ワキガはなぜにおう? どう防ぐ? そのメカニズムに迫る ワキガはなぜにおう? どう防ぐ? そのメカニズムに迫る

あれ、俺って今臭い? 汗が増えるこの季節、自分のニオイがどうしても気になる! その中でも特に考えたいのが、脇のニオイ。実は最近、日本人研究者がワキガのメカニズムを解明し、原因菌のみを除去する手法を開発したというのだ。研究チームを直撃した!

■ワキガの原因は常在菌だった!

ワキガの原因となる菌を特定!

今年4月、大阪公立大学の研究チームによる成果が世間を騒がせた。
 
脇の下から独特のにおいが放たれるワキガは「腋臭症」とも呼ばれ、日本人の10人に1人が悩まされているという。中にはワキガ軽減のための手術をする人もいるが、そもそもワキガはどのようにして発生するのか。研究チームの渡邊美樹医師に聞いてみた。

「もともと、ワキガは特定の汗と関係があることはわかっていました。汗を出す『汗腺』には全身にあるエクリン汗腺と、脇の下や陰部、耳の穴などにしか存在しないアポクリン汗腺との2種類があるのですが、後者がワキガを生むんですね。

ただ、ワキガの詳しい仕組みはわかっていなかった。ところが私たちの研究でS.ホミニスという菌が主な原因だと突き止められました。アポクリン腺から分泌される汗そのものは無臭なのですが、S.ホミニスが汗に含まれる化合物を『食べて』排出する、いわば排泄物がにおいの原因なんです」


同じく研究チームの鶴田大輔教授によると、われわれの皮膚にはびっくりするほど多くの細菌がすんでいるという。

「人間の皮膚には細胞の総数よりも多い40兆~100兆個ともいわれる数の細菌がすんでいます。中には皮膚病や感染症の原因になる菌もいますが、保湿効果があるグリセリンを生む表皮ブドウ球菌など、人間にとってプラスの菌も少なくありません。

今回のS.ホミニスはごくまれに感染症の原因になる以外は大きな害もメリットもない地味な菌で今までは特に注目されてこなかったのですが、それがワキガの原因だったんです。

実はS.ホミニスは誰もが持つ菌なのですが、ワキガがある人の汗にはその『エサ』となる成分が特に多いんですね。それがワキガにつながっていると考えています」

なお、ややこしいのだがS.ホミニスがすべてのワキガの原因というわけではないという。ワキガには種類があり、それぞれ原因となる菌も異なるからだ。研究チームの植松未帆助教が解説する。

「ワキガには酸っぱいにおいや尿のようなにおいなどさまざまなタイプがあり、それらが混じり合って各人のワキガになっています。特にワキガが強い人に目立つのがカレーに含まれる香辛料のクミンのようなにおいと、タマネギを思わせる硫黄臭。S.ホミニスが原因になっているのはこの硫黄臭です。

さらに、今回の研究ではこのS.ホミニスだけをピンポイントで殺菌できる酵素を開発できました。人体にとって有用な菌はそのままに、ワキガの原因の菌だけを除去できるのです」

■ワキガは病気じゃない

ワキガの原因菌を特定し、殺菌方法を確立。今回の発見によりワキガを撲滅できる日が近づいたようにも思えるが、研究チームの狙いはそこにはないという。

「実は本来の目的は脇にいる菌の働きの調査で、ワキガ撲滅を目指していたわけではないんです。そもそもワキガは病気ではありませんし、ワキガに健康上の問題があるわけでもない。個性の一種だととらえるべきでしょう」

え、ワキガは病気ではない?

「まず、ワキガは人類にとってまったく珍しいものではありません。確かに日本を含む東アジアではワキガを持つ人はマイノリティですが、白人や黒人では8~9割以上の人がワキガを持っています。

ですから欧米やアフリカ大陸ではワキガがあるのが普通で、ワキガは嫌がられません。治療の対象になることもまずないでしょう。ワキガを持つ人が少なく、ワキガへの嫌悪がある日本や東アジアのほうが特殊なのです」

白人や黒人は大半がワキガ。そのため「ワキガ」という概念が存在しないどころか、セクシーな色気としてとらえられることもあるそうだ 白人や黒人は大半がワキガ。そのため「ワキガ」という概念が存在しないどころか、セクシーな色気としてとらえられることもあるそうだ

ではなぜ東アジアではワキガが嫌われるようになったのか?

「もともと人類にはワキガがあったのですが、進化の途中で『ABCC11』という遺伝子に変異が生じた人はワキガを持たなくなりました。そして、東アジアには変異したABCC11を持つ人が多いため、ワキガの人が珍しくなったのです」

ワキガは決して病気や異常ではないのだ。研究チームの植松智教授もワキガ対策は本来の目標ではなかったと言う。

「結果としてワキガ軽減につながる知見は得られましたが、研究としての一番の価値は脇の下の細菌たちの実態を明らかにしたことです。皮膚にいるさまざまな菌は複雑な振る舞いをしていて、ワキガや皮膚疾患などもその結果なのですが、細かいことはわかっていませんでした。

しかし私たちは細菌たちを遺伝子レベルで丸裸にし、作用も明らかにできました。いわばワキガの関係者の詳細な名簿を手に入れたようなものですから、学問的な価値も高いのです」

植松教授によると、人間のワキガは動物のフェロモンに似た性質があるという。

「ワキガに関わるアポクリン汗腺は、動物でフェロモンを分泌する器官が退化したものです。今の人間のワキガがフェロモンとして作用しているかどうかはわかりませんが、ある人の体臭を好ましく感じるかどうかはパートナー選びに関係するという研究もあります。

生まれてくる子供がいろいろな感染症への耐性を持つためには免疫に関わる遺伝子が自分とは異なる人をパートナーに選んだほうがいいのですが、そういう人の体臭は嫌な感じがしないというんですね。逆に近い人の体臭は不快に感じるようです。そういう意味でも、ワキガを含む体臭をあまり敵視するのは考えものです。

それから、人間の嗅覚には多様性があり、ある人の体臭を不快に感じるかどうかには個人差があります。特に自分のにおいには強く不快感を覚えることがわかっていますから、あまり気にしすぎないほうがいいでしょう」

■いろいろあるワキガ対策

とはいえ、夏になると脇のにおいが気になってくるのも確か。気軽に行なえる対策はないものだろうか? 前出の植松教授はこう語る。

「高カロリー、高脂質の食品はワキガを悪化させるといわれており、食生活の改善は有効でしょう。同様に、禁酒、禁煙も効果があります。

また、ストレスがたまると交感神経が優位になり、発汗が活発になります。これもワキガにつながるので、ストレスをためないことも重要です」

形成外科医でワキガ治療の専門家である、こまちくりにっくの土井秀明医師にもご意見を伺った。

「ワキガ対策はいろいろありますが、ちょっと気になるくらいなら市販の消毒薬を軽くスプレーするくらいで十分でしょう。コロナ禍でいろいろな消毒液が出ましたが、あれらはいずれも皮膚のブドウ球菌にはよく効きます。ただし、かぶれないか注意してください。

保険適用の治療なら、皮膚科で多汗症治療に使われる『ラピフォートワイプ』(マルホ)があります。これは使い捨てのおしぼりみたいなもので、脇の下を拭くとエクリン汗腺からの汗を抑えることができます」

汗をかいたらこまめに拭き取ったり、消毒スプレーを使うことでにおいは抑えられる。蒸れやすい冬もワキガに注意だ 汗をかいたらこまめに拭き取ったり、消毒スプレーを使うことでにおいは抑えられる。蒸れやすい冬もワキガに注意だ

あれ、ワキガの原因はエクリン汗腺ではなくアポクリン汗腺では?

「そのとおりなのですが、汗を減らすことで菌が繁殖しにくくなり、ワキガを改善できるのです。ですから、制汗も意味のある対策です。

なお、ラピフォートはワキガだけでは保険適用されず、適用されるためには今のところ多汗症の診断が必要です」

さらに重度の人にはアポクリン汗腺を切除する手術や、皮膚の上からマイクロ波を当てて汗腺の働きを抑えるやり方もあるが、そういった治療法が必要になる人はごく一部だという。

「ワキガのチェック方法に『ガーゼ法』というものがあります。脇にガーゼを挟んだ状態でウオーキングなどの軽い運動をして、そのガーゼを他人に嗅いでもらいます。ガーゼを持って診察室に入ってきただけでにおうような方は治療対象ですが、そんな人は多くはありません。鼻を近づけてやっとにおうくらいなら、治療は必要ないでしょう」

それでも自分のワキガが気になってしまう人は、治療を検討する前に一度立ち止まって考えてほしいという。

「ワキガの治療をしたいといって来る患者さんの中には、『すれ違った人が鼻をつまんだ』とか『電車に乗ると隣の人が移動した』などと訴える人が少なくないのですが、そういう方はワキガ以前にメンタルを病んでしまっている場合があります。

『自分の体臭が他人に迷惑をかけているのでは』と思い込む自己臭恐怖症です。手術をしたのにまだワキガを気に病むような方には精神科を紹介させていただく場合もありますよ」

土井医師も「ワキガは病気ではない」と常々患者さんに説明しているそうだ。

「医学的にはワキガを『腋臭症』と呼びますが、まずこの名称が良くないですよね。『臭』という漢字が入ってしまっていますから。

『ワキガ』という言葉の語源ははっきりしていませんが、私は『脇香』が正解ではないかと思います。嫌なにおいではなく、時には魅力にもなる個性ということです。だから、あまり気にする必要はないですよ」

最新知見を取り入れて、ニオイの気になる夏を乗り切ろう!

佐藤喬

佐藤喬さとう・たかし

フリーランスの編集者・ライター・作家。著書は『エスケープ』(辰巳出版)、『1982』(宝島社)、『逃げ』(小学館)など。『週刊プレイボーイ』では主に研究者へのインタビューを担当。

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