パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
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ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
仕事の都合で久しぶりに上野を訪れたら、あらためてすごい街だなぁと、なんだか感動してしまった。
特にアメ横あたりの一帯は、昼間から飲める酒場がずらりと軒を並べ、多くの店には外席がある。仕事がら、近年はこういう観光地的酒場はどちらかというと避けがちだった自分だが、友達とやってきて思うぞんぶんハシゴ酒をしたらどんなに楽しいだろうか。台湾の夜市に憧れがありつつまだ行ったことがないんだけど、日本には上野があるじゃないか! と、勝手に誇らしく思ったりした。
無事仕事を終えて自由の身となり、さて、せっかくだから一杯やって帰ろうと、周囲をくまなく散策してみる。すると、外飲みができるわけではないけれど、とても興味深い店を発見。「ハイズォンクアン」。ベトナム料理店らしい。
同じビルに系列の食材店やバインミーの店、カラオケまであって、なんだか景気がいい。ここだけが日本じゃないみたいだ。
メインと思われるベトナム料理店のランチが魅力的で、特にプッシュされているのは「フォー」と「ブン」。フォーは日本でもすっかりおなじみだが、そういえばベトナムにはもうひとつ人気の、ブンという麺料理があると聞いたことがある。が、まだ食べたことはない。気になるぞ。 ランチメニュー看板下の「昼飲みできます」の文字も後押しとなり、入ってみることにする。
店内は清潔感がありつつも雑多で、いかにもアジア料理店な感じ。カウンター席に着き、メニューを検討。ブンが食べてみたいのは決まっているが、鶏肉、アヒル、魚、つぶ貝、豚の蔵(モツのことかな?)とバリエーションが多く、さらに具沢山でなにが入っているのか写真だけではよくわからない「ブンボーフエ」なるメニューもある(あとで調べてみたところ、「フエ」はベトナム中部の都市で、「ボー」は牛肉。つまり「フエ発祥の牛肉麺」というような意味の、定番ブン料理のひとつらしい)。
いちばん気になるのは......アヒルかな! それから酒。せっかくだから飲んだことがないベトナムのものをと、「ネップカム」(税込528円)というのを選んでみた。決め手は度数で、なんと45度。それをロックで。
僕も何度か飲んだことのある「ネップモイ」は、もち米が原料のウォッカで、ネップカムはその「赤米」バージョンの酒らしく(ざっくり言うと)、それ由来と思われる紫がかった色がきれいだ。 口当たりはとろりとしていて、しつこくはないけれど米焼酎や紹興酒にも似た爽やかな香りがあって、度数を感じさせないくらい飲みやすい。つまり、けっこう危険な酒だ。グラスがやたらとでかいのも嬉しいな。
ブンがやってくるまでの間、卓上にあったグランドメニュー表を眺めてみていていたら、これが興味深かった。というのも、品数が膨大であれもこれもと食べてみたくなるのはもちろん、そのなかに、とても日本の飲食店では気軽に出合えないような珍しいメニューが、次々見つかるのだ。
「豚の米粉漬け」「豚肉と香草、タニシのおつまみ天」「ふ化前のうずらの玉子のタマリンド炒め」「エビのココナッツジュース蒸し」「つぶ貝と青バナナの小鍋」「ハマグリとパイナップルレモングラスのスープ」「緑豆のおこわベトナムのハム入り」「チャオ ロン(豚のホルモンのおかゆ)」「ドリアンのぜんざい」「レモングラスとスパイシー塩カエルから揚げ」「揚げカエルとレモングラスのピリ辛炒め」「カエル鍋」......どれも味が想像できない。あと、カエル推しがすごい。
僕はあまり珍しすぎる料理はそれほど得意ではないので次々に頼んでみるほどの勇気はないけれど、大勢で来て飲み会をしたら盛り上がりそうだ。こんど一度やってみようかな、ベトナム飲み......。
そうこうしているとアヒルのブン(1080円)が到着。日本のどの麺とも違うエキゾチックな見た目がまず楽しい。
クリアなスープをひと口飲んでみる。すると食べにくいクセのようなものはまったくなく、上品な鶏スープ(?)にほんのりとパクチーが香り、それからニョクマム的な旨味も加わっているような気がしないでもない、なんとも優しい味わいだ。といって味が薄いわけではなく、ちゃんと満足感がある。
そしてブン。見た目は透明感のある、ちょっと太めのそうめんのような感じ。ぷりぷりつるつるの食感で、米粉から作られたというその味わいには究極に雑味がなく、これが癒しスープととても合う。ベトナムでは米やフォーに次いでメジャーな主食だそうだけど、確かにそれもうなづける。毎日でも食べられる。うまいな、ブン。
そしてメイン具材のアヒル。鶏で言うとひな鳥よりも親鶏のような歯ごたえと味の濃さがあり、細かい骨つきなのがちょっと食べづらいけど、これまたうまい。きっとスープにそのだしも出ているんだろう。選んで正解だったな。
さらに器のなかで妙な存在感を発揮しているのが、つるんとしたレバーのような塊。これは、鶏や豚などの血を固めた「フエッ」というやつか。正直に言ってすごく嬉しいわけではないけれど、思いきって食べてみると、ほとんど味のしないつるんとした物体。それもまたベトナムの味か。
後半は、ついてきたレモンや唐辛子、さらに卓上の調味料でどんどん味わいを変えていきながら楽しむ。にんにくと唐辛子の酢漬けかな? と思ったら、発酵感のあるたけのこだった名称不明の具材が、妙にクセになる味だ。ラーメンにおけるメンマっぽくもあり、これが入れ放題なのは嬉しいな。
後半は悪いクセで辛みを足しすぎてしまったが、もう後戻りはできない。ネップカムをちびちびやりつつ、ヒーヒー言いながら完食。
けど、うまい! と、ふだんなじみのない味わいを心ゆくまで堪能できた、ベトナム料理で飲む昼下がり。その感じもまた、多国籍感のある上野っぽさなのかもしれないと感じた。
次回は夜にやってきて、よりディープなベトナム飲みに挑戦かな。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】