
パリッコぱりっこ
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
* * *
仕事の都合で上野に行く必要があり、午後に地元駅を出発した。ところが池袋から山手線に乗ると、その先の大塚駅で火災があったらしく、電車がなかなか動かない。この日は午前中にあった仕事との兼ね合いで、かなりぎりぎりのスケジュールで動いていたので、大いに焦る。が、焦れども電車は動かない。そこで、上野行きは日程を延期し、今日のところは引き返すことにした。
するとこんどは、数時間ぽっかりと時間が空いてしまった。ソメイヨシノの開花寸前の、ぽかぽか天気が気持ちよくて、このままただ家に帰るのはあまりにも虚しい。どこかでふらり途中下車でもして、遅いランチでもして帰るかな?、なんて考えながら、池袋から家へと向かう西武池袋線のホームにたどり着く。すると、ちょうど来ていたのが「豊島園」行きの各駅停車だった。
西武池袋線各駅停車豊島園行き
なじみのない人にはわからない話に違いないけれど、東京都練馬区生まれである僕にとって、豊島園は思い入れの深い土地だ。かつて駅前からすぐの場所に「としまえん」という遊園地があって、子供時代から僕にとって遊園地といえばとしまえんのことだった。
残念ながら2020年に閉園してしまって以来、そういえば一度も豊島園駅で降りていない気がする。アホ毛のようにぴょんとひと駅だけ分岐した立地のせいもあり、そしてまた用事も特になかったので。確か現在は、映画「ハリー・ポッター」シリーズをテーマとした施設「スタジオツアー東京」になっていると聞く。駅の周りがどんな感じになっているか、散歩してみてもいいかもしれないな。そんな気まぐれで、そのまま電車に乗りこんだ。
豊島園駅ホーム
到着すると、駅のホームからして、当然ながらハリー・ポッター一色にリニューアルされていた。家の近所ながら、なんだか知らない観光地にやってきたみたいで、予想していた以上にテンションが上がる。平日の昼間にも関わらずけっこう人出があり、外国人観光客と思われる方々も多く、作品の人気を思い知る。
「練馬城址公園」
思い出のとしまえん跡地は、広々とした「練馬城址公園」として整備されていた。確かこのへんにエントランスがあって、入り口を入るとすぐに......と、記憶をたどろうとしても、こうだだっ広い場所になってしまうとわからない。ただ、とても気持ちのいい公園で、これからは気軽に遊びに来るのも良さそうだ。
その奥にスタジオツアー東京があり、近づくにつれ、まったく知識のない僕にはなんだかわからないけれども、ポッター関連と思われるオブジェなどが現れだす。
よくわかんないけどこわい!
いいフォトスポット
「スタジオツアー東京」
熱心なファンの方からすれば、ものすごくいい環境に住んでいるのかもしれないな、自分は。こんど一度来てみようかな。スタジオツアー東京。ただその前に、映画の予習はしておかねばだけど。
と、雰囲気だけを堪能したら、ランチ店を探す。駅からすぐの場所には実は昔ながらの商店街などもあり、そのあたりのエリアが楽しそうだ。
味わい深い一角
午後2時を過ぎていて、開いている店があまり多くないが、ひとつ営業中の気になる店を発見。「タッポスト チャオラ」という、イタリアンのようだ。
「タッポスト チャオラ」
看板の店名の前に「エノガストロノミア」とある。これは「ワイン」と「料理法」を組み合わせたイタリアの造語で、"ワインとお惣菜の店"というようなイメージらしい。確かに入り口付近には手作りの惣菜が並ぶガラスケース、反対側にはワイン棚があり、テイクアウト購入ができるようだ。また、冷蔵ケースの奥には調理場があって、調理人さんがピザ生地をこねている。専用のピザ窯も見える。そして、店内奥のスペースで飲食も可能。
ランチメニュー
なんとかすべりこめそうな時間設定ということもあり、さらにランチドリンクがお得なことだし、入ってみることにする。
ランチの内容は以下の5種類。
・ピッツァランチA【マルゲリータ】(トマトソース+モッツァレラ+バジリコ)
・ピッツァランチB【シチリアーナ】(トマトソース+ニンニク+黒オリーブ+ケッパー+バジリコ)
・ジンガラランチA【フレッシュトマト&モッツァレラ&生ハム】
・ジンガラランチB【フレッシュトマト&モッツァレラ&ツナ&オニオン】
・ジンガラランチC【フレッシュトマト&モッツァレラ&キノコのオイルソテー】
これに、コーヒーやエスプレッソや紅茶など、選べるドリンクがついて、すべて税込1,320円。
店内の釜で焼きたてのピザが食べられると考えるとかなりお手頃だ。ただ、さらに気になるのが、生まれて初めて耳にする「ジンガラ」という料理。これが、ピザ生地で作るホットサンド、パニーニ的な料理らしく、どうしても味わってみたい。大いに悩み、なんだかきのこが食べたくて、ジンガラランチのCに決定。
食後のドリンクにアイスティーを選んでおいて、もちろんその前に「ハイネケン生ビール」(429円)でスタートする。
昼下がりの生ビール
そんなに席数が多いわけではないけれど、イートインというよりはきちんとしたレストランの雰囲気。実際、ディナータイムのメニューはさらに豊富にあるようだ。開放感のある店内で、よく冷えたビールをごくりとのどに流し込んだら、さっき狂った予定のことなどはどうでもよくなった。きっと僕は、今日ここに来る運命だったんだ。
フレッシュトマト&モッツァレラ&キノコのオイルソテーのジンガラ
そしていよいよジンガラとご対面。まずそのボリューム感に驚かされる。考えてみれば、通常のピザ生地をパン代わりにするんだから、ビッグサイズになるのは当たり前か。ただそれにしても、レタスの量がすさまじい。生地がでかいのをいいことに、って感じで、小ぶりのレタスひと玉ぶんくらいが詰め込まれている。
限界まで大口を開け、がぶりとかぶりつくと、生地の香ばしさがふわりと口いっぱいに広がった。表面はサクッと、なかはもちっとして、ほんのりと甘く、これはもう間違いなく最上級のピザ生地だ。ちょっと衝撃的ですらある。
そのあとにざくざくしゃきしゃきのレタス。さらに、厚切りトマトのジューシーな甘さと、たっぷりと入ったきのこソテーの味わい深さ、モッツァレラチーズのコクなどが渾然一体となりはじめ、正直言って、めちゃくちゃうまいにもほどがある料理だ。初めてのジンガラが、タッポスト チャオラで良かった......。
食べていたら破れてしまった生地から見える、たっぷりの具
実は料理が届くまで、やっぱり肉っ気や魚っ気のあるAかBにすべきだったかな......などと、未練がましく考えたりもしていた。が、きのこにしかない独特の旨味と食感、そして、思うぞんぶんに野菜を食べている!
という、全身の細胞が喜ぶ感覚の前に、すべてがふっ飛んでしまった。なんて気分爽快なランチ飲みなんだ! 内容がヘルシーだとはいえ、食べごたえはかなりのものであり、グラスの「イタリア産ワイン(赤)」(429円)を追加注文。
ここで店員さんが「冷えたものと常温がございますが」と聞いてくれたことも嬉しいポイントだった。ワイン通の方にとって赤ワインは常温で飲むのが常識かもしれないが(詳しくないので間違ってたらすみません)、僕は居酒屋メニューの、ジョッキに氷とワインを注いだ「かちわり」や、よく冷やした赤ワインも、気取らず飲めて大好きなのだ。そこで、冷やし赤ワインをもらう。これをちびちびと飲みながら至福の時間を感じつつ、初めてのジンガラを心ゆくまで堪能した。
昼ビールからの昼ワイン
食後のアイスティーにも癒された
食べ終わってすごく感じたのは、こんどはジンガラのAとBも食べにきたい。と同時に、あの生地だったらピザもものすごく美味しいに違いない、ということだ。
そして今この記事を書くにあたり、念のためWEBで情報を確認していたら、納得の情報が。なんとこの店、ミシュランガイドのビブグルマンにも掲載されたことのある名店「ピッツェリア ダ・アオキ タッポスト」の姉妹店なのだそう。つまり僕は、ふらりと入った店で、半端じゃなくうまいに決まってるピザ生地で作ったサンドイッチを食べていたというわけだ。
お会計時、店員さんに聞いてみたところ、創業はもう15年以上前らしい。今までその存在を知らなかったことがとても遺憾であり、今後、"ピザもしくはジンガラを食べるため"という理由で、豊島園駅を訪れる頻度が増えることは間違いない。
1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。
著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。2022年には、長崎県にある波佐見焼の窯元「中善」のブランド「zen to」から、オリジナルの磁器製酒器「#mixcup」も発売した。
公式X【@paricco】