『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、実在しない島「疑存島(ぎそんとう)」について語る。
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大正時代の古地図を"パトロール"しているとき、小笠原諸島の辺りに「中ノ鳥島」という耳なじみのない島を発見しました。日本には自分が知らない小さい島がたくさんあるわけで、初耳の島を"発見"するのは普通のこと。しかしこの中ノ鳥島は、今の地図にも、手持ちの1980年代の地図にも載っていない。気候変動の影響なのか、どういうことなのか。
調べてみると、中ノ鳥島はその昔「ガンジス島」と呼ばれていたようです。19世紀の前半にアメリカの捕鯨船「ガンジス号」が発見してから、しばらくはアメリカの航海術の本や地図に記載されていたけど、その後は誰も見つけられず存在が疑われるようになり、1888年に削除。
一方、日本政府は以前からガンジス島の噂を聞いていたけど存在が確認できなかった中、1907年に山田禎三郎(ていさぶろう)という実業家が発見して上陸。その際の報告書を基に、1908年に正式に日本の領土に認定したそうです。
しかし、その後は誰も存在を確認できなったため、43年に日本の海図から消去されましたが、一般の地図には戦後も記載され続けたようです。このような、一度は存在が信じられながら、後に地図から削除された島を「疑存島」といいます。
疑存島が生まれる経緯が気になって、ほかの事例を調べてみました。まずは、自分がどこにいるか勘違いしているパターン。GPSがない時代、暗くて天候が悪いと位置の計測が狂う。16世紀に発見された「ピープス島」もおそらくこの例で、一時期は110以上の地図に記載されていたものの、上陸報告や島の特徴、地理学の観点から、今は「フォークランド諸島を見誤っただけ」とされています。
位置は正しいけど島じゃなかったパターンも。有名な例だと、カリフォルニア島。メキシコ西部のバハ・カリフォルニア半島は、北米大陸から切り離された島だと誤認されたまま、16世紀から18世紀の多くの地図に島として描かれていました。しかし、早い段階から冒険家や移住者の証言によって間違いはわかっていたといわれています。
それでもなぜ地図に残り続けたのか、面白い説があります。1510年の人気ロマンス小説『エスプランディアンの武勲(いさおし)』には、カリフォルニア島というアマゾネスが暮らす楽園が登場します。
18世紀頃になると、インテリアとして地図を飾ることが流行し、夢の島が載っているロマンを味わいながら、自分が本好きであることをアピールするためにカリフォルニア島の誤記が残ったといわれています。カリフォルニア島が載っているほうが売れた、という理由も。
地図の誤記載の事例では、民話などに出てくる島を確認しないで載せたパターンや、違うメーカーの地図に載っていたからそのままパクったパターンも。地図を無断で転用されたときの、著作権侵害の証拠とするための"著作権トラップ"として、実在しない街を記載する地図があるのも思い出しますね。
ちなみに、1792年頃に"発見"された疑存島「サンディ島」(別名サーブル島)は、2012年まで一部の地図に載っていました。その中のひとつがグーグルマップ。虚構なのになぜ衛星地図に!? そのカラクリはまたの機会に。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。また見知らぬ島を見つけたい。公式Instagram【@sayaichikawa.official】