近年、「大人の発達障害」という言葉をよく耳にするようになった。発達障害は脳機能の発達に関係する障害で、主に自閉症スペクトラム障害、学習障害、そして注意欠陥多動性障害(ADHD)が該当する。
こうした中、ADHD当事者となった小説家のエッセイが話題を呼んでいる。野間文芸新人賞受賞作『寝ても覚めても』や芥川賞受賞作『春の庭』などで知られる、柴崎友香さんの『あらゆることは今起こる』だ。執筆の経緯と出版の反響について、本人に話を聞いた。
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――本書の原稿は、執筆依頼を受けたわけではなく、自発的に書き始めたそうですね。
柴崎 はい。もともと自分には発達障害な部分があると感じていたので、かねて診断を受けてみようと思っていました。そこで、診断を受けたり、自分の特性と向き合ったりすること自体が面白そうだなと思い、職業柄その体験を書いてみようと思ったんです。
でも、ADHDについてよく知られているのは「片づけられない」「遅刻する」「忘れ物をする」などの"困った"特性です。それゆえに面白くネタっぽい語りになりがちですが、それもまたイメージを固定する面があり、当事者目線でもう少し違う形でADHDについて書けないかと考えていました。
そのときにちょうど医学書院さんの「ケアをひらく」シリーズから横道誠さんの『みんな水の中-「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(2021年)が出版されました。
これがまさしく発達障害を当事者目線で語っている本で、そこには「ADHD当事者が自身の体験を語る本は少ない」と書かれていたんです。この「ケアをひらく」シリーズなら、枠にはまらず、いろんな読み方をしてもらえるのではないかと思い、ご連絡をしました。
――本書を書かれる際には、これまでのエッセイと比べて、文体の工夫などはされましたか?
柴崎 小説でもエッセイでも、そのたびに文体や語り方を考えてはいます。今回でいうと、自分自身がADHDの診断を受けた当事者といっても、その特性や生活の困り事は普遍的なものではありません。
それらは人によって違いますし、似たような困り事があっても、その原因は発達障害以外の場合もあります。どういう留保をもってそういった点を伝えるかは、かなり考えながら書いていました。
――本書では、診断結果について周囲の人に話す際、「そうは見えない」「自分も片づけられないから大丈夫」などの言葉をかけられるシーンがありました。これらは柴崎さんにとってあまりポジティブなものではなかったのかなと感じましたが、こういった状況ではどんな向き合い方をすべきなのでしょうか?
柴崎 診断結果について人に伝えるのは難しかったですね。それに対するリアクションも、相手が良かれと思って言ってくれているのはわかるから、逆に苦しさを感じることもあります。正解や間違いということではなく、わからないことはわからないままで、まずはその人の言葉を受け止めてもらえればいいのかなと。
――先ほども指摘されていましたが、ADHDは"困った"特性が多いとされ、ネガティブな印象を持たれがちです。一方で、本書では小説家は「ADHDの適性を生かせる職業」と書かれていますね。
柴崎 小説家にもいろんなタイプがあり、「ADHDだから小説家に向いている」とはいえませんが、少なくとも自分の特性は自分の作風に影響していると感じますね。
自分は興味があちこちに飛ぶ特性があるので、それを生かすこともあります。例えば、電車に乗り間違えたとしても「思わぬ発見がある!」と偶然を楽しんで、執筆の材料にできたりもします。この本では「ADHD力」とも書いていますね。
あと、興味のあることについては自発的に進められる特性もあるので、この本を書き進められたのもその影響ですね。
これらは特性の良い側面かもしれません。
――「診断を受けることは、自分の地図を作ること」というとらえ方が印象的でした。読書習慣をつけるためにあえて家で"立ち読み"をしたりする試行錯誤の連続が、「地図」に書き込まれたメモのように感じました。現在、地図の充実具合はいかがでしょうか?
柴崎 まだまだ余白はありますが、少しずつ自分のことがわかるようになってきています。この本を出してからも同じような特性を持つ人の話を聞ける機会が増えたので、それにつれて自分の特性もよりはっきりするようになりました。
自分の「地図」作りについては、なるべく楽しみながらやるのが本当に大事ですね。義務感を意識しすぎるとつらくなってしまうので。
――発売後すぐに重版が決まるなど、本書はかなり反響を呼んでいますね。印象的な読者の反応などはありましたか?
柴崎 もともと自分の著作を読んでくださっていた方以外にも広く届いている感覚はあり、発達障害への関心の高まりを感じています。その理由は、「普通」の枠が狭くなっていることなのかなと思っています。
そして、その狭い「普通」であることが求められ続ける中で、そこからこぼれ落ちたときに助けを求めることが難しくなっているんじゃないかとも。
例えば、会社などで「わからないことがあったらなんでも聞いてね」と言われたから質問したのに、「こんなこともわからないの」的な対応をされると、聞きづらくなりますよね。
――身に覚えがあります......。
柴崎 ありますよね(笑)。まずは「助けを求めることが迷惑ではない」という雰囲気が大切なんだと思います。社会全体がそういう雰囲気になれば、"困った"ことのスパイラルから抜け出しやすくなると思います。
――「自分も発達障害かも」「服薬したら何か変わるかも」と思ったことがある読者に向けて、ひと言お願いします。
柴崎 日常生活ですごく困っていることがあるのなら、客観的な診断を受けるのはひとつの手段です。実際に私も診断と服薬は役には立っています。
また、そこまで困っていなくても、この本が自分の感覚を知る手がかりになればと思います。それについて誰かと話してみたりしても、意外な発見があるかもしれません。
●柴崎友香(しばさき・ともか)
小説家。1973年生まれ、大阪府出身。2000年に『きょうのできごと』でデビュー(行定勲監督により映画化)。『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞(濱口竜介監督により映画化)、『春の庭』で芥川賞、『続きと始まり』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。他の小説作品に『ビリジアン』『虹色と幸運』『百年と一日』など、エッセイに『よう知らんけど日記』『大阪』(岸政彦との共著)など、ほか多数
■『あらゆることは今起こる』
医学書院 2200円(税込)
眠い、疲れる、固まる、話が飛ぶ、カビを生やす......長年悩まされてきた現象の原因は、発達障害にあった? ADHDと判明した小説家は、その診断を「地図」として、自身の内面へと歩みを進め、謎を解いていく。時にユーモラスに、時にシリアスに自分の特性に向き合う著者の旅路に同行するうち、読者も自分についての理解が深まっていく。芥川賞作家・柴崎友香による、唯一無二の最新エッセイ