編集未経験の素人がやけくそで設立したふたり出版社・点滅社が、今年の6月でついに設立2周年を迎えた。これまで赤字続きだったという彼らだが、昨年末に刊行したアンソロジー『鬱の本』が大ヒットを記録。谷川俊太郎や町田康、大槻ケンヂなど、豪華な執筆陣とインパクトのあるタイトルが話題を呼び、初の重版がかかったほか、さまざまなメディアに取り上げられた。
今年に入ると、5月に歌人・鳥さんの瞼の第一歌集『死のやわらかい』を、7月には『漫画選集ザジ Vol.2』を刊行。出版社として軌道に乗り始めたかのように見えたが、日々更新されるSNSやnoteを覗くと「もうだめだ」と、相変わらず憂鬱を感じさせる言葉が並んでいるのが気になる。
鬱屈とした気持ちは人の気力を奪ってしまう反面、ときに大きな原動力となることがある。実際に、点滅社代表の屋良朝哉氏は自身のnoteに、筋肉少女帯の「トキハナツ」という楽曲の"「憂鬱」よ お前がいるから負けはしない"という歌詞を引用し、「負けはしない お前がいたから点滅社ができた」とつづっていたことがある。
そこで今回は"鬱"と"編集"をテーマにインタビューを実施。鬱屈とした気持ちに支配され、身動きが取れなくなってしまっているあなたに、点滅社の魂を届けたい。
■狭い部屋をウロウロして、ひとり叫んではしゃいで
――週プレNEWSで取材をさせていただくのは、設立1周年を迎えられた昨年7月以来。その後、さまざまなメディアで取り上げられているのを拝見します。スゴいですね!
屋良 鬱で行き詰まった挙句、ろくな就職経験もない素人が立ち上げた出版社というのが珍しかったんでしょうか。編集未経験の出版社というと"ひとり出版社"の夏葉社さんがいらっしゃいますから、ぼくらは二番煎じでしかないのですが......。
最近は、ありがたいことにnoteを読んでくださる方もスゴく増えて、たまに今週の「スキ(ユーザーのリアクション)」1位に選ばれるんですよ。「もうダメだ」とか、書いているのはそんなことばかりなんですけど......。でも、興味を持ってもらえるのはうれしいですね。
――点滅社は「憂鬱を支えてくれたカルチャーへの恩返しがしたい」という屋良さんの思いが原点にあったかと思います。それが現在、詩集や歌集、漫画集など計6冊を刊行。どれもZINEのような個人形式ではなく全国の書店に流通。そのうち昨年末に発売された『鬱の本』は重版がかかるほどのヒットを記録しました。こうして結果が出たことで自信がついたり、憂鬱が軽くなったり、変化はありますか?
屋良 それが、全然ないんですよね......。正直、ぼくもちょっと精神の回復を期待しつつ本を作っていたところがあったので「ココまで何も変わらないなんてマジかよ」って感じなんですけど(笑)。本が完成した瞬間は、やっぱり気持ちが昂(たかぶ)ります。でも、こころの99%はやっぱりしんどくて。残り1%で感じられるカタルシスがあるから頑張れている、という感じですね。
客観的にはサクセスストーリーを歩みはじめたように見えるかもしれませんが、憧れられるようなことは何もないです。『鬱の本』が売れたのは良いことだけど、会社を続けられないくらい赤字経営だったのが補填されただけで、ぼく自身の月収は4万円。相変わらず気分の波はハンパないです。......って、はじめから夢も希望もない話をすみませんね。
――いえいえ。今回は、話題を呼んだ『鬱の本』を軸に、"鬱"と"編集"をテーマにお話をうかがえたらと思っています。同作は、2012年に夏葉社さんから刊行された「冬」と「本」にまつわるエッセイ集『冬の本』から着想を得て制作されたそうですね。
屋良 あ、はい。『冬の本』は、本好きな84人の著者の方々によるエッセイ集で、一編が約1000字と短く、とても読みやすいんです。ぼく自身、本を読みたくても読めないくらい憂鬱な日がたびたびあるのですが、これくらいの文量なら、しんどいときでもパッと手に取って読める気がして。これの鬱バージョンを作れば、ぼくみたいに憂鬱を抱えやすい人たちへの"おくすり"みたいな本になるんじゃないかと思い、企画書をまとめました。
『冬の本』へのリスペクトを込めて、同じ84人分のエッセイを収録しようと決めたのですが、これが大変でしたね......。お願いしたい方全員にご連絡するのに3ヶ月はかかったと思います。途中で憂鬱がジャマをして、何度も手が止まりそうになりました。こんなに大変だと分かっていたら、最初から諦めていた気がします。
片っ端からオファーしたものの、結局83人までしか決まらず。入稿も迫っていたので、止むを得ずぼくのエッセイを載せて無理やり84人に揃えました。本当は、書くつもりなかったんですけど。
――83人もの方に依頼を受けてもらえただけでもスゴいですよ! それに谷川俊太郎さんや町田康さんなど、著名な方も多く参加されていて、人選にもこだわりが感じられます。
屋良 ありがとうございます。ここまで豪華なお名前を並べるつもりはなかったんですが、ぼくの憂鬱を表現で救ってくれた人たちには絶対にお声がけしたくて。相手してもらえないだろうな......とダメもとでご依頼し続けていたら、いつの間にかスゴいことになっていました。重版できたのも、そういった方々がたくさんRP(リポスト)や宣伝をしてくださったおかげです。本当に運が良かったですね。
――なかでも大槻ケンヂさんは、社名の由来にされるほど影響を受けた方だと、前回のインタビューでうかがいました(社名の由来は大槻ケンヂ率いる筋肉少女帯の楽曲「サーチライト」から)。そんな方にもご執筆いただけたなんて、うれしすぎますね......!
屋良 は、はい。もう、めちゃくちゃうれしかったですね。オーケン(大槻ケンヂ)さんにお声がけすることは最初から決めていたんですけど、実際にご依頼のメールをお送りするまでには、かなり時間がかかりました。何度も文章を書いては消して......まさに、ラブレターを送るような気持ちでした。
その後1ヶ月ほど音沙汰なく、「やっぱりダメだったかなー」と諦めかけていたところ、急にお返事をいただけたんです。震えました。「うおおおおお! すげーっ」「ほ、ホントに......?」って。狭い部屋をウロウロしながら、ひとりずっと叫んではしゃいでいました(笑)。
――うわぁーっ、いいですね......! 興奮のあまり部屋を動き回ってしまうの、何だか分かる気がします(笑)。いやぁ、良い話だなぁ。
屋良 オーケンさんはじめ、大好きなみなさんから届いた原稿を読ませていただく時間もサイコーでした。「"鬱"と"本"がテーマであれば、救いのない内容でも大丈夫です」とお伝えしていたのですが、みなさん、スゴくやさしい文章を送ってくださるんですよ。読むたびに、ぼくが元気をもらっていたほどです。
と、みなさんのやさしさに包まれていられたのも束の間。これは絶対に完成させなきゃ、ここで頓挫させちゃダメだ......って。プレッシャーと責任感もふつふつと沸いてきましたね。
■「止まらない」じゃなく「止まれない」
屋良 でも『鬱の本』が売れたのは、それだけ生きづらさを抱えている人が多いってことですよね。そう考えると少し複雑です。『鬱の本』に限らず点滅社の本は、ぼくの思想思考が出過ぎているために、どれも"鬱"の要素が強いのですが、理想を言えば、点滅社の本を誰も必要としない......、つまり、みんなが憂鬱を抱えずに生きられる世界のほうが絶対に良いと思うんですよ。ぼくは点滅社が潰れないように頑張っているけど、全く売れずに潰れるほうが、社会としてはマトモなんじゃないかって、本気で思っていて。難しいんですけど。
――そんな世界だからこそ、鬱屈とした気持ちをエネルギーに変えてガムシャラに活動している点滅社の存在、点滅社の書籍に救われている人は多いと思います。
屋良 そうだとうれしいです。あの、やっぱりぼくは、しんどい思いをしている人たちに「生きろ」とか「死ぬな」とか「大丈夫だから」なんて言葉はとても言えなくて。オーケンさんの『Guru』という楽曲に「お前だけはわかってあげなさい」って歌詞があるんですけど、そうやってぼくが筋肉少女帯の音楽に支えられたように、作品を通して、誰かが人知れず抱える苦しみややりきれなさ、報われなさみたいなものを照らすことができたらと思って本を作っているんですよね。おこがましくても、それが点滅社の、ぼくのやりたいことだから。
でも、ぼくは希死念慮がかなりヒドいんですけど、矛盾しているようで、憂鬱があるから生きられているのかもと思うときがあります。憂鬱で死にたくなっているはずなのに、憂鬱が生きる動機にもなっているっていうか。逆に、憂鬱が無くなったら何もできなくなる気さえしていいます。こんな調子で、ぼくは一体いつ助かるんですかね? 助かるって何なんだろう......? うーん......。
――屋良さんの憂鬱が晴れたら点滅社の存在意義は確実に変わってしまいますよね。もちろん、精神的に健康なのに越したことはないですが。
屋良 ちょっと意味が違うかもしれないけど、オーケンさんも「コンプレックスを舞台に上げればそれはロックになる」とおっしゃっていました。って、ぼく、オーケンさんの話ばかりしてますね(笑)。でも、ぼくはオーケンさんから、"憂鬱"やそこから生まれる"行き場のない怒り"をエネルギーにして、カッコいい表現に昇華する精神を勝手に受け継いだので、点滅社の活動を通して、どんどんそれを継承していきたいんですよね。それができれば、点滅社は潰れても良いです。いや、潰したくはないですけど......。
――ところで、憂鬱のあまり思うように身体を動かせない日もあると思います。そういうときは、どのようにお仕事されているんですか?
屋良 基本的には、どんなにしんどくても「でも、やるんだよ!」という根本敬論で頑張っています。本当にダメなときはOD(オーバードーズ)をして無理やり身体を動かしていたこともありますが、さすがに会う人みんなに心配されまして......。最近は1日の労働時間を3時間くらいに抑えて、ヤバいときは何もせず寝るようにしていますね。起きていたとしても、ただ机の前に座ってボーッと音楽を聴いたり、電話も出られずメールも返せず、ただパソコンに表示される通知を眺めていたり......。
――気づいたら1日が終わっている、みたいな。
屋良 はい。もう、そんな日はしょっちゅうです。って、それで良いとは思っていないし、正当化するつもりはないんですが......。一応、うちは"ふたり出版社"なので、ぼくが動けないときは(相方の)ユウヤさんに対応をお願いすることもあります。『鬱の本』を増刷するときも、ぼくに代わってユウヤさんが印刷会社とやりとりをしてくれたんですよね。いやー、いつも本当に助けられています。
――素人ふたりで、見切り発車で出版社を立ち上げて。今、スゴく良いペースで刊行が続いていますよね。止まらない屋良さんの姿を見ていると、自分も頑張らなきゃなと思わされます。
屋良 あ、ありがとうございます。でも、「止まらない」んじゃなくて「止まれない」んですよね。今やっておかないと死ぬかもしれないから。このまま死んだら悔いが残るでしょ、だからやるんだよって。その自分への圧が、結果的に今のペースに繋がっているだけです。
ぼくとしては、まだやりたいことの1割しか実現できていないので、もっと頑張らないとです。途中でお金が尽きたら、それこそ何もできなくなっちゃうので、売り方もちゃんと考えていかなきゃな......。
――では改めて、いま点滅社として抱いてる夢を教えてもらえますか?
屋良 点滅社を立ち上げた段階で、作りたい本の案が20冊分ありまして。既に6冊刊行しているので、あと14冊。それを達成できるまでは、何としてでも点滅社を続けたいですね。
頭の中にいるもうひとりの自分が「お前が死ねばみんな喜ぶ」みたいなことを常に言ってくるんですよ。ただ椅子に座ってボーッとしているだけの時間も、頭の中では常にソイツとの戦いが起こっているんです。第三者からすれば、早く手を動かせよって感じだと思うんですけど......。
そのもうひとりの自分との戦いは、自分を蔑(さげす)んでばかりで何もできていなかった19歳の自分を助けることにも繋がると思っています。素人でもできたぜって証明をすることで、あの頃の自分を救ってやりたいっていうか。だから、とにかく本を作るしかないですね。結局、28歳くらいまでぷらぷら過ごしちゃったから相当しぶといけど、20冊出す頃にはコイツと和解できてるといいなーって感じです。負けたくないですね。
――これからも応援しています! それでは最後に、屋良さんがお好きな音楽について教えてもらえますか?
屋良 えーっと、アーティストでお答えして良いですか? ずっとお話ししている大槻ケンヂさんと筋肉少女帯はもちろん、The ピーズやTHE HIGH-LOWS、神聖かまってちゃん、村八分......。あと最近はGEZANをめっちゃ聴きますね。昨年出た『あのち』ってアルバムがスゴく好きで、毎晩のようにブッ通しで聴いています。あと、ぼくはジョン・ライドンも大好きなので、セックス・ピストルズやパブリック・イメージ・リミテッドも昔から聴きまくっています。あ、あとラモーンズも......。と、この通りぼくはロックバンドが好きなんです。本当はバンドをやりたかったけど、うまくできなくて出版社に辿り着いた......みたいなところがあるので。精神性は、ロックやパンクの影響が確実にデカいですね。ハハハ。
●点滅社(てんめつしゃ)
屋良朝哉と小室ユウヤによる「日々を静かにおもしろく照らす本を」をスローガンとするふたり出版社。昨年末に発売された『鬱の本』がヒットを記録。最新刊・鳥さんの瞼の第一歌集『死のやわらかい』、『漫画選集ザジ Vol.2』発売中。高円寺にて、(点滅社の書籍の校正などを担当した)小窓舎とともに書店「そぞろ書房」も共同運営中(住所:〒166-0003東京都杉並区高円寺南3丁目49-12 セブンハウス202号室/営業時間:水・金・土・日の14時~20時)。
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