パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
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ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
今年の夏に存在を知り、もはやそれなしの生活など考えられなくなってしまった食材がある。それが「昆布水」。
きっかけは、地元石神井公園にある「らぁ麺 和來」だった。とてもクオリティの高いラーメンを出す店だとは知っていたが、通りかかると店頭に「夏季限定 冷やし昆布水塩らぁ麺」なる看板が出ている。とても暑い日で、汗もかいていた。なんだか無性にうまそうで、店内に吸い寄せられた。
するとこれが、脳天にガツンと衝撃が走るほどにうまかった。クリアなスープながら、昆布の旨味がこれでもかと効いていて、そしてかなりのとろみがある。これがストレート麺によく絡み、至福の味わいだ。
なんだか近年、麺を昆布水に浸した「昆布水つけ麺」というメニューが、ラーメン業界で流行っているな。というくらいのぼんやりとした知識はあったが、そうか、こうやってそのままスープに使ってしまってもいいのか、と、目から鱗(うろこ)が落ちる思いだった。
当然、自分でも作れないのか調べてみると、昆布水自体の作りかたはあまりにも簡単。基本的には、調理用ではなくだし用の昆布をひと晩ほど水に漬けておくだけでいいらしい。今すぐ試さないわけにはいかないと、ちょっといい昆布を買ってきて作った。それ以来、あれこれ昆布を変えてみては作り、さまざまな料理に使って、食べるたびにそのうまさに大喜びしていたというわけだ。一度など、あまりにも愛情が行きすぎて、酒で割りまでもした。
そうして僕がこれまでにたどり着いた、いくつかの結論。 まず昆布は、「日高昆布」が好みだ。昆布水は昆布の種類や等級によって大きく味に差が出る。レシピを調べたサイトのひとつには「日高昆布は昆布水向きではない」とも書かれていた。けれどもそこは僕の勝手。味わいやとろみ加減が自分にちょうどいい。日常的に楽しむものだし、別に高級なものでなく、安めのものでじゅうぶんなのもいい。
次にどうやって味わうのがいいか。これは完全なる自由で、極論は塩を少々足して飲むだけでうまい。が、さらに旨味あふれるめんつゆや白だしと合わせてしまうと、そりゃあもう幸せな液体の完成だ。そうめんでもうどんでもそばでも、確実に味わいがグレードアップする。お茶漬けの素と昆布水を合わせた冷やし茶漬けも、うまかったなぁ......。
というわけで、すっかり夏が終わろうとしている今、最後にもう一度、昆布水が僕にくれた幸福をこの身に刻み込んでおきたい。いや、当然秋でも冬でも昆布水は作るだろうけど、うだるような暑さの感覚がまだ思い出せるうちに。
そこでどんなメニューがいいかと考え、これしかないと思い至ったのが「サッポロ一番 塩らーめん」だ。おなじみの袋麺だが、あれ実は、公式で"冷やし"アレンジも推奨されている。作りかたは、ゆでた麺を水で締め、スープを冷水で溶いて合わせるだけだ。過去に一度、辛さはなくて爽やかな風味の韓国食材「水キムチ」にハマった時、うまいという噂を聞いて合わせて作ってみたことがあり、あれもまた夢の美味しさだった。その冷水をよく冷えた昆布水に置き換えてしまうのだから、考えただけでのどが鳴る。
さっそく作っていこう。といっても作りかたは単純そのもの。具材も、冷蔵庫にあるものをてきとうにほうりこめばいいだろう。なんといっても主役はスープだ。 まずは麺を好みの硬さにゆで、流水でよく締める。水気を切って器によそい、そこに昆布水適量。
昆布水はとにかく旨味が強いから、いきなり袋の全量ではなく、味加減を見ながら付属のスープを加えてゆく。それから個人的にちょっと油感のブーストが欲しくて、健康のために毎日摂取しているアマニ油もスプーン1杯加えた。
そうしたらあとは、好きな具材と付属のごまを盛りつけるだけだ。メンマ、かにかま、大葉、それから、昆布水ものには間違いなく合う柑橘系のなかから、ちょうど家にあったすだち。あと氷。あぁ、これは絶対間違いないぞ。
まずはズズズとスープをすする。塩味でありながらインパクトあり、ほんのりスパイシーな唯一無二のスープ。そのうまさを、昆布水がぐーんと底上げしていて、想像以上だ。いきなりそのままスープを全部飲み干してしまいそうにうまい。
ぷりぷりの麺もばっちりスープと合っているし、冷やしだから少しとぼしいラーメン感も、メンマが口に入ることによって補完され、その変化が楽しい。 そしてやっぱり入れて良かった、すだち。酸味と爽やかな香りが、冷たいラーメンスープ、昆布水の旨味と融合し、とめどない清涼感が身体中を駆けめぐる。
今年の僕の夏は、昆布水ラーメンに始まり、昆布水ラーメンに終わる夏だったとも言える。ラストにきっちりとうまい昆布水ラーメンを味わえ、もう思い残すことはない。心置きなく、次の季節へと歩き出そう。
最後にひとつ、大切な注意点を。 昆布は当然体にいいものである一方、ヨウ素(ヨード)が多量に含まれており、これは体内で甲状腺ホルモンを合成するために必要なミネラルのひとつだ。ただ、ヨウ素を過剰に摂取しすぎると、逆に甲状腺機能の低下などのを起こすことにもなる。特に、妊娠を考えている女性においては、わずかな甲状腺機能低下が妊娠の確率を低下させることも知られているらしい。
そもそも、昆布をさまざまな料理やだしに使用する日本は、日常的に生活していてヨウ素不足になることはないそうだ。なので、美味しい美味しい昆布水ではあるけれど、あまりに過剰な摂取は避け、たまに「明日は昆布水を使ったあんな料理が食べたいな」と思った前日に仕込んで楽しむ。というような距離感が、僕はいいと思う。まぁ、どんなごちそうもそうだけど。
そのあたりは、情報などをお調べのうえ、ご自身の判断でお願いします。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】