小説『ユニコーンレターストーリー』(ホーム社)
洋菓子「フランセ」のパッケージや、ファミリーレストラン「ココス」のグランドメニュー、書籍の挿画などでイラストを担当している大人気イラストレーター・北澤平祐氏よる青春小説『ユニコーンレターストーリー』(ホーム社)が昨年11月に発売された。
幼馴染のハルカとミチオが日本とアメリカで交わす文通の往復書簡と愛らしいイラストにより紡がれる物語。インターネットが発達し始める90年代から2000年代を舞台に、漫画、映画、ゲーム、音楽......と、さまざまなカルチャーに過敏に触れ、ときにすれ違いながらも手紙でのやり取りを続ける二人の成長と青春がくすぐったいほど鮮明に描かれている。
LINEをはじめとするSNSの発達で日に日にコミュニケーションの速度が上がっている今日にこそ、手に取って読みたくなる"アナログの魅力"が詰まった本作。メルヘンチックなイラストに反して、実はかなりリアリティ。それでいて、小説のような、絵本のような、不思議な仕掛けが面白い。
イラストレーターとして活躍する傍ら、絵本や書籍を刊行するなど創作にも力を入れる北澤氏に、本作の制作秘話のほか、普段のイラストへのこだわりについても聞いてみた。
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■手紙とイラストで紡がれる物語の仕掛け
――まずは書籍『ユニコーンレターストーリー』(以下、『ユニコーン』)執筆の経緯から教えてください。
北澤 2021年にホーム社さんから『ぼくとねこのすれちがい日記』(以下、『ぼくねこ』)という書籍を出させていただいた際、頭に浮かんでいた「次にやりたい作品のアイデア」を担当編集さんにお伝えしたのが始まりです。
――北澤さん自身のアイデアがきっかけだったんですね。イラストレーターのお仕事だけでもかなりご多忙なはずですが、どうしてまた書籍を出そうと?
北澤 もともと物語を書くことに興味があり、ここ数年は年間2冊ほどのペースで書籍や絵本を出させていただいています。そのたびに、自分が文章とイラストの両方をやる意味を考えるのですが、せっかく二つの役割を一人で担うのであれば、イラストを挿絵にしてしまうのではなく、文章とイラストの両方があって成立する読み物にしたいなと。そうした思いつきから『ぼくねこ』、そして最新作の『ユニコーン』が生まれました。
――なるほど。挿絵はあくまでも文章を補助するイラストですもんね。実際『ユニコーン』を読ませていただいて、手紙のやり取りだけで物語が進んでいく斬新さに加え、イラストの細かい描き込みもまた読み物になっていて、スゴく面白いと感じました。
北澤 ありがとうございます。大枠のテーマは「手紙は嘘をつく」。明るい言葉を綴っていても、実は強がっていたり、見栄を張っていたり。手紙(文章)だけを読んでもどこが嘘か分からないものの、実際に手紙を描いている様子をイラストにすることで二人の本当の気持ちが読み取れる、という仕組みを考えました。
北澤 物語の方向性を定めたあと、文章をまとめてからイラストに移りました。まず、ノートにドラフト(下書き)を描いて、どのページで何が起こるかをリスト化する作業から入ったのですが、この段階で編集さんとのラリーは10回以上。
だいたいの方向性が定まった後、主要キャラクターのラフ画を描いていくと、自分の描いたイラストからキャラクターそれぞれの性格が改めて見えてきたので、それを踏まえて、また物語に修正を加えて......。と、そこからは絵とテキストを何度も行ったり来たりしていました。
――土台作りに難航されたと。
北澤 はい。結局ドラフトの制作に2年、文章の執筆に4ヶ月、イラストに3ヶ月。この間、執筆作業だけに専念できたわけではないので、結果的に最初の構想から完成まで3年半ほどかかりました。最初は、テキストさえ完成すれば穴を埋めるようにしてイラストを描くだけだ! と甘く考えていたのですが、そう単純な作業ではなかったですね。
実際のドラフト(下書き)
キャラクターのラフ画
――それだけ作り込まれている、というわけですね。実際、各ページに年月と年齢(学年)が書かれていて、手紙を出す間隔がリアルに分かりましたし、当時流行ったアニメやゲーム(『エヴァンゲリオン』、『ファイナルファンタジーVII』など)のほか、「大統領選」や「9.11」といった時事ニュースについても多々手紙で触れており、90年代から00年代の空気感がありありと伝わってきました。そのリアリティこそが、本作の面白さだと感じたほどです。
北澤 そう言っていただけてうれしいです。まさに、日付の設定がいちばん大変だったので(笑)。
ティーンエイジャーのふたりにとって、海外に宛てた手紙を出すことは、切手代だけでも相当な負担になるはず。しかもミチオくんは、毎回好きな音楽を入れたカセットテープを同封しているので、恐らく船便でないと届けられない。そうした事情を踏まえると、月に出せる手紙の数にも自ずと制限が出てくるし......、とストーリーを意識しながらリアルな間隔に調整するのは、想像以上にパズル的な作業でした。
また、日付を設定したからには時事ネタに触れないと違和感がありますよね。アメリカに住んでいて「9.11」発生直後、その話題はスルーできないというか。カセットに入れた曲が発売前だと途中で慌てて曲を変えたり、映画の公開日が日本とアメリカで違ったり。義務教育の期間も異なるので、日付の設定にはかなり苦しめられましたね。校正さんに年表を作っていただいたおかげで、何とかカタチにできました。
上記「1998年8月/15歳/高校1年生」といった具合に、手紙の上部に必ず日付が設定されている
――ハルちゃん、ミチオくんと同世代の読者は、読んでいて懐かしい気持ちになると思います。
北澤 これまでの作品は女性の方から反響をいただくことが多かったのですが、『ユニコーン』に関しては、私と同世代の男性読者も多い印象です。小学生で『ドラゴンボール』や『ドラクエ』に夢中になり、中高生でニルヴァーナやパール・ジャムなどのグランジ、オアシスやブラーなどのブリティッシュ・ロックにハマって、実際にバンドを組んで......。私と同じようにカルチャーを享受した方がたくさんいらっしゃる、ということなのかな。
この作品を気に入ってくれた皆さんとは、仲良くなれそうな気がします(笑)。余談ですが、作中でミチオくんが紹介した楽曲のプレイリストがSpotifyで公開中です。世代でない方にも、是非書籍と一緒に楽しんでもらえるとうれしいです。
https://open.spotify.com/playlist/2xFwlaKvzzREv17qLO9s6J
■アナログの"あるある"
――北澤さん自身、文通のご経験は?
北澤 あります。それこそ私がアメリカへ行った10歳の頃は、まだメールがなかった時代。日本にいる同級生と少しだけ文通をしていました。ふたりと違って、すぐに途切れてしまいましたけどね。
長く続いたのは、ロサンゼルスで同じ学校に通っていた日本人の友達との文通。彼が小学6年生でニューヨークに引っ越したのを機に、年に1、2通のペースで手紙のやり取りを始め、最終的に20歳頃まで続きました。ちなみに彼は今日本でデザイナーをやっていて、数年前、一緒にお仕事する機会に恵まれました。何だか感慨深かったです。
――素敵なお話です。作中、Eメールやメッセンジャーでのやり取りを試す場面もありますが、「メールだと速すぎるね」と二人には合わない様子でした。日に日にコミュニケーションの速度が上がっている現代に対して、何か思うところがあるのでしょうか。
北澤 手紙のほうが優れているとは、全く思いません。メールやLINEなど、現代のコミュニケーションツールにも良いところはたくさんありますからね。私がアメリカに住んでいた当時も国際電話はありましたが、通話代が高すぎて頻繁にはかけられない。長電話なんて絶対にできませんでした。そう考えると、本当に便利な時代になったと思います。でも、本作を通して、手紙でのコミュニケーションの魅力、紙に触れる楽しさを感じてもらえたのなら、それはスゴくうれしいことです。
――北澤さんが思う"紙に触れる楽しさ"とは?
北澤 私、絵を描く際の7割はいまだに紙とペンを使っています。紙の触り心地や匂い。そうした感覚が大好きなんです。色塗りの際にデジタルツールを使うことももちろんありますが、ディスプレイのツルツルした感触だけだと少し味気なく感じてしまうときもあります。また、懐かしさゆえのこだわりもあるかもしれません。
――と言いますと?
北澤 例えば、好きな女のコをデートに誘うにも、携帯電話がなかった時代は相手の自宅に電話をかけるしかなかった。タイミング悪くお父さんが出て無言で電話を切るのは、当時のあるあるです(笑)。
電話回線でインターネットを繋いでいた時代は、親に「メールしたいからインターネット使いたいんだけど」とお願いしても「今から大事な電話がかかってくるから辞めて」と言われ、自由にメールができませんでした。パソコンも一家に一台の時代ですから、家族の誰にメールを読まれるか分からない。でも手紙であれば、親を気にせず、あるいは親の目線を盗んで、二人だけのやり取りができた。そういう意味では、紙の手紙が一番プライバシーのあるコミュニケーションツールだったのかもしれません。
――なるほど。私は学生時代、既にスマホがあった世代なので、ちょっぴり新鮮なお話です。
北澤 アナログのモノといえば、音楽も同様です。家族みんなで見るテレビと違って、カセットやCDで、ひとり楽しめるものだったので。『ユニコーン』でミチオくんの手紙にカセットをつけたのは、音楽で自分の気持ちを伝える感覚を描きたかったからなのですが、好きなコにミックステープを送る文化も、当時ならではかもしれませんね。10曲あるうち1曲だけ「愛してるよ」なんて歌をコッソリ入れるも、特にリアクションがなくガックシするとか。懐かしいあるあるです(笑)。
■大事なのはイラストの中の物語性
――最後に北澤さん自身について聞かせてください。絵を描くうえで特に影響を受けたものがあれば教えていただけませんか?
北澤 私が本格的に絵を描き始めたのは高校を卒業する頃と少し遅めです。子どもの頃は授業中に『ドラゴンボール』の悟空やキン肉マンの落書きを描く程度だったので、もろに影響を受けたものというとパッと浮かばないのですが、ティム・バートンと藤子不二雄先生の絵はとりわけ大好きでした。
――『ユニコーン』でも、ハルちゃんがA先生の『まんが道』を語るシーンがありましたね。高校卒業のタイミングで絵を描き始めたきっかけは何だったんでしょう?
北澤 高校時代に必修だった美術クラスの先生が「自分の思うまま、好きなように描いてみなさい」という方針の方で、何をやっても個性として褒めてくれたんです。やっぱり褒められるとうれしくて。他にやりたいこともなかったので、美術の先生に勧められるがままアートのプログラムが充実している大学に進学したのがイラストレーターを目指す直接的なきっかけになりました。
――お仕事の話も聞かせてください。個展や書籍などの作品と、クライアントから依頼を受けて描くイラストは、やはり意識が違うものでしょうか?
北澤 違いますね。仕事のイラストはクライアントのために描くもの。自我を出さないことが大切です。「フランセ」であれば、どういうイラストを描けば商品を手に取ってもらえるかを第一に考えますし、本の挿画であれば、作家さんの作品内容を引き立たせるイラストを描く必要がある。そこに「自分はこう思う」という主張を入れすぎてはいけない仕事だと思うんです。
――「フランセ」のパッケージは、百貨店のお菓子売り場の中でも一際目を引く魅力があると感じます。
北澤 うれしいです。たくさんの店舗が出店しているお菓子売り場の中、お客さんがひとつの商品を見る秒数はコンマ数秒。その視線の動きの中で一瞬でも目を止めてもらうには、ぱっと見の綺麗さに加えて、その奥にある深みを感じてもらうことが大切なんだそうです。そのために私が大事にしているのは、イラストの中の物語性。ただかわいいだけじゃなく、動きが感じられたり、想像力が膨らんだりするイラストを心がけています。
アートディレクターさんとのやり取りから生まれるアイデアも本当に多くて。毎度、自分だけでは開けなかった引き出しを一緒に開いていただいているという感覚があります。編集者の方と書籍を作るのも同様。誰かと一緒にやり取りをしながらクリエイティブするのは、やっぱり楽しいです。
――最後に、今後について教えてください。また書籍を発表される予定はあるのでしょうか?
北澤 次回作はまだ未定ですが、作りたい本のアイデアはあるので、頭の中で練っているところです。新しい催しとしては、現在、代官山蔦屋書店さんで開催中のコラボフェア。『ユニコーン』の原画展示に加えて、一点物の原画や画集の販売、そして、今回のフェアでしかご覧頂けない、手塚治虫先生の『リボンの騎士』をモチーフにした原画の展示やグッズの販売など盛りだくさんの内容となっています。また、3/16にはサイン会も予定しておりますのでぜひ足を運んでいただけるとうれしいです。
●北澤平祐(きたざわ・へいすけ)
イラストレーター。東京都在住。アメリカに16年間在住、帰国後、イラストレーターとしての活動を開始。書籍装画や広告、パッケージなど国内外の幅広い分野で活躍中。著書に『ゆらゆら』(講談社)、『ルッコラのちいさなさがしものやさん』(白泉社)、『ぼくとねこのすれちがい日記』(ホーム社)などがあるほか、千早茜『わるい食べもの』シリーズ(ホーム社)の挿画も手掛けている。
■代官山蔦屋書店にて北澤平祐の本と絵本とグッズフェア開催中!(2025年3月19日(水)まで)
『ユニコーンレターストーリー』原画やオリジナル作品、また蔦屋書店とコラボで手がけた手塚治虫「リボンの騎士」をモチーフにした"ニューサファイヤ"グッズのフェアを開催。会期中の3月16日(日)にはサイン会も実施! 詳細は下記URLをチェック!
https://store.tsite.jp/daikanyama/event/humanities/45657-1314030214.html?srsltid=AfmBOopgupWTsyqLwgVVqMOpFrFBx6P-ZipruLuEDvAz5oMW_DcEWClF