パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
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ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
朝、目が覚めると寝床でしばらくの間、スマホで、XをはじめとしたSNSをぼーっと眺めてしまうという、あまり良くない習慣がある。昨日もそれをしていたら、いきなり頭をぶっ叩き起こされるような情報を目にしてしまった。
池袋の「かるかや」が、来月、つまり2024年の6月いっぱいで閉店してしまうらしい......。 かるかやとは、「西武池袋本店」の屋上にある人気のうどん店。西武の屋上が、2015年に「食と緑の空中庭園」としてリニューアルされる前の、もっと野暮ったい、昭和の空気漂う空間だったころからずっとある店だ。その歴史は50年以上にもなるらしく、当時はリニューアルにあたってなくなってしまうのでは? と心配したものの、新しい小洒落た店たちに混ざってきちんと存続してくれ、とても嬉しかった。
長く池袋で会社員をしていた時代があって、昼食を食べるなら圧倒的に、職場から近かった立ち食いの「小諸そば」率が高かった。けれども、ちょうど今のようないい気候の日が多くなってくると、ちょっと足をのばしてかるかやに行きたくなる。よく晴れた屋上ですするうどんには、なにものにも代えがたい美味しさがある。
これまでの人生で何度かるかやのうどんを食べたことだろう。思い入れも込みならば、確実に僕がいちばん好きなうどん屋だ。たまに行くといつでも行列ができているし、閉店の可能性なんて考えたこともなかった。
いてもたってもいられなくなり、その日の開店時間である10時を目指して、ぼくはかるかやへと向かった。
開店と同時にかけつけたので、さすがに行列はまだなかった。安心して、僕の定番である「つけうどん 冷」を注文。かるかやは、同じ西武の地下にゆでる前のうどんを販売する店舗もあり、そこで手打ちされる打ちたてのうどんが、このご時世に550円。そんなありがたさにあらためてふれると、寂しさがいよいよリアルに胸にせまってくる......。
会社員時代は素直にうどんだけをすすっていたが、フリーの酒場ライターとして独立してからは、来る頻度は減ったものの、楽しみかたの幅は広がった。
たとえば、駅構内のコンビニで買った缶チューハイを合わせるなんてこともできてしまうわけだ。ちなみに、僕は以前西武の広報の方にこの場所についての取材をさせてもらったことがあり、常識の範囲内であれば持ち込みは問題ないということなので、あしからず。
かるかやのうどんの魅力といえば、なにを差し置いてもまず、麺。手打ちならではの不揃いさ、そのどこか垢抜けない雰囲気がなんとも好ましく、世に数あるなかでも、もっとも友達になりタイプのうどんだと言える。
しっかりと小麦の味と香りが感じられ、表面はツルツルとなめらか。ところが太さがまばらだから、柔らかかったり、ほんのりとだけど芯が感じられたりと、1杯のなかにバリエーションがあって、さぬきうどんのようでも武蔵野うどんのようでもあり、しかしそのどちらでもない、正真正銘「かるかやうどん」としか言いようのない麺なのだ。
そしてつけつゆがまたいい。だしの香りをベースに、しっかりと甘じょっぱくて、うどんのダイナミズムにまったく負けない力強さがある。
ただ、ひとつだけ違和感も感じた。つゆのなかのたっぷりのあげだま。以前はもっと手作りっぽい、バキバキ食感のものだった気がするけれど、今日は市販のものっぽい質感だ。と思って過去の写真を掘り出して確認してみたら、やはり変わっている。
ただ店頭に、原材料の高等によりねぎの増量を中止しているとか、事情によりあげだまのトッピングを中止しているなんて張り紙もあったから、いろいろと難しい事情もあるんだろう。万が一閉店の理由にそういう部分があるのならば、思い切ってうどんの値段を上げてもらったって、僕らファンは一向にかまわないのに。しかしそもそも、天ぷらもののメニューのない店なのに、あげだまを用意してくれているというだけでもありがたいことだ。
というわけで、いざ、麺をどっぷりとつゆに浸して、いただきます! あぁ、やっぱりうまいな、かるかやのうどん。食感がいろいろだから、口のなかが楽しい。小麦の味と濃いめのつゆが手を組んで、がつんと幸福中枢を刺激してくる感じもたまらない。それらをよ~く味わったら、冷たい缶チューハイをごくり。あぁ至福。
なんてことをしていると、たいてい人なつっこいスズメたちがテーブルまで遊びに来たりもするのもまた、屋上の店ならではの天国っぷりだ。
麺を半分くらい食べたところで、つゆのなかに落とされている生玉子を崩す。実は僕は、つゆに生の玉子を落とす「月見」タイプのうどんやそばに対しては、懐疑派の立場をとっている。だって、つゆが変に薄まってしまわないですか? 生玉子落とすと。ところが、かるかやのこのつけうどんは、そもそもの味がはっきりしているから、ぜんぜん気にならないどころか、むしろうどんに黄身のまろやかさが絡まる味変っぷりが、とても好きなのだった。
さて、もはやじゅうぶんすぎるほどにかるかやを堪能できたけれど、実は僕が毎回やっている、禁断とも言える技がもうひとつある。さっき、かるかやには天ぷらものメニューがないと言ったが、ここ西武には、当然デパ地下がある。そしてそこには、テイクアウト専門の天ぷら店「銀座ハゲ天」がある。つまり、そこで天ぷらを買ってから向かえば、かるかやのうどんを勝手に天ぷらうどんに魔改造してしまえるというわけだ。
今日は「干海老と玉葱のかき揚」(195円)を買っておいた。これを、いよいよ残り1/3くらいになったうどんをすべて入れたつゆに投入。「そんなことして、大好きな店への冒涜じゃない?」と思われる方もいるだろう。僕も若干思わないことはない。だけど、これが最高に楽しいんだからしょうがないじゃないですか!
がぜん油っこさを増し、さらには海老の香りや玉ねぎの甘みが加わってしまったうどんは、それはもう天にものぼる美味しさだ。チューハイのつまみとしての破壊力も倍増している。
あああ~、やっぱりかるかやは最高だ。もう会社員ではないから、毎日は無理だけど、せめて6月いっぱい、来られるだけは来よう。それにしても、寂しすぎるな......。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】