パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
埼玉県所沢市の所沢駅近くに今年9月、「エミテラス所沢」という新しい商業施設がオープンしたらしい。さまざまなテナントが入り、かなりの大規模だそうで、我が家からは西武池袋線で数駅で行けることもあって、「そのうち行ってみようかな?」と思っていた。
ところが事態が一変したのはつい先日。飲み友達のひとりから、「エミテラス所沢のユニクロで、そこでしか買えない『ぎょうざの満洲』とのコラボクッズが販売されているらしい」との情報が回ってきたからだ。
ぎょうざの満洲は、埼玉県川越市に本社を持つ中華チェーンで、僕の住む東京の西部に多いから馴染みが深い大好きな店。純粋に餃子の味で見ても、僕の知るチェーンのなかでいちばん好みだ。
そんな愛する満洲のオリジナルグッズと聞いたら、欲しいに決まってる。「そのうち行ってみようかな~」から「早急に行かなくては......!」へと、心境が変わったことは言うまでもない。
というわけでやってきた。エミテラス所沢。確かに超最先端の施設で、人気のテナントがずらりと立ち並び、映画館や書店もあるし、フードコートも充実していて、1日いても飽きなそうな場所だ。そこにほんの少しだけ、うまく説明はできないんだけど、どこか埼玉っぽい野暮ったさがあるのが、落ち着きもする。いいスポットができてくれたものだ。
さて、肝心のユニクロへ。一時はSNSで「品切れ続出」というような情報も見かけていたが、完全数量限定生産みたいなレアものではないようで、無事あった。
アイテムは全部で6種類。わかる人にはわかる、餃子を片手ににっこり微笑む中華娘「ランちゃん」のロゴマークをあしらったものと、まさかの「ダブル餃子定食」のメニュー写真をそのままどーんとプリントしたものの2デザイン。それぞれ、白Tシャツ、トートバッグ大、トートバッグ小がある。どちらにも当然、謎の「3割うまい!!」のキャッチフレーズと、店名ロゴが入っている("謎の"と書いたが、僕は満洲の社長の自伝まで読んだ男なので、由来は知ってるんだけど)。
とはいえ、実際に使わないTシャツやトートバッグを無制限にコレクションしているとすぐに収集がつかなくなることは知っている。悩みに悩み、これぞと思った、ダブル餃子定食のトートバッグ大をひとつゲット。だいぶ攻めこんだデザインではあるが、不思議と街の風景にマッチしそうな絶妙さがいい。
ところで、なぜこんなコラボが実現したのかと言うと、それは満洲が地元企業であり、本店も所沢市にあるから。現在時刻は昼すぎ。どこかで昼食を食べて帰りたい。となれば当然、満洲へ寄って帰るのが筋というものだろう。けれどもぶっちゃけ、満洲は地元駅にもある。それに、所沢に来たら寄りたい店が、個人的に他にある。しかも3つある。個人的所沢御三家だ。満洲さん、すんません。今日はそのどれかで迷わせてください!
ちなみに所沢いちの繁華街といえば、西口を出てすぐに入り口のある「所沢プロぺ商店街」。というか、他にあんまり栄えている場所がない。そのプロぺ通りを少し進むと見えてくるのが、僕の御三家1軒目である「くるま」だ。
なるほど、今日の日替わり定食は「A 塩豚カルビ」「B あじ開・冷奴」「C エビステーキカツセット」の 3種類か。
続いてもう少し歩くと、所沢を代表する大箱の大衆酒場で、これまた昼から飲めてしまう「百味」がある。
さらに進み、プロぺ通りを出て少し歩いた横道にあるのが、御三家最後の1軒、町中華の「栄華」。
初めて来てその佇まいを見た時は、あまりの味わいに感動したものだが、今もまったく変わった様子がない。店内もまた、どこかで時代が止まってしまったとしか思えない空間で最高なんだよなぁ。
う~んう~ん、チューハイ100円引きの百味もいいし、ここまで来たら入らないのはもったいないい栄華もいいし、どうしようどうしよう......。
って、いやいやいや、ちょっと思い出してみてくださいよ。気になるにもほどがあるでしょう。もしこの機会を逃したら、今後しばらく眠れなくなるでしょう。なにが? って、さっきのくるまの日替わりにあった「エビステーキカツ」ですよ! 聞いたことない。どんなもの!? それ。
というわけで、今日は一択で、くるまへ向かうことにしよう。
入店し、定番の「ホッピー【白】セット」(税込450円)。そして迷いなく「エビステーキカツセット」(890円)。麺類が、うどん、そば、ラーメン、ザル中華、そうめんから選べ、今日はラーメンを選んでみることにした。セットというからにはごはんもついてくると想像され、まだどんな感じかはわからないけど、とりあえず自分にはちょっと多そうだ。そこで店員さんに「これって、ごはんもつくんですかね?」と聞くと「はい、小さめのごはんが」とのこと。ならばそのままお願いしてみるか。
それにしてもくるまのメニュー数、何度来ても圧巻だ。定食のページだけでもずらり2ページに渡るし、単品も酒類も豊富だから飲みにもばっちり。さらに、想像しうるかぎりのものがすべてあるとすら思える、そば、うどんごはんもの類や、専門店くらいの品数がある中華料理たち。きっと一生のうちに全制覇できることはないんだろうなと思うと少し寂しく、近所の人がうらやましくなる。
そんな僕のちょっとした感慨をぶち壊してくれたのは、やってきたエビステーキカツセットのインパクトだった。
巨大なお盆の上に、普通にラーメン屋さんで出てくるようなサイズの醤油ラーメンがどんとのっている。その下にごはん。確かに少なめではあるけれど、ラーメンと合わせただけで僕にはじゅうぶんなボリュームだ。その横の3つに仕切られた皿がまたでかい。サラダ、ひじき煮、ちょこんとかわいらしい漬けもの、そしてなるほど、こういうものか、エビステーキカツ。
では手始めに、なんとも魅力的なルックスのラーメンからいってみるか。
かなり色の濃いスープ。これをひと口すすると、見た目どおりにきりっと塩気強めで、しかも最初からかなりコショウが効かせてあるようで、ピリリと刺激的。それを鶏ガラの風味がまとめ、これはいい。
そんなスープをよく吸ったようにも見えるぷりぷりの中太ちぢれ麺をずずーっとやると、小麦やかんすいの風味とスープの味が口いっぱいに広がって、ものすごく幸せだ。箸で持ち上げるだけで崩れはじめてしまうとろとろのチャーシューも、食べごたえのあるメンマもうまい。このラーメンだけで定食の値段である890円でも、誰からも異論は出ないんじゃないだろうか。
と、しばしラーメンを堪能したら、お腹がいっぱいになりすぎないうち、エビステーキカツの正体をあばいてやろう。
見た目はイカフライのような縦長のカツで、きっと海老の身を叩いて成形し、揚げたものだろう。あまり突飛なメニューではなく、なんとなく想像していたものに近くはある。
ただ、その味は想像のはるか上をいっていた。大きさも厚みもあるカツの中身をみっしりと占めるのが海老で、つなぎはかなり最低限に感じる。また、海老の身がひとつひとつ大ぶりで、さくりと噛むと、口のなかでぶりんぶりんと踊る。その旨味や香りと、サクサクの衣の香ばしさがあいまって、すさまじくうまいぞ、これ。
たっぷりとソースをかけて白メシと合わせてみると、その味わいはさらにふわりと飛躍し、思わず昇天しかけた。えー、なにこれ。予想外の嬉しい出会いにもほどがある。ごはん、少なめにしなくてよかった~......。
添えられたタルタルソースは、まったりと甘めで具材がごろごろ。これと合わせてもまた、うっとりする美味しさだ。現時点でもう、完全に自分の大好物だ。エビステーキカツ!
充実の昼食を心ゆくまで堪能し、ホッピーのナカもおかわりし、ごちそうさまでした。もう思い残すことはなにもない......。と、言いたいところだけど、いや、あるある! ありすぎる! そう、このエビステーキカツ、日替わりの品だけあって、メニューのどこにも名前が載っていないのだ。つまり、こんなにも好きになってしまったのに、次にいつ、どうすれば会えるのかがわからない。
お会計時、店員さんに聞いてみる。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。あの、エビステーキカツって、ふだんは出していないんですか?」
「はい。日替わりは本当に日替わりなので......」
うおー! つまりもう、二度とくるまのエビステーキカツは食べられない? 完全なる一期一会だった!? 充足感と失意を同時に感じながら、僕は帰路に着く。それでもあきらめきれないから、帰りの電車で「エビステーキカツ」と検索する。すると、くるまの情報は出てこなかったけれど、わずかながらその名前がヒットした。
さっき食べたものがそれだったかの確証はないけれど、「ヤヨイ」というメーカーが作る業務用冷凍食品のなかに、エビステーキカツという商品がある。見た目はだいぶ似ている。
そうか、よく考えたら、お店でいちから海老を叩いてこねて成形して揚げ、オリジナルのフライ料理を作ったとして、それをある日気まぐれに、しかもラーメンとのセットで出すというほうがおかしい。絶対に人気が出てレギュラーメニュー、いや、名物メニューになるに決まってるし。
つまり、あれは市販の冷凍食品を揚げた、手抜きというのではなくて、あくまで常連さんを飽きさせないための日替わりの1品だったと考えるほうが妥当だ。つまり僕は、かなり高い確率で、冷凍食品に大感激していたというわけだ。けれども本気でうまかったんだからそれでいい。常連さんへの想いに触れ、感動はむしろ強まったくらいだ。加えて言えば、観測した範囲内では、決して安いものではなく、あらためて定食の破格さに驚いてしまったくらいだ。
そして希望の光も見えてきた。情報を追っていけばまたいつか、エビステーキカツを食べることができるかもしれない! けどなぁ、やっぱりあの空間で、くるまのご主人が揚げたエビステーキカツが、また食べたいなぁ。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】