけっこういっちゃったな、と思ったら、「麺を少し減らすとサービスで安くなるけど、そうするか?」的な質問をされ、あまり意味がわからず「はい」と答えると、金額が1000円ちょっとになった。その時はよくわかっていなかったんだけど、どうやら総量が1000g以上になると、好きな麺80gはサービスになるらしく、親切なことにそれを適用してくれたということだろう。
さて、自分の選んだ食材がどんな麺料理に生まれ変わってやってくるのかわくわくしつつ、冷蔵庫から瓶ビール(600円)を出してきて、飲みながら待つ。
するとものの数分で、自分の選んだ食材だけで構成された完全オリジナルな麻辣湯麺が到着。
おぉ、色合いのバランスといい、アクセントの練りもののポップさといい、なかなか完成度の高い1皿になっているんじゃないか? と嬉しくなる。好みの違いか、練りもの多めで、ベースがトムヤムクンスープ×刀削麺な妻の一杯のほうも、レモンの効いた爽やかなスープがめちゃくちゃうまい。
さて、いざ自分の麻辣湯スープをすすってみる。わー! こりゃうまい! その名のとおり、ピリピリ感としびれ感のあるスープだけど、旨味が強くてひと口ごとにじんわりと感動がある。加えて、牛乳? 豆乳? 的な、坦々麺っぽいクリーミーさが際立っていて、ものすごく好きな味。
ぷりぷりとしたトウモロコシ麺は、パスタに近い食感で、これがまたスープによく合うし、控えめにとったつもりではあった具材たちも、こうしてどんぶりにのってやってきてみると、たっぷりと食べごたえ満点。
後半は、カウンターに並ぶ調味料で味変するのも楽しい。「大辛」と書かれた自家製らしきラー油で辛味を、麻油でコクを、不思議なとろとろ感のにんにくでパンチを加えると、麻辣湯の新しい魅力が花開きだし、ますますビールがすすんでしまう。
今回、特に選んで良かったと思ったのがハチノスで、くさみなく、ふわふわとして、スープをよーく絡みとってくれる食感が、ビールのおともに最高だった。また、影の主役として、コリコリ感が心地いい山くらげにも敢闘賞を贈りたい。
次回はどんなスープを選び、どんな具材を選ぶか? そのバリエーションが無限に近く存在するのもいいし、そして、きっとこの店ならば、どんな組み合わせを選んでも美味しくなってしまうんだろう。 絶対にまた行きたいし、自分なりのベスト麻辣湯麺レシピを考えるのが楽しすぎる。シンプルに、楽しくて美味しすぎる店との出会いだった。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】