パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
週末に小学校1年生の娘が体調を崩し、そこから週明の数日にかけて、いろいろな予定が狂いまくってしまった。特に仕事に関して、予定していた取材ができなかったり、ずいぶん前から決まっていた打ち合わせを延期させてもらったりと、多方面に対し申し訳なかった。
そんななか、夜にどうしても出かけなければいけない用事がひとつあり、妻に娘のことをまかせて家を出ようとすると、想定外の雨(天気予報を見ていなかった自分が悪いんだけど)。駅まで自転車で行けば余裕と思っていたのに、遅れられない予定だから、傘をさして小走りで向かうことになってしまった。
ところが家を出て5分もすると、雨は嘘のようにあがってしまう。つまり、あと5分待って自転車で出れば悠々間に合ったところ、ただ傘を手に持って駅まで走るという、運動不足の40代男性にとってのちょっとした罰ゲーム状態になってしまったのだった。
予定を終え、手にあまる傘をリュックのベルトに引っかけて歩いていると、最近長く使っていたものから新しいものに変えたからだろう。前のカバンであればそんなことはなかったのに、2歩歩くたびにバチン、バチン、と、傘が足に当たる。痛いというほどではないけれど、微ストレス。そこで通りがかった100均で、これなら解決できる! と、カラビナをひとつ買い、ぶら下げる場所を変えてみるが、相変わらずバチン、バチンが止まらない。けっきょく、手に持って歩く。う~ん、なんだかうまくいかない日だ。
と、つらつらと愚痴を重ねてきてしまったけれど、決して誰かに対する文句があるわけではない。ただ、人生にはそういう日もあるというだけ。そして、そういう日こそ、好きな食と酒で自分を甘やかしてやる必要があることは明白だろう。
自宅の妻子はもう夕食を終え、寝る支度を始めているころだろうから、選択肢はいくらでもある。が、自分の元気はそれほどない。とりあえず早めに家に帰り、ほっとしたい。となると、スーパーもしくはコンビニメシかな。それを、自室でこそこそと味わい癒される。たまにはそんな夜もいい。というか、ふいにやってくるそんな夜が意外と楽しかったりすることを僕は知っていて、すでにわくわくしはじめている。
というわけで、まずふらりと入ってみた「ファミリーマート」。そこでいきなり、「え? これじゃん!」という商品を見つけてしまった。
僕はそもそも、ファミリーマートの冷凍食品コーナーにある「焼いてる!こてっちゃん」シリーズが大好きなのだった。味つき牛ホルモンの「こてっちゃん」を焼き上げてから冷凍し、レンジで解凍するだけですぐにつまめる名品。その派生商品と思われる、「こてっちゃんホルモン焼きうどん」という一品が、冷凍食品の棚にある。初めて見るな。税込430円也。
先述のとおり、「え? これじゃん!」と思ったので、これまたファミマオリジナルの「スーパーチューハイ 無糖レモン」、および「刻み青ねぎ」とともに購入し、すみやかに帰宅した。
さっそくレンチンして開封してみると、キャベツ、ねぎ、刻まれたこてっちゃんが具として加わった、いわゆるよくある冷凍うどん1玉ぶんくらいの焼きうどんが、今すぐにでも食べられる熱々状態でそこにある。甘辛みそベースの味つけで茶色く染まり、なんだかセクシーだ。
ここに僕は、刻み青ねぎをどさっとトッピングしてしまう。多いかなと思ったけど、じゃあちょっと残してもどうするんだと思い、1パック全部。それから、唐辛子を容赦なく。
さっそくうどんをズズズとすすると、これがうまい。それもなんというか、予定調和を崩してくるうまさだ。具体的に説明すると、コク深いみその味がまず素晴らしく、甘辛の味加減が絶妙でありながら、見た目よりはしつこくない。かなり上品にまとまっている。
そしてまた、麺が意外だ。食べる前、僕は完全に、ちょっとゆですぎた冷凍うどんのようなやわやわ食感を想像していた。それを求めてもいた。ところがこいつ、しっかりとコシがありやがる。もちもちっとしていながら、うまく説明できているかわからないけど、"全人類に向けて食べやすさを調整した武蔵野うどん"みたいな感じで、わしわし感がありつつも食べやすい。味も食感も、見事なバランスだとおそれいった。
もはや、週末からの苦労あれこれなどどこかへいってしまったな。あぁ、いい夜だ......。
と、ここで記事を終えたってなんら問題はないんだけれども、すみません。もしお時間のある方は、もう少しだけ僕の、酒飲みとしての意地汚さにお付き合いください。
というのも、この記事の序盤で僕は、ファミマの「焼いてる!こてっちゃん」シリーズが大好きだと言った。もしもの話ではあるけれど、単品のそれを、今食べているホルモン焼きうどんにトッピングしてしまったらどうなるだろうか? つまり、こてっちゃんマシマシ焼きうどん。
それをもしもの話でなくし、念のため買っておいた自分をほめてやりたい。
ホルモン焼きうどんが冷めきらぬうち、温めた追いこてっちゃんをどさりとのせる。ただでさえ完成されていたうどんが、もはや神々しいレベルにまで突入している。
うどんが430円、こてっちゃんが354円。合計784円。安くない。晩酌グルメとしては安くないけれど、しかし今日の諸々の状況を鑑みて、決して高くない。日常における庶民の贅沢、その最高峰であると言えるだろう。
それらをざくざくっと混ぜて、誰の目をはばかることもなく、思いっきりすする。うまい! うますぎる! 牛ホルモンならではの上品な脂の甘みと、しゃきしゃきとしたホルモンの食感。こてっちゃんトッピングにより、こってり感を増したみそ味。
甘くないスーパーチューハイの、レモンの爽やかさとの相性も最高だ。あ~今日も報われた。これだから、うまいメシと酒の力はすごい。それがたとえ高級なものでなくても。 というようなことをしみじみ再確認できた、結果的に良い夜だった。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】