パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
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ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
今回はこの連載では珍しい、ゲスト登場パターン。ただ先に断っておきたいのは、決して宣伝を頼まれたわけでも、なんらかの見返りをもらっているわけでもない。ただ純粋に、楽しくて美味しかったある日の記録だ。
小宮山雄飛さんといえば、1996年にバンド「ホフディラン」のメンバーとしてデビューし、以来現在に至るまで、第一線で活躍し続けているスーパーミュージシャン。同時に、グルメや酒場に精通する文化人としての活動も幅広く、大衆酒場やスパイスカレーに関する本を出版したり、飲食店「Lemon Rice TOKYO」を開いたりもされている。僕はありがたいことに「酒好き」という強引な共通点一点のみで、数年前から仲良くさせてもらっているのだった。
そんな雄飛さんがプロデュースし、「東急プラザ渋谷」6階のレストランフロアで、約1年間の期間限定で営業中の食堂兼酒場が「もしも食堂『酒場食堂』」。
僕も以前に一度おじゃまし、場所がら、当然若者向けのスタイリッシュさを基本にはしているものの、メニューや料理の提供スタイルなど、随所に本気の大衆酒場好きである雄飛さんのこだわりがあふれていて、とても感動した。
ところで、僕と同業のライターで飲み友達、ともに「酒の穴」という謎のユニットまで組んでいる、スズキナオさんという方がいる。ナオさんもまた雄飛さんとは共通の知り合いで、一度酒場食堂へ行きたいと思いつつ、大阪在住ゆえ、なかなかその機会がなかったのだそう。が、先日東京に来た際にちょうど予定のない日が1日あって、「一緒に行きませんか?」と誘ってもらった。実は酒場食堂は今、3月末の閉店に向けてのグランドフィナーレ営業中。僕も行きたいと思っていたからちょうどいい。ぜひ! と返事をし、ある平日の夕方営業開始とともに、お店へと向かった。
なにはともあれ、まずは生ビールだろうとメニューを見ると、なんとハッピーアワー中とのことで、1杯税込み330円。これは嬉しい。最高の気分で乾杯だ。
グランドフィナーレ営業の目玉は、「お礼の大感謝祭 グルメ小鉢フェア!」なんと1皿200円均一の小鉢が数多く揃い、しかも3皿で500円、6皿で1000円と、多く頼むほどにお得になるらしい。僕とナオさんの最大の共通点は、しみったれた酒飲みであること。なにを頼めば満足度が最大になるか? 攻略法を考えている時点で、もう最高に楽しい。
ふたりで検討を重ねた結果、6品の内容はこのようになった。
・ねぎとろたく
・ミニトマト蜂蜜生姜漬け
・金目鯛西京焼き
・大根ステーキ
・ポテトサラダグラタン
・クリームコロッケ
グラタンやコロッケなどの温かいものはきちんと熱々で、ミニトマトはひとつひとつ湯むきしてあり、魚もきちんとうまい。あらためて、さすが雄飛さんプロデュースだと感動する。 特に我々ふたりに特に好評だったのが、大根ステーキ。じっくりと煮詰めたようなとろみの、甘辛いにんにく醤油ベースのステーキソースが、やわららか大根によ?く染み込み、絶対に家でもまねしてみたい美味しさだった。
もうひとつ、この酒場食堂の最大の名物といえば、「最強!渋谷ブラックカレー」。大のカレー通である雄飛さんが、この店のため、そして出身地である渋谷の街を盛り上げるために開発し、好評すぎてレトルトカレーにまでなってしまったという逸品らしい。
ぜひ味わっておきたいが、僕とナオさんは、ふたり揃ってどこに出しても恥ずかしくないくらいの少食。さっきメニューに「少食ご飯」(100円)なんてのを発見し、大絶賛していたくらいだ。なので、フルサイズのカレーを頼んだら、ふたりでシェアしたとしても胃袋が終わってしまう可能性が高い。そんななか、メニューに「ブラックカレーの頭」(500円)を発見。これと「普通ご飯」(100円)の組み合わせならば、さすがにいけるだろう。
喜び勇んで注文し、届いたカレーのかぐわしいこと......。そして気づく。カレーのアタマと普通サイズのごはんって、それはもはや、普通のカレーなのでは? そう考えると、カレーライスの単品は1110円だから、600円のこの組み合わせ、酒場食堂における裏技的な大発見? いや、もちろん、単品カレーのほうがきっと、もっとしっかりした量があるんだろうけど、とにかく嬉しい。
そして肝心のこのカレーが、本気の本気でうまかった。雄飛さんらしいスパイス使いのこだわりはぞんぶんに感じつつ、甘みも強く、昔ながらの和風カレー的な安心感もある。そこにたっぷりのにんにくのアクセント。異常なバランス感覚だ。
カレーにはごろっと巨大な豚肉の塊も入っている。これをほおばって驚いた。歯が必要ないくらい柔らかいその肉を噛み締めると、口いっぱいに広がるのは、豚の角煮の風味。レトルトバージョンはまた違うらしいけれど、店で出しているカレーには豚の角煮を使っているらしい。これらをごはんと合わせると、もううっとりする美味しさで......。
ところでこの日、せっかくおじゃまするので、事前に雄飛さんに「〇〇日、ふたりで酒場食堂行ってこようと思いますー」と連絡をしておいた。そうしたら「本当? じゃあ顔出すよ」とのお返事をいただいてしまい、忙しい雄飛さんのことだから半信半疑でいたんだけど、1時間ほど飲んでいたら、まさかのご本人登場。
グランドフィナーレ営業のもうひとつの目玉である、「おつまみほとんど、定価に関わらず500円」というすさまじきサービスメニューのなかからおすすめを追加し、3人でさらに飲みまくるのだった。
渋谷駅前の最先端商業ビルのなかにありながら、完全にバグっているとしか思えない価格設定と、本格的な酒場体験ができる超穴場。冒頭で宣伝ではないとお伝えしたとおり、お店やレトルトカレー情報へのリンクは貼らないでおくけれど、営業期間は残りわずか。渋谷で飲むなら、本気でおすすめです。また行きたい。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】