『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、売却・閉館の危機を免れたアメリカのデトロイト美術館について語る。
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前回、経営元の業績不振によって閉館が検討されているDIC川村記念美術館について語りました。日本有数の20世紀美術のコレクションを誇る川村記念美術館がなくなってしまうのを惜しむのは私だけではなく、休館が発表されて以来、連日来客が殺到し、署名が5万筆以上集まったため、休館を2ヵ月延期することが決定。休館が予定されている3月以降はどうなるのかまだわからないけど、川村記念美術館の閉館を悲しむ人の声や行動が、少しでも届いたと思うとうれしい。
同じように愛好家の力で売却・閉館の危機を免れた美術館があります。それは私の地元、米ミシガン州のデトロイト美術館(Detroit Institute of Arts=DIA)です。デトロイトと聞くと、自動車産業やモータウン・レコーズからキッス、エミネムなどの音楽、そしてなんといっても2013年の財政破綻を思い出す人が多いかと思います。
実はこれらと並んで、アートもデトロイトの大きな要素です。今は街中を彩る壁画やパブリックアートも目につきますが、1885年、「世界最高峰のコレクション」といわれたDIAが創立されました。アメリカの公共美術館で初めてフィンセント・ファン・ゴッホの作品を入手したのもここ。歴史的名作に気軽に触れられるのは市民の誇りであり、私も遠足で行くのが大好きでした。
しかし13年、デトロイト市は財政難から脱却するため、珠玉のコレクションを売り出すことを検討します。市の随一の資産である美術品を売却して、年金などの財政支出に充てる苦肉の策でした。
推定8億5000万ドル以上のコレクションを売りたい、芸術より生活派vs市民の誇りであるDIAがなくなるのは、ただでさえ落ち込んでいる市民たちの士気にとって壊滅的と考える派。芸術に触れる機会や芸術を愛する感性を育むのは将来の豊かな財産になると理解しつつも、もっと直接的な財産の使い方が求められたのもわかります。
世界的企業が次々とデトロイトから撤退するタイミングでDIAまで消えたら、街の衰退が加速する、しかも一等地に巨大な空き物件ができるのは治安にもよくない。美術界的には、作品の売却先によって二度と見られなくなる名画が出るのも危惧されてました。どうするデトロイト。DIAの前では連日抗議デモが行なわれていました。
選ばれたのは、なんと両方救うこと。市の破産手続きの調停をしていた連邦判事が、「グランドバーゲン(思い切った取引)」というプランを考案。まず、デトロイト市と美術館を救うために、世界中から寄付金を募ります。
美術館も、市から独立した非営利団体へ移行することを条件に、集めた寄付金を提供。これによって集まった寄付金は、総額8億1600万ドル。日本のトヨタやいすゞといった企業からの寄付も含まれます。これでDIAは市の管理から解放され、市は従来とほぼ変わらない年金額を保障できることになりました。
企業の経営する川村記念美術館と、このDIAの例を比べるのは難しいかもしれませんが(アメリカのチャリティ文化の背景もありますし)、アートの持つ力がまた奇跡を起こすことを期待したいです。
●市川紗椰
1987年2月14日生まれ。米デトロイト育ち。父はアメリカ人、母は日本人。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。デトロイト美術館は関係ないけど、ロボコップの銅像が年内、デトロイトの街中のどこかに建つらしい。公式Instagram【@sayaichikawa.official】