ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

最近、仕事の関係で五反田に行く機会が多い。先日も五反田で仕事が終わり、せっかくにぎやかな街に来たんだし、軽くひとり飲みをして帰ることにした。

どこかおもしろそうな店はないかな? と歩いていると、「たこ安」という店に目が留まった。大衆的でかわいげのある店名がいいし、「関西即席 一品料理」というフレーズも気になる。

「たこ安」 「たこ安」
近寄ってみると看板に「創業昭和24年」と書いてある。かなりの老舗だ。それでいて最大50名までの宴会も可能らしく、「大画面テレビ完備!マイクもご用意できます」などと書いてあって、気になる要素が満載。これはもう、入ってみるしかないだろう。 左に階段、右にエスカレーターという珍しい作りになっていて、「右側のエスカレーターをご利用ください」とあるので、素直に従う。

エスカレーターで エスカレーターで
2階にたどり着くと、ビルのなかにあることに違和感しかない重厚な看板とのれん、そして木製の引き戸。これはきっとあれだ。かつては独立店だった店が、再開発でビル内店舗になったパターン。いい。すごくいい。

のれんをくぐって店に入ると、いきなり真正面に、椅子に座ってTVを見上げる、ご主人と思われる男性。「いらっしゃいませ」と迎え入れてくれ、女性の店員さんが席へと案内してくれる。 まずは酒。大好きな「ホッピーセット(白)」(税込495円)があったので、すかさず注文。お通し(400円)は、もやしとザーサイとしらたきのあえものか。うんうん。同時に到着したホッピーで、さっそくのどを潤す。

「ホッピーセット(白)」 「ホッピーセット(白)」 今日も1日おつかれさま 今日も1日おつかれさま
僕が通されたのは、テーブルが数席のコンパクトな部屋で、独立した空間だ。けれども両サイドに、広めのテーブル席や座敷席があるような雰囲気はする。また、ご主人の持ち場は入り口前が固定らしく、はっきりとは見えないけれど、調理場には別に料理人さんがいるらしい。注文を聞いてくれるのは、僕を案内してくれた店員さん。こういう全容の見えない酒場って、なんだか無性にわくわくするんだよな。

メニューもなんだか特徴的。真横の壁に貼られたおすすめメニューには、「刺身盛り合わせ」のあとに「山芋ポテト」「生セロリ」「焼きとうもろこし」と続き、そのチョイスがおもしろい。

「おすすめメニュー」 「おすすめメニュー」
グランドメニューもかなり品数豊富。特に「なめろう」はリピーター続出の名物らしい。ほか、「大きさにビックリ!!」とある「串焼き盛合わせ」や「豚しゃぶサラダ」、「鶏もも焼きおろしポン酢」などが大プッシュされているが、そういえば、関西っぽい要素が皆無だな。「栃尾揚げ」や「稲庭うどん」なんていう、関西とはまったく関係ないメニューもあるし。いやもう、すでに好きすぎる。この店。 さて注文。今日の僕の気分はなんだろう。う~ん......「いわし胡麻漬け」(380円)と、「チキンカツ玉子とじ」(550円)で!

「いわし胡麻漬け」 「いわし胡麻漬け」
いわし胡麻漬けは、酢締めにされた小イワシと野菜をあえ、たっぷりとごまがふられた小鉢。形をそろえて細切りにされたきゅうり、にんじん、大根、それから、ガリ。ちょっと珍しいスタイルだけど、ものすごくいいつまみだ。特にガリのピリ辛さと甘みが、酢締めのイワシとよく合う。

家でもまねしてみよう 家でもまねしてみよう

しばし後、チキンカツ玉子とじも到着。鉄鍋に入ってぐつぐつと音をたて、問答無用にうまそうだ。

「チキンカツ玉子とじ」 「チキンカツ玉子とじ」
特徴的なのは玉子の仕上がりで、一般的なかつ煮と比べ、かなりなめらかそうに見える。玉子とじと言うよりは「ふわとろ玉子のチキンカツのせ」とでも呼びたいような。

玉子がふわっとろ! 玉子がふわっとろ!
まずは玉子だけを口に運ぶと、しっかりとだしが効き、ほんのりと甘めな味わいに関西の風を感じるような気がする。そこに揚げ油のほんのりとしたジャンク感が加わるのがたまらない。

続いてチキンカツ本体。ザクザクの衣の下に、ぷりぷりかつ柔らかい鶏肉。これをよく味わっていくと......ん? 「ケンタッキーフライドチキン」の「サイ」という部位に、少しだけ鶏レバーっぽい味を感じることがあるの、わかってくれる人がいるでしょう。あの味がする! 今調べてみたところ、サイは鶏の「腰肉」だそうで、偶然か、毎回そうなのかはわからないけど、このチキンカツは腰肉を使っているのかもしれない。

というようなこざかしいウンチクはいいとして、とにかくシンプルに、めちゃくちゃうまい! これは、白メシにのせたいやつだ......。よし、頼んでしまおう。「白飯」(200円)を。今日の食事は、ここで完結させてしまおう。

白メシ、入ります 白メシ、入ります
すぐにやってきたごはんが、つやつやで甘くて粒だっていて、完璧に美味しい。湯呑みの直径を広げたような器もその味を引き立てているような気がする。このタイプの茶碗、こんど探して買おう。

そしてこう そしてこう
当然オン・ザ・ライスにする。たこ安における、オリジナルチキンカツ丼の誕生だ。甘辛い汁を吸い、徐々に柔らかくなってゆく衣。ふわとろの玉子。それらと融合する白米。これがうまくないわけがない。幸せすぎるな......。

と、心ゆくまで堪能してお会計をし、店を出ると、店主さんがわざわざ店の外まで見送りに来てくれた。驚いたのが「どうぞ」と案内されたエスカレーターが、下りに変わっていたこと。どうやらスイッチング方式で、上りと下りを入れ替えられるらしい。僕みたいなしみったれた客のために、そんな......。

ごちそうさまでした ごちそうさまでした
店主さんは満面の笑みで「ありがとうございました!」と見送ってくれ、案の定、地上に着いて見上げると、まだにこやかに、こちらに手をふってくれているのだった。こんな別れをしてしまったら、もう完全に、たこ安のとりこになっちゃうって。

そういえばお会計時にお姉さんに聞いてみたところ、「関西即席 一品料理」の由来は、初代である先代店主が、関西で料理修行をしたことにあるのだそう。また飲みに行って、いろいろと歴史を聞いてみたいものだ。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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