ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

横浜屈指の飲み屋街である野毛で、とある酒関係のイベントがあり、参加させてもらうことになった。ご一緒するのは、漫画『酒のほそ道』の作者、ラズウェル細木先生と、大衆酒場を中心に圧倒的支持を誇る「キンミヤ焼酎」を作る「宮﨑本店」の東京支店長、伊藤さん。はっきり言って、雲の上の酒の神々たちだ。  

イベントは夕方からで、せっかくの横浜だから、その前後も貪欲に楽しもうということになり、土曜日の午後3時、JR桜木町駅に集合した。そこに関係者である友達ら2人も加わり、合計5人の大所帯でいざ飲み歩きを始める。   

当初なんとなく想定していた1軒目は、桜木町と野毛の街を結ぶ地下道「野毛ちかみち」から直結で入れる商業ビル「ぴおシティ」だった。そこの地下2階フロアに、昼間から飲める好きな酒場がいくつかあって、昔から野毛飲みのスタートの定番なのだ。  

ところが、訪れてみて驚く。かつてはどちらかと言うと閑散とし、しかしいくつかの渋い名酒場がぽつぽつ営業しているというイメージだったのが、所狭しと真新しい酒場が営業し、そのどこにも空席がないほどの大盛況。まるでアミューズメントパークだ。ほんの数年でこんなにも様変わりしてしまうとは。人が集まるのは良いことながら、我々が収まれそうな店がない。  

そこで、エスカレーターで地上へ出る。野毛は有名な飲み屋街ながらスタートは遅めで、昼間から飲める店の割合がそう多いわけではない。ところが運良く「三陽」にきっちり5席ぶんだけの空きがあり、入店することができた。  

「三陽」   「三陽」  
三陽は、ド派手な外観が否が応でも目を引く野毛の超有名中華料理店。かつてひとりや少人数で軽く飲んだことはあったものの、今回は5人という大人数で訪れることができた結果、真髄をぞんぶんに味わうことができて、その良さにあらためて感動してしまった。  

「ニンニク唐揚」   「ニンニク唐揚」  
席に着くとさっそく、お通しと思われるにんにくのからあげが人数ぶん到着。かなり香ばしくこんがりと揚がり、甘辛いたれをまとったこれが、いきなりものすごく美味しい。メニュー表にも単品メニューとしてあるから、三陽の定番メニューのひとつなのだろう。 

席に着くなり頼んでおいた「キリン一番搾り生(中)」(税込500円)が、いきなりすすみすぎて困る。  

「キリン一番搾り生(中)」   「キリン一番搾り生(中)」  
品数は膨大で、オリジナルメニューも多い。ダジャレや下ネタ満載で、なにがなんだかわからないものも多く最初は盛り上がるものの、徐々につっこむことも面倒になってくる怒涛の勢いこそがこの店の醍醐味だ。  

三陽は、創業者である竹内辰男さんが1968年、屋台のラーメン屋から始めた店だったそう。小さな屋台でも目立つようにとカラフルに、かつ目を引くメニュー名をつけまくって人気となり、今に至るのだとか。  

この時、社長さんは店内にいなかったが、長く通っているというキンミヤ伊藤さんが店員さんに「社長さんは元気にしてますか?」と聞くと「元気ですよ」という答えが返ってきて、なんだか僕まで嬉しくなった。  

とにかくカオス   とにかくカオス  
ここからは怒涛の勢いだ。「名物餃子」(450円×2人前)に「みそタレネギ鳥」(700円)。それから伊藤さんのおすすめ「ネギ炒め」(800円)。  

「名物餃子」   「名物餃子」   「みそタレネギ鳥」 「みそタレネギ鳥」 「ネギ炒め」   「ネギ炒め」  
餃子は野菜多めな餡ににんにくが利かせてあるクセになる味で、バランス絶妙。社長が愛知県三河地方の出身らしく、ご当地の味であるという甘辛みそ味で炒められたみそタレネギ鳥がこれまたうまい。ネギ炒めは伊藤さんのおすすめで、肉類は入らずザーサイ、メンマとの組み合わせが新しく、さっそく家でもまねしたくなる美味しさだった。  

さらに我々の勢いは止まらず、「チンゲン菜」(800円)、「蒸し鶏」(790円)、「エビマヨ」(900円)と次々に注文。とにかくどれも味つけや火の通し加減が決まりまくっていて、ひと口食べるごとに「うまい!」と叫ばずにはいられない。  

「チンゲン菜」   「チンゲン菜」   「蒸し鶏」   「蒸し鶏」   「エビマヨ」 「エビマヨ」
そうか、これが三陽か。今までは来たとしてもちびちび1、2品を頼むばかりで、魅力を味わいつくせていなかった。飲み屋天国の野毛という街で、50年以上も第一線を走り続けられる理由の一端が少しだけ理解できた気がする。  

調子にのって、いつもならあまり頼まないタイプの、マムシ酒に赤マムシ粉末入りだという「テポドンサワー」(680円)とやらを飲んでみたら、これが体に良さそうな味でまたうまい。  

「テポドンサワー」   「テポドンサワー」  
誰かが言った。「せっかく来たんだから、麺も食べておきたいなぁ」。もちろん否定する人などいない。ただし三陽の麺類メニューは、「野毛ラーメン」「チンチンラーメン」「チョメチョメラーメン」「ボーボーラーメン」など、その他に比べてもよりいっそう何がなんだかわからないものが多い。そこで伊藤さんにチョイスをお任せした結果、やってきたのが「チョメチョメラーメン」(800円)。これは、いわゆるタンメン的なチンチンラーメンに、玉子が加わったもののようだ。  

しかも「5人で食べるなら5皿に分けて持ってきましょうか?」という、店員さんの過剰とも言える親切さに甘える形で、ひとりにつき1皿のミニラーメンという、あまりにもシメにありがたい状況(これからもまだまだ飲むんだけど)。  

わざわざ5皿に分けてくれるありがたさ   わざわざ5皿に分けてくれるありがたさ   「チョメチョメラーメン」 「チョメチョメラーメン」
このスープをひと口すすって、本気で驚いた。メニューには(塩味)と書いてあるが、たっぷりの野菜や豚肉由来と思われる、甘みや旨味が飽和していて、スープがあまりにも奥深い味なのだ。加えて、にんにく風味もしっかりと利かせてあるから、がつんとパンチもある。正直言って、こんなにも強く印象に残るタンメンは今までに食べたことがないほどだ。  

麺がまたすごい   麺がまたすごい  
つるつるぶりんぶりんで、しっかりと香りもある中華麺がまたばっちり合う。すするたびに脳が快感で満たされてゆく。うまい。明日もまた食べたい。うますぎる。  

一見ネタ重視で、それで話題を集めていると錯覚してしまいかねない三陽。だが、そこにはシンプルに人々が愛さずにはいられない美味しさと、温かすぎる人情が満ちていたのだった。 

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パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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