ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
その日はふたつのイベント参加の予定があった。
ひとつめは、新宿のトークライブハウス「ロフトプラスワン」で行われる古い友達の結婚パーティー。でありながら、ライブをはじめとした様々な催しがあり、そもそも新郎新婦を知らない人でも入場可能という、オープンイベント形式の珍しい催しだ。
ふたつめは、下北沢の「BONUS TRACK」という施設が会場の「BOOK LOVER'S HOLIDAY × 本屋B&B 12th ANNIVERSARY」。こちらは、6月に新刊『缶チューハイとベビーカー』を出させてもらった僕と、7月に新刊『家から5分の旅館に泊まる』を出版する、飲み友達のライター、スズキナオさん。そしてその2冊を作ってくれた編集者である森山裕之さんの3人で、本やグッズの即売およびサイン会をするという内容で、午後2時から9時までの長丁場。
午前中に家を出て、昼12時ちょうどの乾杯からスタートし、結婚パーティーが始まる。僕も午後1時すぎから少しの間、トークゲストとして登壇させてもらう予定だ。会場は当然お祭りムードで、しかも飲み放題だったので、当然控えめにしておくべきシチュエーションにもかかわらず、生ビールと数杯のキンミヤサワーを開けてしまう。
自分の出番が終わったら即、後ろ髪引かれつつも会場をあとに。あらためて、大久保岐信さん、真由子さん、ご結婚おめでとうございます。末長くお幸せに!
さて、下北沢に着いた段階で、すでに2時を少し回ってしまっていた。急いで会場へ向かわないと。
そこからは約7時間弱、ひたすらに店の売り子をする。 自分の本が出ても、ふだんはそれを買ってくれる人の顔を見ることなんてない。ただひたすらに、誰かのもとに届いてくれたらいいなと願うのみだ。けれどもこういうイベントには、「いつも読んでいます」などとを言いながら、わざわざ時間と労力と交通費を使って本を買いにきてくださる人が、信じられないことに実在する。本当にありがたいことだし、ありがたい機会だ。そういう方々と実際に会話をさせてもらえることは、本当に嬉しい。
ただ、それはそれとして、僕は世間一般の平均値と比べても明らかに根性や体力がないから、こういう慣れない現場に7時間もいると、座っているだけなのにだんだん体がバキバキになってくる。世の勤め人の方の偉大さに敬服するばかりだ。
幸い会場は飲食禁止ではなく、というかむしろ、周囲に美味しい料理や酒を出すテイクアウト店などもたくさんあって、僕らも生ビールや缶チューハイなどをちびちびと飲みながら参加できたので、なんとか完走することができた。
と、今回は前置きが長くなったが、そのイベントの撤収や精算作業が終わったのが午後9時すぎ。ここからがついに、長かった今日の自由時間だ!
ひとまず3人の帰宅中継地点である新宿駅に向かいながら、「せめて1杯だけでもいいから、どこかお店で打ち上げをして帰りたいですね」ということになる。すると森山さんがすかさず情報を検索し、新宿駅構内にあるオアシス「ビア&カフェBERG」がまだ営業中だと教えてくれる。そこしかない! に決まっているのに、ついぽろりと、僕の悪いクセが発動してしまった。
「この期に及んで、新規開拓ってのもおもしろいですね」
言ってしまってすぐ後悔する。素直にBERGへ向かえば、もう10分後にでも最高の状態のビールが飲めるのだ。なのに、今さらここから、さらに店探し? こんな空気の読めないやつ、絶交されたって文句も言えない。けれども、おふたりとも心底いい人で、そしてそれ以上に、日本屈指の酒強者。そういう楽しみには目がなくもあるのだった。「いいですね!」ということになり、徘徊が始まる。
全員疲れ果てているから街に出る余裕はないし、時間的にも、舞台は新宿地下街限定だ。あっちに飲食店街があったはず......むこうに地下街直結の飲み屋があったはず......などとうろうろしては当てがはずれ、最終的に、森山さんの記憶を頼りに奇跡的にたどり着けたのが「ハル★チカ」という「新宿西口ハルク」の地下にあるフードコート的飲み屋街だった。
どこもまだ営業中で、お客さんもまだまだいて盛り上がっている。まるで幻のようだ。嬉しい......。
早急に店舗ラインナップを確認し、もっとも迅速に乾杯ができそうな、やきとんの「あぶり 清水」という店に滑りこませてもらった。
ただし、なかなか厳しい制限はある。現在時刻が9時50分。ドリンクのラストオーダーが10時。フードのラストオーダーが10時15分とのこと。酒飲み的には、むしろ燃えるシチュエーションとも言える。
とりあえず全員、大好きな「ホッピーセット」(税込550円)を注文し、達成感のなかで最高の乾杯。
続いて、早急に料理の注文を決める必要がある。名物にはやきとんの他に、馬肉料理、もつ鍋などもあるらしい。しかしながら我々には、悩んでいる時間はない。となれば今日は、一品系メニュー限定攻めでいこう。
大あわてで思い思いに、「ハラミポン酢(中)」(814円)、「豚足塩焼き(中)」(528円)、「もつ煮豆腐」(605円)、「自家製ぬか漬け」(462円)と頼んでゆく。店員さんに「以上でよろしいですか?」と聞かれ、「はい」と答えかけた瞬間、とっさに目に飛びこんできて、かけこみで「もつ焼きソバ」を追加した自分に、この日のファインプレー賞を贈りたい。誰も贈ってくれないので、当然自分から。
続々と届く料理たち。なにしろ久しぶりに食べるまともな食事。空腹は最高のスパイスとはよく言ったもので、どれもこれもありがたみの極まった味わいだ。 肉々しいハラミポン酢の柔らかくもしっかりとした歯ごたえ。噛めば噛むほどに肉の旨みが湧き出してきて泣けてくる。
とんそくは、珍しく荒めの塩をつけながら食べるタイプ。煮込み系や、焼きに酢醤油をつけて食べる福岡スタイルは食べたことがあったが、むちむちとした食感と強い旨味をシンプルな塩が引き立ててくれ、酒のつまみとしては最上級だ。
濃厚な味噌ベースのとろとろ煮込みのうまさなど、食べなくても見るだけでわかる。たっぷりの量とその下の豆腐が嬉しく、実際、見た目の想像をさらに超えてうまい。
そしてしっかりと漬かったぬか漬けを噛み締めた時の、塩気が体に染み込む感覚。もはや言うことはない。 どれもこれもホッピーとの相性抜群で、「いや?疲れましたね」「でも楽しかったですね」なんて、何度も言い合いながら飲む時間が、幸せこの上ない。 そしてそしてやって来たもつ焼きソバが、ちょっと意外なビジュアルだった。
まずはとにかく気になるのが、麺。今まで食べたどの焼きそばよりも、圧倒的に"ストレート"。もはやパスタのようにも見える。
とにかく皿に取り分け、食べてみよう。勢いよくズズっとすすると、表面がほんのり焦げるほどに焼いてあるから、若干パリッとした歯ざわりがあって、そのあとにぷりぷりもちもちと、口のなかで踊りだす。これ、やっぱりパスタだろう。どう考えても。 全体的な味つけは強めの塩味がベースで、そこにキャベツとにらが甘味としゃきしゃきを加え、かつお節が華やかに香る。で、豚もつと思われる細かめに刻まれた肉がたっぷり。これがまた、風味的にも食感的にもいい仕事をしている。
で、肝心の麺の感想はというと、正直、めちゃくちゃ合う。ふだんからおつまみレシピのアイデアばかり考えている僕からすると「やられた!」って感じだ。なんで今までこれを思いつかなかったんだろう。
食感にメリハリがあるから、口に運ぶのが少量ずつでも満足感があり、酒のつまみとして見たときに、戦闘力が高いのだ。食事としてならば通常の中華麺焼きそばに分はあるかもしれないけれど、酒の隣にいてほしいのはこっち。まさに、酒場の焼きそばだ。それでいて炭水化物。久々の炭水化物が体力をぐんぐん回復してくれる。
なんてことをしていたら、あっという間にドリンクもラストオーダーの時間。ナカをおかわりしたホッピーが少し残っているけれど、ここで頼まないわけにはいかないと、いも焼酎「さつま島美人」(550円)をロックで追加する。
これを閉店までの15分でしっかり堪能し、トータル40分ながら、濃密で充実の打ち上げタイムが堪能できたのだった。