日本の約4割の人が苦しんでいる花粉症を克服する方法はなのか!?
日本国内の約4割の人が苦しんでいる花粉症。今年は、東京都内で観測史上最も早い花粉の飛散を確認し、西日本では過去10年で最多の飛散量となる可能性があると予測されている。
年々深刻さを増す「国民病」を克服する方法はないものか!? スギやヒノキの花粉発生源へのアプローチから症状を抑える治療法まで、「花粉症撲滅」に取り組む人々の、血と汗の活動に迫る!
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■今年はかつてない「花粉大飛散」の年に
花粉症撲滅を自身の政策に掲げる山田太郎参議院議員(自民党)はこう話す。
「今や国民病と言える花粉症は、元をたどれば国の国有林野事業の大失敗が招いた人災でもあります。だからこそ、政治が動かなければなりません」
花粉の主な発生源は、国内に約440万haあるスギ林と、約260万haあるヒノキ林だ。両方合わせて国土面積の2割近くを占める。その大半は1950~60年代、木材の需要増大を見越して進められた国の大造林事業で植えられた人工林だ。
だが、その後、安価な外国産材が関税ゼロで大量に輸入され、国内のスギやヒノキの伐採は急減。次第に林業も衰退していき、伐採も管理もなされず、春が近くなれば花粉をまき散らす人工林が放置された。それが山田氏が花粉症を「人災」とするゆえんだ。
「今年は、かつてない規模の花粉大飛散の年になる恐れがある」というのは、花粉の飛散量を観測するNPO法人・花粉情報協会の村山貢司理事長(気象予報士)だ。
「1シーズン(おおむね2月中旬~3月下旬)に飛散する花粉が、1㎠当たり2000個を超えると『大飛散』とされ、花粉症の人のほぼ全員に症状が出ます。今年は東北南部から九州までの広範囲で、花粉飛散数は3000~6000個に達すると予測されています」
東京都では、青梅市が最多の1万7100個、千代田区6600個、杉並区8200個と、都心部でも多量の花粉が飛散する見込みだ(東京都保健医療局の予測最大値)。
「1日当たりの花粉数が30個/㎠を超えると中等症の患者が急増し、50~100個/㎠になると花粉症患者の半数が重症化します。
100個/㎠というと、1㎡換算で100万個に相当し、私たちの身の回りに花粉がギッシリと詰まっているような状態。昨春、都内では100個以上飛んだ日が20日以上ありましたが、今年はさらに増えるでしょう」
ちなみに、パナソニックの試算では、花粉症による労働力低下の経済損失額は1日当たり約2320億円に上るという。
■花粉症治療の切り札
山田氏によると、花粉症対策には、スギ・ヒノキの花粉の発生を抑える「生成抑止」、飛散の「予測・観測」、ヒトと花粉の接触を減らす「防曝」、薬やワクチンによる「治療」のフェーズがあるという。この中で近年大きく進化したのが、根治が期待できる医薬品の開発だ。
以前から花粉症の治療にはアレルゲン免疫療法が用いられてきた。スギ花粉の成分を薄めたエキスを体内に入れ、徐々に増量することで体を慣らし、実際のスギ花粉に対する過敏な反応を抑える方法だ。
従来は注射で花粉エキスを投与する皮下免疫療法が主流だったが、18年に鳥居薬品が発売した錠剤「シダキュア スギ花粉舌下錠」の登場により、在宅治療が可能になった。
「シダキュアは1日1回1錠を舌下に含み、1~2分待つと、溶け出したスギ花粉エキスが粘膜から体に吸収されます。花粉が飛んでいない5月頃~12月にかけて毎日服用し、3~5年間続ける。1年目から改善する人もいれば、2年目以降に効果が出る人もいます」(前出・村山氏)
厚生労働省の調査では、舌下免疫療法により患者の8割が軽症または無症状に抑えられた。薬価は保険適用で月2000円程度と負担は小さい。発売以降、「シダキュア」の需要は急増し、19年に約三十数億円だった売り上げは23年に100億円を突破した。
しかし、「薬の原料不足」(村山氏)という課題がある。「シダキュア」の原料はスギ花粉だが、その生産方法は極めてアナログだ。
「ビニールハウス内に水槽を置き、スギの枝を漬けて吸水させることで、雄花の開花を早め、花粉を飛ばす。飛散のタイミングを見計らい、雄花の先端に掃除機を押し当て、良質な花粉を吸い取ります」(村山氏)
この作業を担うのは主に林業従事者だが、人手が足りず、製薬会社は各地の自治体や森林組合と連携して、花粉の確保に奔走している。
山梨県のある森林組合では現在、スギ花粉採取の新規パートを募集中。「時給1100円、女性や年配の方でもできるハウス内の軽作業」とうたう。また、岡山県のある森林組合では、スギ枝を1本100円で買い取る事業を継続中だ。
「スギを切るより、花粉を集めるほうが儲かる」
そんな風潮も一部で広がり、林業従事者がチェーンソーをおき、ハウスに向かう動きもあるという。人手不足が解消されれば、「シダキュア」の安定供給につながり、花粉症の根治に大きく前進する。
さらに、薬に頼らず副作用の心配もない治療法として注目されているのが「花粉症緩和米」だ。
コメを食べて花粉症対策? その仕組みはこうだ。
「スギ花粉のアレルゲンをイネに蓄積し、そのコメを毎日食べることで体を慣れさせる。これにより、実際にスギ花粉を吸い込んでもアレルギー反応が起きにくくなることが期待されています」(前出・山田氏)
理屈は「シダキュア」と同じだが、口内で花粉エキスをじかに吸収する薬と違い、「緩和米は腸まで届いて吸収されるので副反応のリスクが低い」(山田氏)という。さらに、日常の食事で花粉症の治療が進むため、薬の服用より負担が少なく、持続性が高い。
開発したのは農林水産省所管の農研機構(農業・食品産業技術総合研究機構)の研究チーム。来年度から臨床試験を始める予定で、実用化には時間がかかるが、「実現すれば、花粉症対策の決定打になる」と山田氏も期待を寄せる。
■「少花粉スギ」と「無花粉スギ」
スギとヒノキは木を植えてから30年ほどで花粉を出すようになるが、「国内のスギの8~9割は樹齢30年を超え、花粉量はピークに達しています。スギの平均寿命は200年ですから、この状態は今後数十年と続く」(村山氏)という。
村山氏が花粉の観測を始めた80年代、東京都のスギ花粉の飛散量は1シーズン当たり約1500個/㎠だったが、「近年は5000個程度」と3倍以上に増加。これに伴い、花粉症の有病率も年々上昇し、今や4割以上の人が花粉症を抱える時代になった。
では、スギやヒノキをすべて伐採すれば解決するかというと、そう単純ではない。一気に伐採すれば、木材資源が枯渇し、生態系が崩壊するだけでなく、山の土砂崩れのリスクが高まるからだ。
そこで、スギやヒノキの花粉生成を抑える品種の開発が進められている。林野庁が「花粉量が在来種の1%程度」とする「少花粉スギ」や「少花粉ヒノキ」の開発に成功し、その苗木の生産量は年々増加。20年度にはスギ苗木全体の半分超を占めるまでになり、各地のスギ林への植え替えも進行中だ。
さらに、花粉をまったく出さない「無花粉スギ」の研究も進んでいる。
その先進地は神奈川県だ。県自然環境保全センターの齋藤央嗣氏が無花粉スギの研究開発をリードする。
「少花粉スギは樹齢が上がると花粉の量が増える可能性があります。実際、神奈川県の調査では、少花粉スギの花粉の量は在来種の20%程度でした。しかし、無花粉スギは樹齢に関係なく、まったく花粉を出しません」
無花粉スギは、自然界では5000本に1本の割合で遺伝子レベルの突然変異によって出現するという。
92年、ある研究者が富山県で初めて無花粉スギを発見した。その12年後、齋藤氏は神奈川県秦野市東田原の試験地で無花粉スギを見つけ、「田原1号」と命名した。
その後、田原1号を基に種子から無花粉スギを生産する方法を確立。現在は年1万本の無花粉スギの苗木を出荷し、県内のスギ林への植え替えも着実に進んでいる。
そして無花粉スギの植林に着手してから数年後、齋藤氏はある異変に気づいた。
「無花粉スギは、非常に成長が早く、在来種と比べて1.5倍の早さで成長する木もありました」
無花粉スギの中でも特に成長スピードが速い、通称「エリートツリー」の苗(写真提供/神奈川県自然環境保全センター)
齋藤氏は特に成長が早い無花粉スギを「エリートツリー」と位置づけ、量産化に向けた技術開発にも取り組んでいる。
「無花粉スギの人工交配では大量の花粉を扱うため、全身が花粉まみれになります。幸い、花粉症は発症していませんが、正直、誰もやりたがらない(苦笑)」と苦労話を明かしつつ、こう続けた。
「神奈川のスギは首都圏の西側に位置しているため、東京などにも花粉が飛散しやすい。神奈川のスギを無花粉スギに植え替えれば、東京などへ飛散する花粉の量を抑えることができます」
ただ、課題はその植え替えにある。先進自治体である神奈川県でさえ、無花粉スギ・少花粉スギへの植え替え面積は年間20~30haにとどまる。同県のスギの総面積は1万9000haに上り、すべてを植え替えるには100年以上かかる。
「安価な外国産材が占拠する日本の木材市場では、国産材の需要が限られ、伐採が遅々として進まない」
そこで、植え替えを補完する画期的な手法として期待を寄せられているのが、東京農業大学・小塩海平教授が開発した〝花粉抑制剤〟だ。
■雄花を7、8割枯死させる
小塩氏が研究に着手したのは今から30年前。研究初期の頃から、「ネバネバ物質がスギの雄花(花粉)の生成を阻害できる」と着目していた。
研究室に雄花がついたスギの枝木を持ち込んでは、海藻の成分や松ヤニ、サラダ油、ゴム樹脂、でんぷんのりなど粘性の高い物質を片っ端から散布した。
その間、花粉症の苦悩に耐えられず離脱する研究員も続出。中には「スギ花粉がトラウマになり、スギの少ない北海道へ移住した者もいた」(小塩氏)という。
悪戦苦闘の末にたどり着いたのが界面活性剤だった。研究室でスギの枝木に噴霧すると、ほぼすべての雄花を選択的に枯死させることができた。
その原理は複雑だが、花粉の〝神秘〟を感じさせる興味深いものだった。
「スギは雄花がむき出しになっています。花粉ができ始める8月、9月に油っぽい物質が付着すると、花粉の減数分裂(細胞分裂)に異常が生じる。すると、繁殖に適さない花粉を淘汰するため、『プログラム細胞死』といって、花粉母細胞で自殺遺伝子が働き、自滅します」
小塩氏が続ける。
「この界面活性剤は食品添加物でもあるため、皮膚に触れても口に入っても安全性は高い。ほかの動植物や昆虫にもほとんど影響を与えず、土壌分解性が高いため、地下水汚染の心配もありません」
こうして小塩氏が特定したスギの雄花にのみ作用する界面活性剤は、16年に「パルカット」の名で農薬登録された。
21年以降、全国有数のスギ花粉の飛散地である静岡県浜松市や栃木県塩谷町の町有林で、有人ヘリやドローンを用いた大規模な散布実験をしたところ、いずれの実験場でも7、8割の雄花を枯死させることに成功したという。
課題はコスト面だ。
「パルカットを散布するには、ヘリ代と薬剤代(50リットル)で1ha当たり計10万円程度なので、全国に440万haあるすべてのスギ林に散布する場合、総費用は4400億円。坂本哲志元農水大臣が指定した、都市部への影響が特に大きい重点区域(約100万ha)に限定しても1000億円。
実証実験を行なった浜松市のスギ人工林(約10万ha)なら100億円。これを同市の人口(約80万人)で割ると、1人当たり1万2500円となります」
スギの雄花(花粉飛散の発生源)のみを選択的に枯死させることができる花粉飛散防止剤「パルカット」を、上空からヘリコプターでスギ林に散布する実証実験の様子(写真提供/東京農業大学・小塩海平教授)
上の写真と同じ実証実験で、こちらはドローンを使って散布している(写真提供/東京農業大学・小塩海平教授)
散布によってスギの雄花が7、8割枯れれば、飛散する花粉は劇的に減り、広域にわたり花粉症の症状を大きく緩和させることが期待できる。
「ただし、パルカットの効果は1シーズン限りで、効果を持続させるには毎年散布する必要があります」
小塩氏は「技術改良によって費用は現在の半分程度まで抑えられるはず」と言うが、年間数百億~数千億円のコストがかかるのは国や自治体にとって悩ましい問題となる。
小塩氏はこう主張する。
「日本中のスギ林の雄花を半減させるだけでも、花粉症の有病率の低下や症状の緩和に大きく寄与するはず。単純計算で、そこにかかる費用は2000億円ですが、これは、政府が毎年、米軍に投じている思いやり予算とほぼ同額。その〝思いやり〟を、花粉症になった人たちに示してもいいのではないでしょうか?」
花粉症撲滅の道は険しいが、研究者たちの挑戦が〝花粉症のない社会〟への道を少しずつ切り開いている。