アメリカの影響力低下、中国の台頭、混迷する欧州、不安定な中東。そんな国際社会において、存在感を増しつつあるのがロシアのプーチン大統領です。

ソチ冬季五輪が開催中です。開催地誘致のためにプーチン大統領(当時は2期目)は2007年、自らIOC総会で英語、フランス語でプレゼンを行ない、並行してIOC幹部への個別のロビー活動も積極的に進めたとされている。ロシアにとっては、ソチ五輪はそれだけ核心的な一大イベントというわけです。

ロシアの南西端に位置し、黒海に面するソチの周辺は、旧ソ連の複数の独立国家も含めてカフカス地方と呼ばれます。反ロシア政府組織の拠点があるなど治安の問題が指摘されており、現に五輪開幕が近づくとテロ事件が複数発生しました。

逆に言えば、平穏のまま五輪が閉幕すれば、プーチン大統領の手腕は国際社会で高く評価される。これこそがソチ五輪の最大の狙いであり、大国ロシアの威厳を示すためのカードということでしょう。

米経済誌『フォーブス』が昨年10月末に発表した「2013年、世界で最も影響力のある人々」というランキングで、第1位に選ばれたのはプーチン大統領。今や「ロシアのプーチン」ではなく、「プーチンのロシア」と言っても過言ではありません。

外交戦略家としてのプーチン大統領は、地政学的リスクなどさまざまな要素を強気に判断していくハードライナー。内外からの反発もさして意に介さず、プラグマティック(実利的)に自国の政策を推し進める。スノーデン問題にしても、アメリカからの返還要請がありながら、結局は自国に取り込んでしまった。「スノーデン氏を抱え込むリスクの大きさを考えれば、第三国へ行かせるのではないか」という大方の予測を裏切る大胆な戦術でした。

大国ならではの押しの強さと戦略の奥深さ、そしてフットワークの軽さ。日本では近年、米中両国ばかりがクローズアップされますが、いま一度「プーチンのロシア」にしっかり刮目(かつもく)する必要がありそうです。

そんな折、安倍首相はソチ五輪の開会式に出席し、現地滞在中にはプーチン大統領との首脳会談も開かれました。開会式が行なわれる2月7日は、奇(く)しくも「北方領土の日」。日本国内でその関連行事があるなか、強行日程を組んでまで五輪開会式にこだわった。難しい政治判断ですが、注目されている国際舞台を活用した戦略的なコミュニケーションは、日本の姿勢をアピールする好機になったのではないかとぼくは思います。

誤解を恐れずに言えば、今は北方領土問題を棚上げ状態にしてでも、実利的に対話を展開する方向性を堅持すべきです。実は現在、世界を見渡してもプーチン大統領と真正面から話せる首脳はあまりいない。安倍首相が確固たる個人的信頼関係を築ければ、日本は大きなカードを手にできるかもしれません。

もちろん、日本は同盟国としてアメリカに配慮しつつ対露外交を展開しなければならない。プーチン大統領としても、対米政策の一環として日本を利用する意図を持っているでしょう。それらの事情を踏まえた上で、日本はロシアという存在を戦略的に活用し、アメリカに対しての然(しか)るべき抑止力、そして適度な緊張感を主体的につくり出していく必要があります。

それにしても、プーチンという人間は腹の底が見えず、どこか“世界の盟主”の座を狙っているような雰囲気さえある。ソ連時代の名残で専従主義的な側面があるとはいえ、独裁国家以外でこれだけの権威を発揮できるリーダーは世界でも稀(まれ)です。任期は18年までですが、大統領選再出馬の可能性も否定しておらず、4選が実現すれば24年までトップに君臨することになります。

だからこそ、日本は長期的視点に立って、ロシアとの持続可能な関係構築に汗をかくべきです。この関係を軽視していいというなら、その理由を逆に教えて!!

■加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/