パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
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ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
しばらく前に風邪をひいてしまった時、丸々24時間ほど何も食べられずに断続的に寝続け、目が覚めた朝のこと。なんとか体調は回復に向かっていて、やっと少しは食欲がある。そこで妻が「おかゆでも作ろうか?」と言ってくれ、それなら食べられそうだとお願いしたところ、これが感動的にうまかった。
そのおかゆは、我が家の基本であるもち麦入りごはんをだしで煮て、そこに梅干しがのっているというごくシンプルなものだった。しかし、しばらく絶食状態だったのと、寝返りをうつくらいしか体を動かさず寝ていた反動だろうか。味覚や嗅覚がやけに研ぎ澄まされ、だしの香りや米の甘みがぶわーっと体じゅうをかけめぐり、梅干しにいたっては、天上界の果実のように感じられるほど鮮烈な味と香りだ。 おかげでその後体調も戻り、いや~良かった良かった。という話があって、以来、自分に「梅がゆ」ブームが到来した。
仕事がら、飲み会や酒場取材が週に何日か入ることも珍しくなく、またこの連載を読んでくださっている方ならばごぞんじのとおり、僕はつい、やんちゃながっつりこってりメシを欲望のままに食べてしまうことも多い。ただ近年、そういうことが数日続いたりすると、てきめんに体調に反映されるようになった。
考えてみれば、僕もあと数ヶ月で「アラフィフ」と呼ばれる年齢になるのだから、当然といえば当然。そこに、がつーんと、梅がゆショックが到来したわけだ。黒船以来の衝撃。今までほとんど興味がなかったくせに、この世にこんなにうまいものがあったのか! と手のひらを返し、最近は、記事のネタを探したり、仕事のレシピを試作&試食したりしなくてよい昼など、もっぱら梅がゆチャンスを狙っている。
まずは朝、あらかじめだしをとっておく。我が家の定番は、スーパーの「ライフ」オリジナル「食塩無添加だしパック」。かつお節とこんぶのミックス粉で、だしなんてもっともっとこだわることもできるのだろうが、今のところそこまでする気はないし、これでじゅうぶん満足している。
ちなみに、昼におかゆを食べるのになぜ朝だしをとるのか。僕は、これまた手抜きで、多めの水で米を炊いてゆく本来の作り方ではなく、炊飯器ですでに炊いたごはんと水を鍋で煮ておかゆを作る方式を採用している。これを「いれがゆ」と呼ぶらしい。で、その際、お湯と米を合わせて煮はじめるよりも、水からのほうが米になんたらかんたらの効果が生じて美味しいらしい、という話をなにかの記事で読んだから。
このあたりでもう、こだわりがあるのかないのかよくわからなくなってきているが、面倒ならば昼にだしをとりはじめ、そこへいきなりあっつい米を投入してしまうこともあるし、まぁつまり、できる範囲でいいということだ。
さて、ちょっと飲みすぎ食べすぎ気味の生活が2、3日続いた翌日の昼。この日は朝にばっちりだしをとって冷ましておいた。待望の梅がゆランチタイムだ!
といっても作り方は簡単で、冷たいだし汁に一膳弱くらいの米(我が家ではもち麦入りが定番なのでそれ)を入れ、弱火~中火くらいでことことと煮てゆくだけ。米にとろみがつくまで、見張りながらじっくりと。
そうしたら器によそい、まんなかに梅干しをぽとりと落とせば、愛しの梅がゆの完成だ。
ちなみに梅干しは、妻が梅干し好きで買っている「紀州梅の里なかた」のもの。50年以上歴史のあるブランドらしく、甘みと酸味のバランスが絶妙で、そこにかつお節の旨味も加わり、肉厚でとろりとジューシー。まさに、ごちそうと呼ぶべき逸品だと思う。
で、さすがの僕でも、ここで「じゃあ冷蔵庫からよく冷えたビールでもとってくるか」とはならない。いや、おかゆだってつまみにしようと思えばできるけど、それよりも梅がゆを全身全霊で味わいたい。そこで、珍しく今回はお酒は1回休み(夜は飲むけど)。マイ定番である「ごぼう茶」をたっぷり入れ、究極に健康そうなセットで楽しんでいこう。
れんげでごはんを少しずつすくって口へと運び、神経を集中し、たんねんに味わう。とろりとした米の甘みとだしの香りが究極に胃と心に優しく、わけもなく涙が出そうになる。たまにやってくるもち麦のぷちっと感も心地いいな。
そしていよいよ梅干しを崩し、小さな一片を米にのせてぱくり。あぁ、このふくよかな存在感と甘酸っぱさの刺激。おそるべき相性の良さだ。
また、ごぼう茶を合わせたのが大正解で、数年前に健康に良さそうというイメージだけで買ってみて、最初は慣れなかった土っぽさ。というか、シンプルにごぼう味。今やお茶のなかでもいちばん落ち着く味となったそれが、梅がゆと一緒になって全身をリカバーしてくれるようで、ひたすらにありがたい。
朝とっただしパックの出がらしも、ごぼう茶の出がらしも、中身は食品だ。一度煮出したからといって、すっかり味が抜けきってしまうものでもない。そこでよく絞ってとっておいて、そこに醤油、ごま、アマニ油スプーン1杯をよく混ぜれば、上等なふりかけの完成というわけだ。
これを、梅干しとの組み合わせを堪能しつくし、しかしまだ器に残ったおかゆに、ばさりとかける。
やっぱりだ。かつおやこんぶの旨味、ごぼうの風味とほろ苦さがきちんと感じられるふりかけが、梅干しとはまた違った良い組み合わせ。ありがたいなぁ、ありがたいなぁと、最後までよ~く噛んで味わった。
あ~、美味しかった! こういう食事こそが、本当のごちそうだと心の底から思う。これからの人生、ずっとこうでいいとすら。
けれども僕はまた、夜の酒場で、もしくは天気がいいからという理由だけでビールをつけてしまったランチの店で、やんちゃな飲み食いをしてしまうんだろうな~。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】