『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、長年の夢だったという「リッツパーティ」について語る。
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半年ほど前、長年の夢だったある会への参加がかないました。その会は、華やかで贅沢(ぜいたく)。まさに社交界のたしなみ。その会にずっと憧れていた人も多いことでしょう。
そう、それは、誰もが耳にしたことがあるものの、実際に経験したことがある人にはなかなか出会えない、選ばれし者のためのイベント。その名も、リッツパーティ。CMでおなじみの、リッツクラッカーに小さな具をいろいろ添えてキャッキャしながら食べるあれです。
気づいたら定番だったあのリッツパーティのCM。色とりどりにトッピングされたリッツを沢口靖子さんが笑顔でお披露目し、大量のリッツと小さく切られた野菜やフルーツが並ぶ部屋に招き入れてくださいます。
パーティが昔から得意ではない私でも、「リッツパーティならパリピになりたい」とキラキラした目で見てました。リッツの製造元がヤマザキナビスコからモンデリーズ・ジャパンに代わり、CMも変わりましたが、心の中でリッツパーティは生き続けてました。
そんな私、市川紗椰は、ついにリッツパーティに参加しました。クラッカーにちっちゃなハムとかレタスのカケラをのせてきました。しかし、いざ参加してみると、まさに「心の中」という問題に直面しました。
リッツパーティはCM以外の文献や体験談を見聞きしたことがない、いわば幻想、概念でしかない。おのおのの心の中にしか存在しないリッツパーティという概念を実現させないといけない。もはや精神世界の話でした。
あらかじめ丁寧に盛られたリッツを準備するのか。それともリッツとトッピングだけ別に並べて、食べるたびにマイ・オン・ザ・リッツを作る手巻きずしスタイルなのか。あのレタスのかけらはどのくらい用意すべきなのか。アボカドやエビ、イチゴや生クリーム、肉やジャム。内容にも順番にも、おそらく正解はない。
「リッツは自由だ」と信じていたら、さすがにおかしな方向に行き始めました。シシャモをドンッと、オリーブは切らずに丸のままちょっこんと(もちろん種もそのまま)など、いろいろチャレンジしました。このようなチャレンジメニューにはなんともいえないおどろおどろしさが漂い、この世に存在してはいけないものを見たときの静かな恐怖を感じました。シュールレアリスムに通じる違和感というか......。
ちなみに、私はもうひとつだけリッツパーティの開催事例を知っています。2016年秋、ヤマザキナビスコがヤマザキビスケットに社名変更し、リッツの製造・販売も終了することを受け、「最後のリッツパーティー」なるものがAbemaPrimeで生配信されました。なんとリッツパーティの女神、沢口さんもご降臨。弦楽四重奏がモーツァルトを生演奏する優雅な会でした。
AbemaNewsのキャスター陣と共に、なぜかバンドの神聖かまってちゃんのメンバーも参加するというカオスな状況の中、私はずっと女神にくぎづけでした。そして最後まで見た結果、衝撃の事実が。沢口さん、最後までリッツを口にしませんでした。あくまで振る舞う側に徹したリッツパーティの女神に、目頭が熱くなりました。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。山椒とリッツの相性が意外といけた。公式Instagram【@sayaichikawa.official】