酒井優考さかい・まさたか
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。
集英社の学習まんが『世界の歴史』が22年ぶりにリニューアルし、2024年10月4日に全18巻で発売。荒木飛呂彦先生や原泰久先生など、人気マンガ家が手掛けた表紙イラストも話題だが、22年ぶりのリニューアルということで実は編集作業も大変なことになっていたという。全18巻を取りまとめた集英社 児童書編集部の加藤義弘副編集長に話を伺う。
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――高校の頃は世界史を専攻していたんですが、あまり好きではなく......ただ、表紙イラストを手掛けたマンガ家の先生方が錚々たるメンバーで興味を持ちました。
加藤 そうですよね。「歴史の学習まんが」というのは小学校高学年から中高生がメインターゲットではあるのですが、そのお父さんお母さん世代もそうですし、お子さんがいらっしゃらない方でも大人の人にももう一度「学び直し」として楽しめるようなつくりになっています。私もこれを作りながら初めて知ったことが本当に多いんですよ。
――22年ぶりに全面リニューアルというのは、中身も全部変わったんでしょうか?
加藤 はい、シナリオから全部新たに描き直しています。もちろん歴史のイベントごとや出てくる人物は同じですけど、歴史のとらえ方が22年前とは変わってきているのを実感できると思います。
具体的に言うと、やはり自分たちはイギリスやアメリカといった西洋の先進国が中心となった歴史の見方で勉強をしていたと思います。そういう見方ではあまり描かれてこなかった辺境地域についてや、支配する側だけでなく支配される側はどういう視点だったのかということなど、割とこれまで光が当たって来なかった立場の国や人にもスポットが当たるようにしました。
――そういった要素は具体的にどれくらい増えたのでしょう?
加藤 各巻に1つは必ず特徴的なものを入れています。22年前に出た前のバージョンが全20巻で、今回は全18巻になったというのもあるんですけど、まんがのボリュームをすごく増やしたんですね。1巻あたり30~40ページ増えました。そうすることで、これまでページの都合上メインどころしか押さえられなかったところから、もう少し視野を広げてみることができるようになりました。
例えば、今までは「イギリスに支配されました」だけで終わっていたところを、増えたページで「ところがその民族は反旗をひるがえして自分たちの国を作ろうと独立しました」というイベントを新たに入れられるようになった。
第一次世界大戦でも、「ドイツが負けてベルサイユ条約が結ばれて多額の賠償金を背負いました」で終わるのではなく、その後の周辺国、現在のトルコやアラブ諸国はどうなったのかという話を1章使って入れています。そうすると、今度はその裏でイギリスが何をやっていたのかということにも光を当てられたりして、これまでより踏み込んで、かつ偏った見方にならないようになったのではないかなと思います。
――世界の歴史となると無限に描くことはあると思うんですが、その取捨選択はどのように?
加藤 まず、基本的な流れは高校の教科書をベースにした上で、教育YouTuberのムンディ先生(山﨑圭一氏)が総合アドバイザーとして、全体の構成や各巻ごとのポイントを監修してくださっています。もちろん我々編集者も、「ここに入っていないけどこれは大事なんじゃないかな」と思ったら内容をすり合わせることもありました。
重要なのは、高校の教科書をベースにしていながらも、読む人が小学生でも大人でも読めるようにすることです。もちろん中高生の受験の入り口として対応できるような内容にはなっています。
――大人でも楽しめますか?
加藤 もちろんです。我々が20~30年前に学習した内容も当然載っていますが、そこから20年で世界の歴史にさらに広がりが出てきて、自分たちが学んだ時よりも発見は多いと思います。
全18巻のうち10巻を近現代史に割いているのも特徴です。近現代は学校教育では端折(はしょ)られがちですが、現在のイスラエルやロシアの問題や紛争などに直接繋がる部分です。以前のバージョンではベルリンの壁が壊されてソ連が無くなったところで終わっていましたから、そこからコロナ禍以降ここ数年のことまでが大きく追加されています。また第二次世界大戦後から2000年くらいまでの50年間に15~17巻の3巻分を費やしていて、ここは特に濃い内容になっています。
たぶん高校で世界史を専攻する人は半数以下で、興味を持てなかった人も多いと思います。そんな人にとっては発見だらけで、かつ1巻1巻が1つの映画みたいな感じだと思いますよ。
――そして、一番注目されるのはカバーイラストだと思います。人選やオファーはどのように行ったんでしょうか?
加藤 今回『世界の歴史』がリニューアルされる前に、2016年に『日本の歴史』がリニューアルされまして、その時は岸本斉史先生(『NARUTO-ナルト-』)に卑弥呼を描いていただくなど、インパクトがかなりあったと思います。その時に他の編集部との関係性ができたというのが今回非常に大きくて、漫画家の先生方にもご理解いただきやすい状況がすでに出来上がっていました。
例えば、荒木飛呂彦先生(『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ)にナポレオンをお願いしたいというように、各巻にどの偉人を描くか決めたうえで、それならあの先生にお願いしようと決めていきました。
堀越耕平先生(『僕のヒーローアカデミア』)が手掛けた3巻のイラストはカエサルとクレオパトラなんですけど、中身では主にローマ帝国の話をしているので、そうなると2人は少し前の時代の人なんですよね。で、ローマ帝国の人物も加えたほうがいいかと思い、著名な人として最初の皇帝のアウグストゥスがいるんですけど、彼を含めた3人でどうですか?という話を堀越先生にお願いしました。
ただ、やっぱり堀越先生はヒーローをお得意とされる先生なので、「ヒーローとヒロイン」という感じでこの2人を描きたいということで、この2人に決まりました。そんな感じで、こちらのイメージをお伝えしつつも、そこに各先生のアイデアが入り、さらに監修者のアドバイスも入ったイラストになっています。
――原泰久先生(『キングダム』)は中国文明の巻を担当されていなくていいんですか?
加藤 中国文明についての2巻の表紙は始皇帝なんですよね。だからまだ描いちゃダメですよね(笑)。それに負けないくらいの偉大な王として、1巻でラメス2世を描いていただいています。
――遠藤達哉先生(『SPY×FAMILY』)のヒトラーとチャーチルは色使いも含めて印象的です。
加藤 近現代になると実際の人物の写真が残っているので、すごく写実的に描いてくださる先生方が多い中で、そのまま『SPY×FAMILY』に出てきそうなイラストで目を引きますよね。
他にも、13巻のレーニンは『ゴールデンカムイ』の世界と近いところにありそうだったので野田サトル先生に描いていただきたいと願っていましたし、甲冑を着た女の子(ジャンヌ=ダルク)はぜひ田畠裕基先生(『ブラッククローバー』)に描いてほしいと思っていました。
逆に意外なところでは、くらもちふさこ先生(『いつもポケットにショパン』ほか)にあまり資料のないフビライ=ハンを自由に描いていただきました。我々が知っているフビライ=ハンの絵よりもシュッとしていて強そうですよね。
――判型が小さくなりソフトカバーになったのはなぜですか?
加藤 『日本の歴史』も同サイズ(四六判)で出したんですけど、やはりハードカバーというのは耐久性が高いので図書館とか学校の図書室には向いている一方で、家で読むことを想定するとスペースを取ってしまいます。それを考えると、コンパクトで軽く持ち運びやすいというのは大きな利点です。とはいえジャンプコミックスよりは大きいので文字が小さすぎるということもありません。
――ずばり、『世界の歴史』は他社からも出版されていますが、集英社の『世界の歴史』が他社と違うのはどこですか?
加藤 高校の学習指導要領が2022年に新しくなりましたが、他社の『世界の歴史』はすべてそれより前に出版されています。つまり我々は教科書が新しくなったのを見てから出せたので、学習まんがとしての信頼性はよそより上を行けていると思います。
もうひとつは、集英社の『世界の歴史』はマンガ編集の経験がある人間が作っているということ。「学習まんが」ではあるけど、マンガ自体の面白さをきちんと貫いています。
教科書の表現って、「誰々がどこどこに侵攻し、〇〇国を滅ぼした」みたいなことの連続ですが、その奥にはさまざまなねらいや思いがあるはずです。そういう、教科書ではフラットに書いてあって踏み込めない部分を、マンガだとドラマとして描けるんですよね。そういう意味では、集英社にはマンガに対する経験や蓄積がありますので、クオリティはとても高くなっていると思います。
――ちなみに制作期間はどれくらいかかっているんですか?
加藤 『日本の歴史』のリニューアル版、全20巻が出たのが2016年で、次はもう『世界の歴史』を作り直すんだという話になっていたので、実質でも5年以上はかかっています。特にコロナ禍もあって、関係スタッフとのコミュニケーションが取りにくかったり、進めにくいのがあったりして、思いのほか壮大なプロジェクトになりました。
ただ、5年以上かかったことで「集英社創業100周年企画」の1発目、皮切りになることができました。結果的にラッキーだったと思います。
――校正、校閲、ファクトチェックなども大変だったのでは。
加藤 本当に大変でしたが、各巻に監修の先生がついているので、とても細かいところまで見てくださって、本当にギリギリまで校正作業を行っていました。
割とギリギリのタイミングで、ちょっとした背景に対して「この建物、なんですか?」と指摘を受けた時があって、急遽資料をよく調べ直したらやっぱり違ってた、なんてこともありました。
マンガ家の先生とのやり取りも、普通のマンガよりも何往復もします。自分が描きたいものを描くということ以上に、監修に沿ったものを描かなければいけないし、ファクトチェックによる修正も多いので、まんが家の先生にはストレスのかかる仕事をお願いしたと思います。
――制作に5年となると、人の移り変わりもあったと思います。
加藤 最初にプロジェクトの立ち上げにいた人が、異動や退職、定年などで入れ替わっているので、編集部全体で携わったと言っていいと思います。ただ、前回出たのが22年前なので、前任者がいない状況で作るというのは、まるで未知の山を登るような仕事でもありました。
今回は22年ぶりのリニューアルということで、このバージョンを今後20年販売し続けるつもりで、それに耐えうるものにしたいと思ってはいました。ある意味で受け継いでいく財産ですね。問題は、次のリニューアルが20年後だとすると、今回のノウハウが引き継がれないことですね。なので、何でも資料を全部クラウドに残してタイムカプセルみたいにしたいですね。
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■集英社版 学習まんが 世界の歴史
発売日:2024年10月4日(金)
定価:(各)1,100円(税込)
全巻セット定価:19,800円(税込)
詳細:https://kids.shueisha.co.jp/sekaishi/
週刊少年ジャンプのライター、音楽ナタリーの記者、タワーレコード「bounce」「TOWER PLUS」「Mikiki」の編集者などを経て、現在はフリーのライター・編集者。