米国のシンクタンクの調査によると「40代後半が人生で一番幸福度が低い」という。その理由はなんなのか? 変えることができるのか? 精神科医に中年危機の対処法を聞いた!
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■中年の危機は8割が経験する!
全米経済研究所(NBER)の発表によると、人生において最も幸福度が低くなるのは先進国で47.2歳、発展途上国で48.2歳だということが報告されている。
これは、米ダートマス大学のデービッド・ブランチフラワー教授が、世界132ヵ国を調査しまとめたもので、青年期から幸福度は下がり始め、中年期がどん底になり、その後、高齢期に向かってU字カーブを描いて上がっていくという形だ。
この調査によると、人生の中で一番幸福度が低いのは40代後半ということになる。本当にそうなのだろうか? 『人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造』(ハヤカワ新書)などの著書がある精神科医の熊代 亨(くましろ・とおる)氏に聞いた。
――40代後半は、人生の中で幸福度が一番低い時期なのでしょうか?
熊代 まず、40~50代の中年期がどういう時期なのかというと、アメリカの発達心理学者エリック・エリクソンなら〝世話をする〟時期と答えるでしょう。
「子供の世話をする」「親の世話をする」「会社など社会の中でもいろいろな世話をしている」。世話をする人が多くなり、精神的な負担が増えている時期です。
一方で、自分の体が変化してくる時期でもあります。若いときと比べると体力が落ちて、ホルモンのバランスが崩れ、男性でも疲労感や倦怠感などの更年期障害が出る人もいるでしょう。大きな病気を患う場合もあります。生物として身体的な曲がり角に立っているわけです。
そのため、この時期に約8割の人が〝ミッドライフクライシス(中年の危機)〟という不安を経験しているといいます。
――それが、幸福度が低い理由なのかもしれませんね。では、ミッドライフクライシスとは具体的にはどんな不安なのでしょうか?
熊代 例えば、これまで仕事を一生懸命やってきた人が、この時期になると自分のキャリアの先が見えてきて、「自分はもう出世できないのか。こんなに会社に尽くしてきたのになんだったんだろう」と考えてしまうこと。
また、白髪が増えたり、髪が薄くなったり、体形が変わってきたりといった容姿の問題や、老眼になったり、記憶力が悪くなったり、作業が遅くなったりといった能力の低下の問題を受け入れることができなくて、心理的なダメージを負ってしまうこともあります。
ミッドライフクライシスは、心理的にはアイデンティティ(存在証明)の問題でもあります。仕事に自信を持っていた人、容姿に自信を持っていた人、子育てに自信を持っていた人など、自分のアイデンティティを示すものが失われてしまったときに経験します。
そして、こうしたことがきっかけとなって、「自分の人生はこれで良かったのか」「この環境から抜け出すことはできないか」と悩んでしまう。一部の人はうつ病になってしまうこともあります。
――ツラいですね。
熊代 でも、多くの人はミッドライフクライシスをうまく乗り越えているんです。
自分のアイデンティティを仕事や容姿などから、別のものに変えていく。例えば、ライフバランスが仕事80%で家庭20%だった人は、仕事50%、家庭30%、趣味20%といった感じに変えてみる。自分がこだわっていた部分を少しずつ違うものに移していけば乗り越えられます。
実は、昔はこうしたライフスタイルの移行がわかりやすくできていたんです。
例えば、生まれた地域の子供会に入って、その後、青年会に上がり、やがて老人会に移る。地域の中で年齢ごとの集まりがあった。そして「老人会に入ったら、もう地域の祭りでみこしは担がなくていい」というような決まり事もあった。だから、自動的に年を感じていました。
しかし、今は地域のつながりが少なくなってきて、年齢をきちんと意識する社会装置が少なくなっています。だから、自分のライフステージがわからなくなりがちなんです。
また、今の中年は昔の中年と比べて、見た目も行動も若いといわれています。
それは、いい部分もあるでしょうが、どこか心と体に負担をかけているかもしれません。もし、若くなくてはいけないという思い込みが人生の次のステージへの移行の妨げになっているとしたら、少し見直したほうがいいでしょう。
――自分の年をちゃんと認識するというのが、ミッドライフクライシスを乗り越える対処法なんですね。
熊代 そうですね。ほかにも、ミッドライフクライシスの対処法として有効なのは、今、自分が抱えている悩みや「これからどう生きればいいのか」といった人生の目的をロールモデル(お手本)になる人を見つけて参考にすることです。
昔は老人会に年上のロールモデルになるような人がいて、いろいろ悩みを聞いてもらっていたはずです。同じように、例えば10歳くらい年上の人生の先輩に相談をすると、いいアドバイスがもらえるかもしれません。
逆に10歳年下の後輩を誘って飲みに行くのもいいです。年下と話していると「自分は下の世代から見ると、こんなにおじさんだったのか」と認識できますから。
ミッドライフクライシスの時期は、人生の次のステージを考える時期だと思います。
そして、「幸福度が一番低いのが40代後半」だというのなら、これからは幸せなことが増える可能性があるということです。そのために自分のライフスタイルを考え直してみるのは悪いことではないと思います。
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40代後半の幸福度は低いかもしれないが、自分の年をちゃんと意識して行動すれば、その後の人生はすてきなものになるかもしれない。
●熊代 亨(くましろ・とおる)
1975年生まれ、精神科医。近著に『人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造』(ハヤカワ新書)、『「推し」で心は満たされる? 21世紀の心理的充足のトレンド』(大和書房)などがある。