ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

ある猛暑日の午後、突然、猛烈に「冷やしたぬきそば」が食べたくなった。そういうこと、誰にでもあるだろう。

ちなみにここで言うたぬきそばとは、大きなあぶらあげをのせた関西風のものではなく、そばに揚げ玉をんのせた関東スタイル。会社員時代は夏になるとよく、立ち食いの「小諸そば」の冷やしたぬきを食べていた。具だくさんで、さくさくの揚げ玉たっぷりで、あれ、かなりの名品だと思う。

そしてたった今、僕が求めているのは、手打ちでそば自体にこだわりのあるような店の、格式高い味わいではない。いい意味で雑で、麺は立ち食い系の王道のちょいボソゆでおきで、それをわっしわっしとかっこみたい気分だ。

とはいえ、外は灼熱。駅前のそば屋にまで出ていくだけで疲れきってしまいそう。コンビニでいいか。と、まずは近所のファミリーマートに行ってみると、定番品だと思っていたのに、麺類コーナーの棚にない。あきらめきれず、セブンイレブン、ローソンと回ってみても同様。少なくとも僕の観測範囲のコンビニで、冷やしたぬきそばは見つけられなかった。

驚いたことはそれだけではなく、なんと、どの店にも「冷やしたぬきうどん」や、それに類する商品は売られていたのだ。うどんじゃないんだよなぁ今日は......。というか、同じ「冷やしたぬき」のなかで、そんなにも人気に差があるということなんだろうか。なんだかショック。

そこで少し足をのばして1軒のスーパーに行ってみると、なんとそこも同様の事態。どうなってるんだ......。愕然としつつ店内を徘徊していると、1食ぶんがパックになったゆでおきそばが売られていた。もう、自分で作るか。

シマダヤ「健美麺 本そば」 シマダヤ「健美麺 本そば」
となると他に必要なのは、当然揚げ玉。それから、きゅうりにねぎに、わかめも欲しいな。あ、かにかまも。なんて、次々かごに入れていく。

結果こうなった 結果こうなった
もはやこの時点で、時間も労力も、そして1杯の冷やしたぬきそばにかけた金額も、最初っからそこらの町そば屋にでも向かっていたほうが良かったことは確実な状況だ。夏の暑さが、僕の正常な判断力を鈍らせたんだろう。そんな日があってもいい。

ところで我が家には、こんな状況にぴったりの秘密兵器があるのだった。それは、立ち食いそば屋で主に使用されている、床に落としても割れないメラミン製のそばどんぶり。

こちら  こちら
以前ネットで見つけて衝動買いした、一家にひとつ持っているだけで、いつでも立ち食いそば屋気分が味わえる頼れるやつだ。

さて、いよいよ作っていこう。そばを流水で洗い、めんつゆをかけつゆの濃度に希釈してぶっかける。つゆは我が家の定番、キッコーマンの「濃いだし 本つゆ」。 続いてその上に、たっぷりの揚げ玉。ここでひとつ、お得情報を書いておくと、市販の揚げ玉はどうしても、そば屋のものとは食感が異なる。そこで、買ってきたら袋の上から手で揉んだり叩いたりして、よく崩してやる。すると、きめ細かさとサクサク食感がアップし、そば屋の味わいに近づくのだ。と、僕が勝手に編み出し、勝手にそう思い込んでいるだけの技なんだけど。

もっと崩してもいいくらいだったかな  もっと崩してもいいくらいだったかな
さて、最後に用意した食材を盛りつければ完成。食べたいと思ってから、ずいぶんと時間がかかってしまったな......。

自家製冷やしたぬきそば 自家製冷やしたぬきそば
もはやこの達成感と、完成したそばをつまみに一杯やってしまいたい気分。けれども、今日はこのあとまだいくつか原稿を書かないといけず(今読んでいただいているこれもそのひとつだったりする)、晩酌まではノンアルコールビールで我慢しておこう。

これはこれであり  これはこれであり いただきます  いただきます

は~、これこれ。そばの香りがすごく強いわけでも、のどごしや歯ごたえがものすごくいいわけでもない、ゆでおき麺。失礼なようだけど、そこがいい。このタイプのそばでしか満たせない満足感が、確かにある。 もくもくもくとよく噛んでいると甘みが出てきて、ザクザクの揚げ玉のアクセントが極上だ。具材もどれもいいけれど、特に入れて正解だったのはわかめかな。そばと揚げ玉に絶妙な潤いを与えてくれる。

温かいそばだと揚げ玉はほぼ一瞬でもろもろになってしまうけれど、冷やしはそれがゆるやかなのもいい。下にたまったつゆを吸い、徐々にしっとりとしだし、その食感も、そこに至る変化の経過も、全てが冷やしたぬきそばの醍醐味だ。

しっとりもまた良し  しっとりもまた良し
結果的に突然冷やしたぬきそば欲を満たせて大満足だったけど、コンビニやスーパーマーケットのみなさんには是非お願いしたい。冷やしたぬきそばと冷やしたぬきうどん、なるべく平等に扱ってくださいませんか! と。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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