『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は人名に由来のある地名や食べ物などについて語る。
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先日出演したテレビ東京系『出没!アド街ック天国』の東京駅八重洲口の回で、八重洲の地下街にひっそりある頭部銅像が取り上げられていました。ホラーなライティングの下にたたずむギョロ目の像の正体は、徳川家康に仕えたオランダ人の通訳、ヤン・ヨーステン。このヤンさんの和名が「耶楊子(やようす)」だったそうで、彼の屋敷があった和田倉門外の辺りは「八代洲河岸(やよすかし)」と呼ばれることに。
それがさらに転じて「八重洲(やえす)」と書かれるようになったことが、八重洲の地名の由来とされているとのこと。「やんよーすてん」から「やえす」への進化の過程を丁寧に聞いても飛躍が否めない上、現在では和田倉門外の濠(ほり)の辺りは八重洲ではなく丸の内1丁目であることを踏まえると、結局、今の八重洲の由来がわからない気もするけど、とりあえず八重洲は人名由来。ヤンさんの子孫の皆さんは親しみを持ってくれてるのでしょうかね。
人名由来で有名どころだと、「サンドイッチ」ですよね。賭博好きのイギリスの貴族、サンドイッチ伯爵がカード賭博を中断せずに片手で食べられるパンに具を挟んだ、とかなんとか。日本語だと、たくあんも有名な例。禅僧の「沢庵(たくあん)和尚」が徳川家光にたくあん漬けを供し、家光が「たくあん」と名づけたとする説や、沢庵和尚の墓石がたくあんを漬ける漬物石の形に似ていたからなど、諸説ありますが。
個人的に好きな例は、ナチョス。トルティーヤチップスにサルサソースやチーズをのせたテックスメックス料理のナチョスは、日本でもおなじみです。誕生したのは1943年、米テキサス州とメキシコとの国境レストランで。コックさんが不在の際にウエイターさんが作った、チーズのせの揚げトルティーヤが評判になり、正式メニューに昇格。メニュー名はそのウエイター、イグナシオさんの愛称「ナチョ」が由来。
イグナシオのあだ名がナチョ。赤ちゃん言葉のようで、ナチョスが急に愛くるしく思えてきました。江戸時代の炭問屋・備中屋長左衛門の名前が由来の「備長炭(びんちょうずみ)」を「備長たん」とアイドルみたいに呼ぶと愛着が湧くのに似ています。
食べ物関連以外だと、ボイコットが面白いですね。19世紀のイギリス貴族チャールズ・ボイコット大尉が管理していたアイルランドの土地では、法外な額の借地料を課していたそうです。それに怒った従業員がボイコット氏の命令を拒否し、困ったボイコット氏は従業員の要求を受け入れました。ボイコットをした側の民衆のリーダーが由来かと思いきや、ボイコットされた側が起源とは。
同じく、「そうじゃない!」と本人が主張しそうなのは、レオタード。バレエやエアロビでおなじみの衣装は、19世紀フランスの空中曲芸師ジュール・レオタールから名づけられたそうです。Leotard (レオタール)が後に英語読みの「レオタード」として浸透してしまったわけですが、これって「パリ」を強引に「パリス」と発音する英語圏民のよくないところが出ていますね。世界中に名前を読み間違えられてるレオタールさん、31年と短い生涯でしたが、思わぬ形で世界中に名が広まったのでした。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。「サヤ」はスペイン語で「スカート」、ヒンディー語で「影」といった意味があり、フィリピン女性の民族衣装の呼称でもあるらしい。公式Instagram【@sayaichikawa.official】