ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

東京都杉並区にある、西武新宿線上井草駅は、我が家からはバスなら一本。がんばれば歩いて行けなくもないくらいの、そこそこ近い場所にある。

上井草駅 上井草駅
いまだに高架化もされておらず、さらに両ホームを行き来するための階段すらもないという牧歌的な駅。街の規模はそれほど大きくないものの、いい飲み屋がちらほらと点在していて、大好きな街だ。って、西武線沿線の駅の多くが、たいていそんな感じなんだけど。

そんな上井草の街が、最近にわかに盛り上がっている(僕のなかで勝手に)。なんと駅近くに先月、スーパーの「マルエツ」が新規オープンしたらしいのだ。スーパーマーケット大好きっ子としては、地元エリアに新しいスーパーが誕生するなんて夢のような話だ。しかもそれが、生活エリア圏内に今までなかったマルエツ。ぜひとも視察に行きたい。

加えて、さらに信じがたき噂も聞いた。なんとそのしばらく前、駅前に、新しく個人経営の立ち食いそば屋がオープンしたのだそう。立ち食いそば大大大好きっ子としては、こんなに熱い話題はない。

そもそも近年、街の立ち食いそば屋は驚くべきスピードで減り続けており、その跡地にチェーンのそば屋が入るなんてパターンも多い。それは、再開発により、どこの駅前も同じような風景になりつつある状況と重なるかもしれない。

「マルエツ 上井草駅前店」 「マルエツ 上井草駅前店」
というわけで上井草の街へ。街道から駅へと続く商店街の入り口に、おぉ、確かにできている! マルエツ! 現状、特に必要な買いものがなかったので今回は眺めるだけにしたが、やっぱり自分にとってなじみの薄かったスーパーは楽しく、品揃えのクセや、オリジナル商品や惣菜類には興奮する。近いうちにゆっくりと再訪し、自宅でマルエツ飲みをすることにしよう。

そして駅前に到着すると、おおおおお! これまた確かにできている! 立ち食いそば屋が!

「とらや」 「とらや」
黄色い看板が目を引くかわいらしい佇まいで、「立喰」の横に「立飲み」の表示があるのも酒飲み的には嬉しい。正面に回ると、うんうん。やっぱりいい。

青空に黄色が映える! 青空に黄色が映える!
店頭の看板を確認すると、かけそばの420円をはじめ、由緒正しき立ち食い価格。メニューやトッピングが豊富なのもワクワクする。

迷うな~ 迷うな~ 写真を見てまた迷う 写真を見てまた迷う
さて入ってみよう。

コの字カウンターを中心とした、シンプルでコンパクトな店内。壁の質感の年季の入りっぷりから、古い飲食店の居抜きかな? と想像し、帰ってからGoogleストリートビューで確認してみたところ、どうやら以前は、昔ながらの不動産屋だったようだ。そういうパターンもあるのか。

酒&つまみメニュー 酒&つまみメニュー
外観から立ち飲み要素があることはわかっていたが、酒やつまみのメニューがものすごく充実していたのには驚いた。おつまみメニューの下には「15:00以降になります」と書いてあり、表の看板の営業時間は15時までだった。ということは、15時からは飲み屋業態にトランスフォームするというわけか。最高な業態にもほどがある。

時間がまだ3時前だったので、一応アルコール類の注文ができるか聞いてみると、OKとのこと。やばい。なにも食べてないうちからもう大好きなんですけど、このお店。

それでは、爽やかな天気に合わせて「酎ハイ」のレモン(税込み400円)から始めよう。

「酎ハイ」 「酎ハイ」
「樽ハイ」のレモンと思われるほんのりと甘みのあるサワーは、ずっと飲み続けるのは辛いけど1杯目にはぴったりだ。ジョッキまで冷え冷えで、本格ロックアイスを使ったありがたい1杯。ごくごくっとのどに通してやれば、うん。言うことなし。

ところで肝心のそば。僕がこの手の店でいちばん好きなメニューは「春菊天そば」となる。そしてまた、ここには「肉とら」なるメニューがあり、店名が冠されている以上、名物に違いない。う~ん、どっちにするか......え~い、どっちもいくしか! と、少食のくせにいやしんぼうな自分の、いつもの無茶が出てしまった。

つまり、「肉とらそば」(650円)に「春菊天」(200円)トッピング。で、お願いします!

「肉とらそば」と「春菊天」 「肉とらそば」と「春菊天」
すぐに届いたそばが、あまりにも良いビジュアルで思わず目が潤んでしまう。こういうそばが食べられる店、本当に貴重になってしまったもんな。

まずは色の濃いつゆをズズズ。あちち。おぉ、うまい。しっかりとだしの効いた、塩気は見た目ほどに強くなくて、ほんのりと甘めのつゆ。な、気がする。というのも、しょうがをしっかり効かせて甘辛く煮込まれている豚肉の味わいが、かなりつゆに影響を与えているから。ただ、肉の旨味もたっぷりと染み出したそのハーモニーが極上なことは言うまでもない。

天ぷらは揚げおきのようだけど、きちんと衣がざくざく、バキバキしていて、つゆに浸してかじるとほんのりと苦い春菊の香りが鼻を抜ける。あわててチューハイをぐびり。

太めの麺 太めの麺
麺のインパクトがまたすごかった。かなり太めで、僕の好きな立ち食いらしいちょいボソ食感でありながら、わしわし感もあって食べていて楽しい。ほんのりと甘みも感じ、これ、かけでもぜんぜん満足できるそばだ。

とら肉 とら肉
そして名物のひとつ、とら肉! 前半は春菊に覆われて全容が見えていなかったけれど、ものすごい量......。掘っても掘っても下から出てくる。とろとろほろほろに煮込まれた豚肉を、口いっぱいにほおばれる幸せといったらない。

実は西武線沿線には立ち食い系肉そばの名店がいくつかあって、たとえば西武池袋線椎名町駅前の「南天」。よく見ると使っているどんぶりが同じ(南天オリジナルというわけではなく、業務用で使われることの多い「磁器志野」というデザインのもの)だけど、方向性がまたぜんぜん違う。こうやってバリエーションが広がってくれることは、立ち食いそばファンとして、嬉しいことこのうえない。

爽やかな風が通り抜ける店内 爽やかな風が通り抜ける店内
このご時世に気概しか感じない、立ち食いそば界希望の新店「とらや」。そばが僕の大好きなタイプのものだったことが嬉しすぎて今も思い出すとニヤニヤしてしまうし、さらに、飲み屋要素がこんなに強い店とは。ありがたいという他ない。

次回は当然、午後3時を目指してやって来てみよう。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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