ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

この連載の前回の内容が、久々の関西出張へ向かう新幹線内で食べた駅弁「品川貝づくし」の話だった。ところが3泊4日の滞在はあっという間に過ぎ去り、僕は今、東京の自宅にいる。猛烈な関西ロスの真っ最中だ。

僕の仕事は酒場ライターなので、出張と言ってもその内容は、基本的に朝から晩まで飲み歩くこと。4日間で京都と大阪、合計15軒の店を訪れることができた。どの店もそれぞれ本当に良く、今から同じコースをもう一度めぐりなおしたいくらいだ。

ずっとこんな感じの日々だった  ずっとこんな感じの日々だった
そんなことだから、滞在中に飲食するものは酒とつまみがメインになり、食事らしい食事はほとんどとらなかった。せっかくの機会だから、ちびちびと品数多くいろいろ食べたいという気持ちが先行してしまうので。多くの人にとっては異常と思えるかもしれないが、それが酒飲み、いや、僕という人間なのだ。

そりゃあ僕だって、一緒に行った店で麺類好きの友達が食べていた、大阪鶴橋「よあけ食堂」の肉吸いにゅうめんや、「ちほ」の中華そばを、ちょっとうらやましく思わなかったわけではないけれど。

「よあけ食堂」の肉吸いにゅうめん  「よあけ食堂」の肉吸いにゅうめん 「ちほ」の中華そば 「ちほ」の中華そば とにかく楽しかったな、関西 とにかく楽しかったな、関西 ところで、そんな日々を送っていたら胃腸が疲れるのは当然のこと。帰宅した翌日は、昼を過ぎても食欲がわかず、やっとなにか食べたいなという気持ちになったのは午後3時ごろだった。

なにか、心身が癒されるものが食べたい......。それも、きっちりと栄養はあって、数日間あまり食べられていなかった炭水化物もきっちりとれるような。 そこで、あることを思い出した。数日前に大阪の酒場で友達数人と飲んでいたときのこと。そのなかのひとりが、夏の昼食にぴったりだと教えてくれたのが「水飯」だった。

水飯(すいはん)とは、「水まま」「水かけごはん」「洗い飯」など、他にもいくつかの呼び方がある、山形県の郷土料理らしい。ざっくりと言ってしまえば、読んで字のごとく、ごはんに水をかけて食べるのだそう。

冷やし茶漬けではなく、あくまで水飯。話を聞くとなんだか気持ち悪いような気すらしてしまうが、これが夏バテで食欲がないような日にものすごくいいらしい。作ってみるか。

まずは米をよく洗う  まずは米をよく洗う
最大のポイントは、炊いた米を水でよく洗うこと。そこで炊飯器から1膳ぶんの米をざるに移し、水道水で洗う。なんだかいけないことをしている気分だが、米の表面のぬめりをとることが、食感の良さにつながるらしいので。

そうしたら一度よく水気を切り、器によそって冷水を注ぐ。ほ、ほんとうにうまいのか、この料理......。

まだ不安でいっぱい  まだ不安でいっぱい

上にのせるのは漬けものや佃煮やみそなど、塩気があってごはんのおかずになるようなものならなんでもいいそうだ。とはいえ、なるべく質素方面の食材が合うだろう。そこで家にあった、わさび風味のなすの漬けもの、しば漬け、青しその身をのせてみたら、がぜん色気が出てきた。

あれ、いいんじゃないの?  あれ、いいんじゃないの?
仕上げに、これまた冷蔵庫にあった焼塩鮭の残りをほぐしてごまを少々。氷をふたつほど加えたら、マイファースト水飯の完成だ。飲み過ぎた日々に対する自戒の念もこめ、合わせるのは冷たい緑茶で。

いただきます  いただきます
途中までは不安でしかなかったけれど、もう早く食べたくてしょうがない。食欲がぐんぐん復活してくるのがわかる。

まずは水だけをすすってみる。すると、それぞれの食材から滲み出た塩気がほんのりとだけついた薄いだし汁のような感じで、なんの抵抗もなく体に吸収されてゆく。 続いてなす漬けをひとかじりし、いよいよ米をさらさらっ。もぐもぐもぐ、あ、これはいい。

一度洗って水と一緒に口に入れているからか、米ひと粒ひと粒の輪郭や、甘み、少し加えてある雑穀米の素朴な味わいなどが、解像度高く感じられる。決して、温かいごはんより食べやすくして流しこむという感じではなくて、新感覚の(郷土料理に対してその表現もどうかと思うけど)おかず&白米の味わいかただ。

完全に好きだ!  完全に好きだ!
そういうわけだから、漬けものひとつひとつの風味もいつもよりしっかりと感じられ、なんだかありがたい。鮭も当然合うし、だんだん内容が渾然一体となりはじめると、また味わいが変わってゆく。例えて言うなら"冷製半液状鮭弁当"というか。

いや、その表現はぜんぜん美味しそうじゃないな。取り消し。とにかく、素朴で美味しい味わいが清涼な水とともに心身を満たしてゆく快感は、冷たいそうめんやそばとも違う、水飯ならではのものだと言えるだろう。

すだちで味変  すだちで味変
後半に思い立ち、冷蔵庫にあったすだちを半個絞ってみたら、爽やかな香りと酸味が加わってこれまた抜群だった。

完全にハマってしまった水飯。いろんなおかずと合わせればバリエーションは無限大だし、次回は冷たい酒とも合わせてみよう。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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