ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。

それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。

そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。

* * *

関西方面に1泊の取材旅行へ行くことになった。  

新幹線の出る東京駅に着いたのが朝の7時半。同行の編集者さんとの待ち合わせ時間までまだ1時間ほどある。仕事がら、現地でハシゴ酒をすることはもちろん決まっているものの、その前にちょっとした真面目な取材もあって、午後くらいまではしっかりした食事をとるタイミングがなさそうだ。3月とはいえまだかなり肌寒い日で、なにか温かいものを胃に入れておきたい気分。  

そこで地下街である「グランスタ東京」から「ヤエチカ」にかけてをぶらついてみるも、時間が早すぎてカフェくらいしか開いている店がない。コーヒーとパンの朝ごはんは......ちょっと違うんだよな。というか、さっき「なにか温かいもの」なんてまだるっこしい言いかたをしてしまったけど、自分の気持ちはほぼ決まってしまっている。ずばり"立ち食いそば"。  

朝の東京地下街   朝の東京地下街  
となれば、地上に出て「よもだそば」だな。このまま迷っていると路頭に迷い、けっきょくなにも食べられなかったなんて事態におちいりかねないし、時間的にもじゅうぶん間に合うだろう。と、駅から徒歩数分の「よもだそば 日本橋店」へ向かうことに。  

「よもだそば 日本橋店」   「よもだそば 日本橋店」  
さてなにを食べようか。よもだそばは大好きな店で、特に、立ち食いそば屋なのに和だしをベースにしたインドカレーは名物のひとつ。個人的にはにらのかき揚げがのった「ニラ天玉そば」もお気に入りだし、店頭に写真つきで張り出されている期間限定メニューの「煮込み厚揚げおろしそば」や「ナムル風もやしとキムチのおそば」も気になる。  

気になるメニューが多すぎる   気になるメニューが多すぎる  
家が近所なら毎日でも通って全メニューを制覇したいところだけど、う~んう~ん......と、迷いに迷い、店内の壁に、これまた期間限定メニューとして貼られていた「モズクとワカメのかき揚げそば」(税込570円)を見つけ、なんだかビビビときてこれに決定。  

「モズクとワカメのかき揚げそば」   「モズクとワカメのかき揚げそば」  
大きめのどんぶりに、シンプルなそばとかき揚げ。立ち上る湯気を吸い込むと、日本人たるDNAを根底から揺さぶられるような、あまりにも魅惑的な香りが鼻から脳へと抜けてゆく。  

いざ、つゆをひとすすりして驚いた。よもだそば、シンプルに、うますぎるな! いや、毎回こんなふうに感動している気がするんだけど、それにしてもうまい。  

かつお、うるめ、昆布などからとったという無化調のだしが驚くほどふくよかで、塩辛すぎずほんのりと甘い味つけに心がじんわりと落ち着く。色の濃い自家製生そばは、しっかりとそばの香りがして嬉しい。そして、驚くほどビッグサイズの天ぷら。そのさくさくっとライトな揚げ具合は、完全なる名人芸だ。  


もずくとわかめに紅しょうがのアクセントを利かせたかき揚げは、ふわふわと軽やかな食感ながら、旬の海藻の強い香りに春の訪れを感じる。繊細なもずくと、しっかりとした歯ごたえのあるわかめの食感のハーモニーもいい。  

徐々につゆと一体となりはじめるかき揚げ   徐々につゆと一体となりはじめるかき揚げ  
やがてかき揚げの、上質な油をまとった衣がつゆに溶けだし、旨味のさらなる底上げが始まる。ぐずぐずもろもろ食感になったかき揚げとそばを一緒にすすりこむ快感も筆舌に尽くし難い。  

あらためて、立ち食いそばってなんて美味しい食べ物なんだろうか。そして、立ち食いそば界のなかでもとりわけ個性の立ったよもだそばで、たった570円で食べられる一品の満足度。どう考えても異常事態、驚異的と言うほかない。  

さて、心身の調子が完全に整ったところで、いよいよ飲み歩き旅に出かけるとしよう。

【『パリッコ連載 今週のハマりメシ』は毎週金曜日更新!】

パリッコ

パリッコぱりっこ

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】

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