ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

珍しく昼からの長めの撮影仕事を終え、自宅までの中継地点である吉祥寺駅にたどり着いたのが、午後9時過ぎだった。

あとは路線バスに乗ってしまえば、自宅方面に帰ることができる。最終バスまではけっこう時間がある。ならばこのまま家に帰るより、どこか店に入って、おつかれさまの一杯とともに、遅めの夕食をとって帰るのがいいだろう。

と、街を歩きだす。実はさっき銭湯にも寄ってきたし、今日はもう帰ったら寝るだけだから、つかの間の自由時間だ。なんとなくだけど、いつもはあまり行かない方面を探索してみようかなと思い、南口から東方面に伸びる「末広通り」へ向かってみた。飲食店の数がそれほど多いわけじゃないけれど、はるか前方にちらほらと赤ちょうちんが見えたりして、それを確認して歩くのが楽しい。なかでも気になった1軒が、「にこぼし」という店だった。

この看板が気になって この看板が気になって
看板の、頭にネクタイを巻き、ちょびひげをはやして生ビールを持つ、なんとも気の抜けた表情の星のキャラクターがいい。しかもよく見ると、ローラースケートを履いている。なんでだ。あぶないぞ。

店頭のメニューを見ると、すでに提供時間は過ぎてしまっているが、お通し3品と好きなドリンク1杯で980円の「お疲れ様セット」なんかも、夕方には提供しているようだ。その心意気からして、いい店に違いない。ビルの半地下にある入り口から、店内へ。

次は早めに来よう 次は早めに来よう 「にこぼし」 「にこぼし」
カウンター内には店主さんと思われる男性と、ふたりの女性店員さん。みな若い。カウンター席とテーブル席の両方が、いかにも常連さんと思しきお客さんたちでにぎわっていて、全体の和気藹々とした空気感がとてもいい。カウンターの空いたひと席に通してもらったら、店員さんとお客さんがチームワークで僕のスペースを広げてくれたりして、恐縮しつつも、やっぱりここがいい店だということがわかる。

メニューはかなり豊富で、しかも酒飲みのツボを心得た気の利いた品ばかりだ。アルコールメニューもまたひとひねりあるものが多く、「初恋」「ラブわり」「心がわり」「失恋わり」など、独特なネーミングのオリジナルカクテルもあるようだ。が、それらはどれも甘いお酒のようで......お、ホッピーがあるじゃない。ならば「ホッピー白」(税込680円)で。

「ホッピー白」 「ホッピー白」
やってきたホッピーはナカがたっぷりで、完全にソトイチナカサンコースだ。先ほどのキャラクターがプリントされたオリジナルグラスもかわいい。ではでは、仕事後の濃いめホッピーをいざ、ぐいっ......。

料理メニューの一部 料理メニューの一部
時間的にお疲れ様セットは頼めないが、「本日のお通し」が6種類もあって、単品だと400円。3点盛りが980円のようだ。

1)コーンポタージュ
2)真鯛と春菊のゴマダレ和え
3)ちくわ磯部クリームチーズ和え
4)ウドと新たまねぎのあっさりキムチ
5)トマトとピクルスのマリネサラダ
6)豆もあしと紅しょうがのナムル

う~ん、どれもいい。迷うからもう、とりあえず上から3つをお願いしてみよう。

「本日のお通し 3点盛り」 「本日のお通し 3点盛り」
その3品がやってきて、もはや完全にこの店にノックアウトさせられた。どれも見た目からして、ていねいな仕事が伝わってくる。実際、自家製らしきほんのりあらごしで風味濃厚なコーンポタージュも、春菊とごまだれとの相性がばっちりすぎる真鯛も、うっとりのうまさだ。なかでも酒泥棒はちくわ磯部クリームチーズ和えで、まずちくわ自体がうまい。それに加え、クリームチーズと青海苔のまったり感、香りが良く、さらに、これは奈良漬けだろうか? かなり細かく刻まれた、しゃきしゃき食感の漬けものがこっそりと入っていて、そのアクセントがすごく利いている。

セルフおでんコーナー セルフおでんコーナー
店内の一角にはセルフおでんコーナーがあり、真っ茶色なつゆのなかで串に刺さったおでんたちが湯気をあげている。どれも1本220円。横にあるみそだれをかけて食べるのがおすすめのようだ。これは楽しい。好物の厚揚げと、名称不明ながら韓国の定番食材だという、波状に串打たれた練りものらしきをもらってみよう。

みそおでん みそおでん
このおでんがまた、八丁味噌のコク深さをベースにしながらも甘ったるくはなくて、とてもいいつまみになる。順調に「中」(450円)のおかわりを重ねつつ堪能。

なんてことをしていたら、あっというまに小一時間が経ってしまった。そろそろ切り上げる頃合いだけど、せっかくだからなにかシメをもらってみようかな。というのも、シメメニューのラインナップがこれまた気が利いているのだ。

・町中華のチャーハン
・おにぎり(うめ or 明太子 or こんぶ)
・たまごごはん
・バターめし
・海鮮焼きそば(塩 or オイスター or おたふく)
・沖縄そば

どれもいい。どれもいいけど、今日このタイミングで選びたいのは......「バターめし」(380円)かな!

「バターめし」 「バターめし」
熱々のごはんにバター、そしてたっぷりのかつお節がのったバターめしが、すぐに到着。卓上の醤油をかけて食べるスタイル。これは、どう考えたってうまいだろう。

容赦ない量のバター 容赦ない量のバター
さっそくたっぷりめに醤油をかけて口へ運ぶと、甘い炊きたてごはんの熱で増幅された、バターとかつお節の香りが口いっぱいにぶわっと広がる。俗に言う"背徳的"なメニューでありながら、しかし組み合わせの妙か、すごく上品さも感じる。がつがつとかっこむというよりは、もぐもぐもぐとよく噛んでしっかり味わいたい。そして、しっかり味わったところでホッピーをごくり。あぁ、幸せ......。

ふらりと入ってみたらものすごく居心地が良く、そしてまた、何を飲み食いしても美味しかった、吉祥寺のにこぼし。もっと近所にあったら間違いなく入り浸ってしまう店だ。次は早めに行ってお疲れ様セットから始めよう。

それにしてもやっぱり、ふらりと街を歩いて酒場に飛びこむのはいいな。

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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