友清 哲ともきよさとし
ルポライター、編集者。1974年生まれ、神奈川県横浜市出身。編集プロダクションを経て、1999年よりフリーライターとして独立。2001年から「このミステリーがすごい!」の編集に携わり、エンターテインメントの評論活動を行なう。17年には父親をテーマにしたアンソロジー『I Love Father』に参加し、小説家デビュー。『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』など著書多数。
Instagram【satoshi.tomokiyo】
今年7月、駿河湾の無人島に浮かぶ水族館 「あわしまマリンパーク」が再オープンした。その立役者は、放送作家の今村クニト氏。営業再開にこぎ着けるまでには計り知れない奮闘の数々があった。そして、今もなお赤字が続く中、どこに光明を見いだしているのか!?
今年の2月に惜しまれながら閉館した「あわしまマリンパーク」(静岡県沼津市)。駿河湾に浮かぶ小さな離島・淡島にあるこの施設は、1963年に開業して以来、水族館やイルカショー、さらには日本最大級の規模を誇るカエル館など、さまざまなコンテンツでファンを喜ばせてきた。
さらに近年では、人気アニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』(2016~17年放送)の舞台として、通年多くの観光客が訪れる"聖地"としても盛り上がりを見せていただけに、突然の閉館の報は悲しみをもって伝えられた。
ところが、ファンにとって朗報だったのは、あわしまマリンパークが5ヵ月のブランクを経て早くも7月に復活したことである。舞台裏で暗躍したのは、放送作家の今村クニト氏(54歳)だ。いったい何者なのか? イルカショーで盛り上がる同施設で、本人を直撃した。
「行きがかり上、一応社長を名乗ってはいますけど、本業はあくまで放送作家なんです。こちらの事業では報酬は一切いただいていませんし」
開口一番、笑顔でそう語る今村氏。この日も、東京で放送作家としての仕事を終えた後に、本取材のためわざわざあわしまマリンパークまで駆けつけてくれた。
今村氏がなぜ、(今のところ)1円にもならない施設の経営者を買って出たのかといえば、ひとえに『ラブライブ!』シリーズの熱烈なファンだったからだという。
「昔からアニメが大好きで。いい年をしてと笑われるかもしれないですけど、『ラブライブ!サンシャイン!!』では果南ちゃん(松浦果南)推しで、偶然にも誕生日が同じだったことから勝手に運命を感じてしまったんです(笑)。
たまたま息子もラブライブファンだったことから、この10年の間に何度もふたりでここに来ました」
だからこそ、突然の閉鎖には心底胸を痛めた。
「やっぱり、息子との思い出がたっぷり詰まった場所ですからね。思春期真っただ中の息子との共通の話題としてラブライブとあわしまマリンパークがあり、ここでふたりでいろんな話をしました。そんな大切な場所ですから、閉鎖のニュースを見て居ても立ってもいられなくなってしまったんです」
常連客であること以外には縁もゆかりもない立場だったが、今村氏はニュースを見てすぐに、当時の館長に電話をかけて直談判した。
「最後にお別れイベントがあったのですが、全国から大勢のファンが集まっていたんです。なぜこれほど支持されているのに閉館しなければならないのか、納得いかない気持ちが大きかったですね」
そこで詳しい事情を調べ始めたところ、経営的な問題や施設の老朽化など、多くの課題が絡み合っていることが判明。しかしその過程で、前経営陣から「株式の8割を買い取ってくれるなら、営業を続けてくれて構わない」との言質を得た。躍起になって新たな出資者を探し、どうにか資金の工面に成功。負債額は2億数千万円ともいわれる。
「僕自身は大した人間ではないしお金持ちでもないですけど、長くメディアに携わってきたおかげで、スポンサーを探すことくらいはできそうだと思ったんです。でも、これが甘かったですね。
大多数の人は僕のようにあわしまマリンパークに特別な思い入れなどないわけですから、門前払いばかり。最終的に出資をお願いして回った数は200人を超えました」
今でこそ放送作家を本業とする今村クニト氏だが、もともとはお笑い芸人だった経歴がある。「ピーピングトム」というコンビ名に聞き覚えのある古いお笑いファンもいるのではないだろうか。
NHK新人演芸大賞では東京代表としてノミネートされたこともある、知る人ぞ知る実力派だったが、今村氏が放送作家として活躍するようになったこともあり、コンビとしては近年は開店休業状態。それが転じて、こうして伝統ある水族館の経営者に収まったのだから人生はわからない。
7月の営業再開から3ヵ月強がたった。今村氏は今、何を思うのか。
「水族館ですから魚はもちろん、イルカやアシカ、ペンギンなど、多くの動物を抱えています。ところが、経営者として僕はあまりにも素人で、人件費やエサ代などの維持費だけでも月額600万円かかるという事実を社長になってから知りました。
7月から営業を再開したのはいいものの、当初はイルカショーをやる準備も整っていなかったので集客が見込めず、それらのコストを僕個人の借金で賄わなければなりませんでした。たまに『放送作家から経営者への華麗なる転身』みたいに言う人もいますけど、とんでもない。本当にいっぱいいっぱいの状態ですから」
それでも、「お願いして回ることが社長としての僕の唯一の役割」と割り切り、債権者やファン、そして芸能界で培ってきた人脈に協力を仰ぎ続けたことから、あわしまマリンパークは少しずつ客足を取り戻しつつあるという。
「54歳にもなって何をやっているんだと思いますけど、芸人仲間をはじめテレビ業界の人が無償で協力を申し出てくれるたびに、僕自身がもっともっと頑張らなければと決意を新たにしています」
何より、長らくこのあわしまマリンパークを共に愛してきた息子が従業員として加わり、身を粉にして再建に取り組んでいることも、今村氏が前を向かざるをえない理由のひとつだ。
「以前からSNS用の動画の編集を手伝ってもらったりしていたのですが、今は正社員として働いてもらっています。大した給料も払えないのに僕のワガママを支えてくれるわけですから、弱音を吐いてはいられないですよね。
利益を出せるようになるまでにはまだ時間が必要でしょうから、今は放送作家の仕事をガンガン増やして、少しでも売り上げを補填できるよう頑張っているところです」
勝算がないわけではない。鍵を握るのは、淡島という島が持つポテンシャルだ。
「現状では島のごく一部分しか利用していませんが、僕らは島全体を使うことができる権利を持っています。だから例えば、釣りスポットを開放すれば駿河湾の豊かな漁場を求めて多くの釣り人が殺到するでしょうし、キャンプ場やサウナを整備すれば多くのニーズを呼び込めるはず。
湧き水だって湧いているし、島内にある淡島神社をパワースポットとして売り出す手もある。やれることはたくさんあるんです」
ちなみに、この日は名物のイルカショーを見物させてもらったが、人工のプールではなく天然の海を用いたショーは全国でも珍しい。確かにポテンシャルは小さくないように思える。
「何より、このあわしまマリンパークから淡島神社まで続く道は、アニメの中で果南ちゃんが走った道ですからね。今はまだ少し荒れていますけど、ここもちゃんときれいにして、聖地として整えたいと思っています」
ラブライブ愛をのぞかせることも忘れない今村氏。そのひたむきな熱意と行動力が今後のあわしまマリンパークに何をもたらすのか? 挑戦は始まったばかりだ。
●今村クニト(いまむら・くにと)
1970年2月10日生まれ、兵庫県出身。放送作家、お笑い芸人。お笑いコンビ「ピーピングトム」のツッコミ担当。放送作家としての担当番組には『THE TIME,』(TBS系)などがある。2024年4月、あわしまマリンパークの運営会社の株式を取得し、社長に就任
ルポライター、編集者。1974年生まれ、神奈川県横浜市出身。編集プロダクションを経て、1999年よりフリーライターとして独立。2001年から「このミステリーがすごい!」の編集に携わり、エンターテインメントの評論活動を行なう。17年には父親をテーマにしたアンソロジー『I Love Father』に参加し、小説家デビュー。『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』など著書多数。
Instagram【satoshi.tomokiyo】