矢内裕子やない・ゆうこ
ライター&エディター。出版社で人文書を中心に、書籍編集に携わる。文庫の立ち上げ編集長を経て、独立。現在は人物インタビュー、美術、工芸、文芸、古典芸能を中心に執筆活動をしている。著書に『落語家と楽しむ男着物』(河出書房新社)、萩尾望都氏との共著に『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)がある。
写真/©吉原重治
バディ――それは固い絆で結ばれた"特別なふたり組"。映画やドラマ、マンガなどに潜むバディの存在に気づけば、物語はより深く、重層的に見えてくる。
トミヤマユキコさんの『「ツレ」がいるから強くなれる! バディ入門』は、魅惑のバディ・コンテンツの発見と楽しみ方を熱く教えてくれる一冊だ。
そもそもトミヤマさんはどんなきっかけで「バディ」に注目し始めたのだろうか。
* * *
トミヤマ 実は編集者から「トミヤマさんがバディについて書いたものを読んでみたい」と言われて、連載を始めたんです。だから最初からバディ・コンテンツに目覚めていたわけじゃないんですよ。
ただ、私は自分の夫婦関係を説明するときに「磯野(カツオ)と中島」(『サザエさん』)とか『ぐりとぐら』を例によく出していたんですね。世間の考える夫婦イメージにからめ捕られたくなかったからなんですが、根がバディ好きなのかも......。
――本も「1章 バディってなんだ!? 仲良し夫婦は、男女バディになれるのか?」で始まります。ご自身のパートナーとの関係も、「夫婦」というよりは「バディ」のほうがしっくりくるんですか?
トミヤマ 「一般的な夫婦とは違うね」と言われることがあるんですよ。確かに男女による色恋の成分がすごく薄いと思います。ラブラブではなく、「磯野、野球しようぜ」のノリで、買い物や飲みに行ったりしているというか、友達という感覚が強い。しかも異性の友人ではなくて、同性の友人に近い感じがあるんです。
――それは楽しそうだし、友情のほうが恋愛よりも長持ちしそうです。
トミヤマ 恋愛モードだけでずっといくのは難しいというか、テクニックが必要な気がする。それよりはバディ成分を濃くしたほうが楽に暮らせる......そういうカップルや、ふたり組は多いんじゃないでしょうか。
バディは協力してやるべきことがあるんですよね。『あぶない刑事』のタカ&ユージだったら解決すべき事件がある。恋愛ものだと互いに見つめ合うわけですが、バディはふたりの視線の先に共通の目標がある。相手のマイナス面も、ある状況ではプラスになって評価が変わることもありえます。
「押しが強くて嫌だな」と思っていても、大事な交渉の場面では「頼りがいがある」と評価が変わりますよね。
「私のこと愛してるならやってよ」と求めるのではなく、互いにできることでカバーし合う関係性のほうが、実はヘルシーなんじゃないでしょうか。長く人間関係を続けるためのヒントがバディにはあると思います。
――バディについて書いていくうちに、だんだん"特別なふたり組"を見つける楽しさに目覚めていったわけですよね。バディに注目して作品を見ると、どのような視点を得られますか。
トミヤマ 私は「読み筋」という言い方をするんですが、バディを発見できると、その物語の読み筋が増えるんですよね。
話題になったNHKの連続テレビ小説『虎に翼』だったら、基本的には主人公の寅子という女性の人生を追うことがメインです。加えて「この回は寅子と親友の花江の物語だな」と気づくと、別の読み筋が走り始めます。作品をより深く楽しめますし、発見があって面白いです。
――「読み筋」って、わかりやすいですね。確かに私たちは、物語をいくつかのレイヤーで見ています。
トミヤマ 自分なりの読み筋を見つけるのは、作品に積極的に関わっていく方法なんですが、日本の国語教育では教わらないんですよね。バディを切り口にすると見つけやすいと思います。
最近の若い人たちは「恋愛はコスパが悪い」と言って興味を示さなかったりしますが、バディのことは大好きなんですよ。
その点でも『虎に翼』を書いた、脚本家の吉田恵里香さんはうまいですよね。「ここはラブになるのかな」と思うところが、男女バディのままだったりして。
バディにはいろいろな組み合わせや可能性があって、それを朝ドラの中で書いたことに意味があったと思います。本の刊行時期が遅かったら『虎に翼』の章を書いてました。
――本では絵本も取り上げられていますが、『泣いた赤鬼』の赤鬼と青鬼はバディでしょうか。
トミヤマ バディには「持ちつ持たれつ」成分があるんですよね。相手のことを思って自分が嫌われ者になる青鬼の場合は無私の愛すぎて、ありがたいけれどバディといえるかどうか。すべてをささげるのは、バディとはまた違う関係だと思いますね。
例えば母親が赤ちゃんに愛情を注いだら、とても良いふたり組になるかもしれませんが、それはバディとはちょっと違う。
「離れ離れバディ」も可能なんですよ。私、大学時代を濃密に過ごして、今は数年に一度しか会わない、「ツレ」と呼んでいい女性がいるんです。「次に会ったらこの話をしよう」と思ったりして、いつも心の中にそのイマジナリーバディがいる感じです。
今の若い人たちだったらSNS上でのやりとりだけで、「ツレ感」がある友達をつくれるのかもしれない。今後、テクノロジーが進化していくと、新たなるバディが生まれるのかも。
――「AIがバディ」とか、もうSFではありそうですね。ちなみに次の朝ドラの主題歌はB'z とのこと。稲葉(浩志)さんと松本(孝弘)さんはバディと呼んでよいでしょうか。
トミヤマ バディでしょうね。ふたりの間には音楽という共通の目標がありますから。お互いが高め合っている感じで、奇跡のバディかもしれない。本の巻末でサンキュータツオさんと対談したんですが、「ふたりだけがその景色を見ているとわかると、だんだん結束が強くなる」というようなことを言っていて。
ミュージシャンにも同じことが当てはまるのかもしれません。下世話な見方ですが、ふたりの老け方の方向性まで足並みがそろっていて、本当に仲良しバディだなと思います。
――本には入れられなかったバディはありますか。
トミヤマ 大谷翔平選手と犬のデコピンですね! 最強のバディだと思います。
タイトルに「入門」とつけていますが、すべてのバディを取り上げることはできないので、読者には私の本をきっかけに、おしゃべりして、考察の範囲を広げてほしいです。
●トミヤマユキコ
1979年生まれ、秋田県出身。早稲田大学法学部、同大学大学院文学研究科を経て、東北芸術工科大学芸術学部准教授を務める。手塚治虫文化賞選考委員。大学では現代文学・少女マンガ研究や創作指導を担当し、ライターとしても幅広く活動。 著書に『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『女子マンガに答えがある──「らしさ」をはみ出すヒロインたち』(中央公論新社)などがある
■『「ツレ」がいるから強くなれる! バディ入門』
大和書房 1870円(税込)
男女に関わりなく、互いの存在を肯定し合う"特別なふたり組"である「バディ」について扱った斬新な一冊。映画『ブルース・ブラザーズ』、アニメ『サザエさん』、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』、マンガ『鋼の錬金術師』、絵本『ぐりとぐら』、歌手「PUFFY」など、取り上げるバディ例は多数。読めば読むほど、「あのバディはどうだろう?」と考え始めてしまう、不思議な魅力が詰まった意欲作!
ライター&エディター。出版社で人文書を中心に、書籍編集に携わる。文庫の立ち上げ編集長を経て、独立。現在は人物インタビュー、美術、工芸、文芸、古典芸能を中心に執筆活動をしている。著書に『落語家と楽しむ男着物』(河出書房新社)、萩尾望都氏との共著に『私の少女マンガ講義』(新潮文庫)がある。
写真/©吉原重治