SNSやYouTubeに動物の愛らしい姿を投稿し、多くのフォロワーを獲得している動物園が「長崎バイオパーク」。YouTubeは54万人、TikTokに至っては190万人ものフォロワーを抱え、TikTokの総「いいね」回数は3,000万、YouTubeの総再生回数は3億回を超える。なぜバイオパークの動画はバズるのか? 長崎バイオパークの魅力とは? オンライン事業を担うおふたりに話を聞いた。
【お話を伺ったのはこのおふたり!】
●神近公孝さん
常務取締役CMO。広報宣伝を担う。バイオパーク入社前は東京のテレビ番組制作会社に勤務。同社で通販番組を担当し、オンラインに関する知識を学ぶ。バイオパークの動画制作では主にカメラを担当。家族そろっての動物好きで、私生活でも犬や猫たちに囲まれている。
●春岡俊彦さん
入社7年目のオンライン担当。母親の実家の近くにバイオパークがあったため、幼少期からよく遊びに来るように。専門学校時代にバイオパークに入り浸り、そのまま入社。飼育員を経て現職。YouTube動画にも数多く出演するバイオパークの顔役。
■公式化したTikTokはいつの間にかフォロワー190万超に
――私がバイオパークを知ったきっかけがYouTubeチャンネルでした。YouTubeはいつからスタートされたのでしょうか? カバがスイカをまるごと一気に食べる動画がかなり前から数多く再生されていて、今では1.6億回以上の再生数にまで達しています。
神近 YouTubeをスタートしたのは2007年です。YouTuberのヒカキンさんがYouTubeを始めた年と同じなんです。始めた当初はちょっとした動物の動画やイベントのお知らせ動画をアップする程度で。
その「カバのスイカまるごとタイム」(※)を投稿したのが2014年。当時は「あー、再生されてるなぁ」くらいにしか思っていなかったんですよね。で、改めてこれはチャンスがあるんじゃないかと思い始めたのが2017年頃です。
最初はカバの動画を再現しようと、動物たちの咀嚼(そしゃく)音を聴かせるASMR動画にチャレンジして、その動画に対する視聴者の反応を見ながら、少しずつ改善していくということをやっていました。続けていくうちに、インターネット関連の仕事をしている人たちと知り合うことができて、そういう方たちのアドバイスも受けながら、2020年くらいから本腰を入れ始めた感じですね。
※1.6億回以上再生されているカバのスイカまるごとタイム(YouTube)
春岡 コロナ禍の影響も大きかったと思います。外出自粛になってしまって、県をまたぐことが簡単にできないような環境になってしまった。バイオパークは、お客さんの層として県外からいらっしゃる観光客の方がほとんどなので、収益を考えた時に「SNSなども含めたオンラインに力を入れた方がいいよね」という話になりました。
――TikTokもすごい勢いですよね。海外の方からのコメントも数多く見られます。
神近 ありがたいことにTikTokはフォロワーが190万人を超えました。2020年に公式アカウント化しましたが、それまでは仕事の合間に私が個人でやっているくらいで。その頃のフォロワーは35万人程。増え方がすごいんですよ(笑)。スタート時はやはりカバの動画がバズっていて(※)、公式化してからはカピバラが圧倒的な人気を誇っています。春岡くんがインターネットミームに詳しかったり、今のSNSの流行りを追いかけてくれているので、バズる動画が生み出せるんでしょうね。
春岡 カピバラは演技をしてくれないので、カメラの動きで流行りのミームや音源に無理やりはめてみたり(笑)。TikTokって当たれば当たるし、当たらないなら当たらない。実はTikTokに関しては、あまりアカウントの評価を気にしなくていいとも言われているので、「とりあえず撮ろう」で撮ったものをアップしていることも多いです。何も考えずに撮ったものがものすごく再生されていたりしますし(笑)。
@nagasakibiopark #カピバラ #capybara #cappypotter #harrypotter #voldemort ♬ Avidi Kadivi - WanderingAndLost
※580万「いいね」を獲得しているカピバラの動画(TikTok)
■バイオパークには日常の「カピバラっぽい動き」を促す環境が
――食事をしていたり、温泉に浸かっていたり。カピバラはいろんなシーンがありますよね。撮れ高もありそうです。
春岡 そうなんですよ。他の動物園のカピバラエリアって、池だけだったり、砂場だけだったりみたいな、ひとつの環境しかないところが多いんです。バイオパークには室内もありますし、池もあれば芝生もあって砂場もある。コンクリートもあって、露天風呂にカピバラストーブまである。自然に近い、いろいろな環境があります。
カピバラって、暖かければみんなその辺りで寝転んでいますし、寒ければ集まってくるし、暑ければ泳ぐ。バイオパークではさまざまな「日常のカピバラっぽい動き」を見ることができます。いろんな場面を動画に収めることができるので、この環境は本当にありがたいですね。
神近 気ままに好きなことを選んで暮らしているカピバラたちがいる場所に、人間が入っていけるっていうのも大きいですね。そして、カピバラがそれを受け入れているのもいい。他の動物園でもお風呂には入りますけど、バイオパークの距離感では見ることができないはずです。目の前にいる入浴中のカピバラを「触っていい?」ってよくお子さんに聞かれますが、「いいよ」って言ってあげられるのはバイオパークならではですね。
ストーブを出している時期も最高なんですよ。寒いときに暖かいものがあると、カピバラも動物も人間も勝手に寄ってくるじゃないですか。ここには境も何もなくて、自然の中にいる動物たちが自分(人間)の隣にいる。それがバイオパークでは普通の環境なんです。
■人間関係ならぬ「カピバラ関係」にも注目してほしい
――ちなみに、カピバラの魅力って何だと思います?
春岡 まぁ、あのまったり感ですよね(笑)。あと、ちょっと人間味があるところ。カピバラたちって不思議な関係性があるんです。例えば、あの子とあの子は仲が良くてとか、あの子はコンクリートが好きでいつもあの場所にいるとか。あのカピバラの言動が嫌いでこの子は今怒ったんだなということもある。僕はそういう姿を見るのが面白いなって思うので、注目してみてほしいですね。
神近 一般の方が持っているカピバラののんびりしたイメージって、実は結構違うところもあって。カピバラ同士の仲が悪くて、喧嘩が激しくなることもあるんです。一方で、他の動物には意外と寛容だったり。
そういう性格もあってか、人間にも慣れてくれるのかなって思っています。カピバラをよくよく観察していると、案外意地悪だったり、ずる賢い一面も見えてきたりするんですよね。
――確かに、カピバラとずる賢さはあまり結びつかないかもしれませんね。カピバラに限らず、出演者が動物ということで、予期せぬアクシデントなどもあると思うのですが......。
春岡 逆に何も起こらなくて大変なんですよ(笑)。 もう、ただただ何も起こらない、みたいな。もちろん普通に過ごしているところも可愛いんですけど、何か起こったときの方が動画としては見応えがありますからね。
パークに遊びに来てくれたお客さんもなかなか見ることができない様子を映像として収めて投稿するのが、うちのYouTubeのあり方だと思っているので、何か起こったときには撮れるようにしておきたいですね。
――タイミングも重要ですね。撮影する時間帯も気にされたり?
神近 ありますね。放し飼いのキツネザルは、展示場内にいないときは全くいないんです。カピバラもゴロゴロしている時間帯がいいのか、お腹が空いている活発な時間帯の方がいい画が撮れるのか、とか。
現場の作業時間もあるので、都度飼育員に確認して、撮影時間を考えています。カバなんて、ご飯の時間帯じゃないとなかなかそばに来てもくれないですし。飼育員が餌やりするタイミングには一緒に行って撮る、が鉄則です。
――こういったSNSのコンテンツ内容はおふたりで話をして決めていらっしゃるんですか?
神近 そうですね。僕と春岡くんで日々話していることがベースになっています。加えて月に一度、UUUM(※)さんに分析データを出してもらって、それを元にどんなものがいいのかを改めて話し合うこともありますね。
ウケる動画って都度変わるんですよ。バズったネタだからと、同じようなネタを公開しても次は全くヒットしなかったり。トレンドもアルゴリズムも日々変わるので、動画の尺を長くしたりといろいろ工夫して作っています。
UUUMさんからはYouTubeの今の流行りを提案してもらえるので、どうやってその流行を動物に当てはめるか、という視点で企画を考えることもあります。
※ 日本のマルチチャンネルネットワーク(MCN)。ヒカキンさんなど多くの人気YouTuberを抱えるYouTuber・インフルエンサー事務所。
■パークのSNS動画を見て就職した飼育員も
――いろいろな映像を撮られてきたかと思いますが、最近はこんな内容のコンテンツが当たりやすい、などはありますか?
神近 最近は「お世話をする動画」がヒットする傾向にあります。犬やモルモットをシャンプーしたり、新人飼育員に密着したり。お世話をしているシーンって、飼育員じゃないと見ることができないので、皆さん気になるんじゃないですかね。実際に飼育員になりたい方も見てくださっているようで。
バイオパークのYouTubeをよくご覧いただいている年齢層って、30?40代くらいがメインなんですけど、新人飼育員の密着動画は10代から20代前半の若い層の方に多く観ていただけました。「お世話をする動画」に関しても、飼育員の仕事に興味があるような若い人たちが観にきてくれている印象は受けますね。
――飼育員さんの動画を観て「バイオパークで働きたいです!」っていう人もいらっしゃるんじゃないですか?
神近 いますね。実際に就職した子もいます。飼育員になりたいっていう選択肢の中で、「たまたま募集が出てたからバイオパークを受けます」っていう方は前にもいたんですけど、最近は「バイオパークで働きたいんです!」っていう声がかなり増えてきた印象です。
YouTubeやSNSを通してバイオパークの認知度が上がったこともありますし、動画に登場する飼育員を観て「こうなりたい」って思ってくれている方もいらっしゃるんだと思います。
――動画に出演されている飼育員さんを園内で見かけると、ちょっと嬉しいですよね。
神近 お客さまも特別感を感じて来てくださっているんじゃないでしょうか。今までは飼育員が動物の説明をしていてもそこまで興味を持ってもらえなかった。今は動画でよく観る"知っている人"(飼育員)が説明してくれるからって、みんな真剣に話を聞いてくれるんですよ。でも春岡くんなんて、お客様から声をかけられ過ぎて、撮影に出たら中々帰ってこられないですもんね(笑)。
■動物たちと一緒に自然の中に暮らしているような感覚
――YouTubeやSNSのいい効果が出ていますね。改めて、バイオパークの強みって何でしょう。
神近 "自由さ"ですね。動物とお客さんとの境目があまりないので、動物たちは気が向けば人のすぐ近くに寄ってくる。カピバラなんて、その辺でゴロゴロ寝ていますし。放し飼いのキツネザルは、ご飯が欲しいときだけ森の中から出てきて餌をねだる。
本当に自由なんですよ。バイオパークに一歩足を踏み入れれば、動物たちと一緒に自然の中に暮らしているような感覚を味わえるのが強みですね。
――最後に、パークとしての今後の目標をお聞かせください。
神近 バイオパークとしては、今の方向性をより極めていくことが大切だと思っています。昨年、ビーバーが園外でお散歩を始めて、エンリッチメント大賞(※)をいただきました。動物たちに自由があるから、自然な行動や習性を引き出せる。ここでは、そんな動物たちの姿を見ることができることをもっともっと知ってもらいたいですし、広めていきたい。
バイオパークらしい手法は、展示場の柵をなるべくなくしたり、外に出したり、放し飼いにしたりという形だと思うので、より自由な環境で動物の魅力を引き出していくことを極めていきたいですね。
春岡 僕はもっともっとオンラインを極めていきたいですね。もちろん現地に来ていただけることが一番嬉しいんですけど、なかなか来園できない方も多い。そういった方たちにもSNSやYouTubeを通して、バイオパークを知ってもらってたくさん関わってもらいたいなって思っています。動物好きには絶対に見てもらいたいので、今後も愛らしい動物たちの姿を発信していきたいです!
※ エンリッチメント(動物の福祉と健康を改善するために、飼育環境に対して行われる工夫)に取り組む動物園や飼育担当者を応援すると同時に、来園者である市民がエンリッチメントを正しく理解・評価することにより、市民と動物園をつなぎ、市民の動物園に対する意識を高めることを目指し、2002年より実施されている。