25日までシンガポールで開催されていた環太平洋経済連携協定(TPP)交渉の閣僚会合は、大筋合意に至らないまま閉幕した。特に、日米の関税協議では両国が一歩も譲らず、TPP交渉は長期化する可能性も出てきた。
日本国内では、いまだ賛否両論分かれているこのTPP。一方、旗振り役となっているアメリカでは、国民が皆賛成しているようなイメージもある。だが、2010年に行なわれた『NBCニュース』と『ウォール・ストリート・ジャーナル』の共同世論調査では、69%のアメリカ人が自由貿易に反対しているのだ。
その理由は、1990年代にアメリカ、メキシコ、カナダの間で発効したNAFTA(北米自由貿易協定)での痛手にある。
横浜国立大学名誉教授で『TPP アメリカ発、第3の構造改革』(かもがわ出版)の著書がある萩原伸次郎氏がこう説明する。
「関税が撤廃され、メキシコ人の主食であるトウモロコシが格安な価格でアメリカから入ってきました。それが原因でメキシコの農家が次々と廃業に追い込まれ、大資本の多国籍企業の下で働くようになったのです。その企業はアメリカのグローバル資本です。すると今度は逆に低価格の農産品がアメリカに輸入され、米国の小規模農家が失業しました。失業者の数は両国で少なく見積もっても500万人以上に上ります。メキシコの失業者は安価な労働力としてアメリカに移り、結果的に製造業の雇用をアメリカ人から奪いました。
つまり、アメリカが一方的に利益を得たとかメキシコが敗北したのではなく、双方の労働者の給料が下がり、職を失い、恩恵を受けたのはグローバル企業だけなのです。TPPはNAFTAのオセアニア版とも呼ばれていて、中間層以下のアメリカ国民はこぞって反対しています」
オバマは大統領に就任したらコロっと変わった
『政府は必ず嘘をつく』(角川SSC新書)でTPP問題にも触れているジャーナリストの堤未果氏も同様の問題を指摘する。
「反対派のアメリカ議員は、TPPのことを“ステロイドで強化したNAFTA”とも呼んでいます。オバマ大統領も上院議員時代は、NAFTAをはじめ企業を利する自由貿易条約を強く批判していたのに、大統領に就任したらコロッと変わってしまった。大統領になるためには多額の政治献金が必要ですし、多国籍企業の意向を無視できないのでしょう。
結局、オバマが進めるTPP重視政策は、グローバル企業がさらなる利益を上げるのを奨励する性質のもの。TPPの問題は民主党と共和党の対立事項という単純なものではなく、国家VS多国籍企業の代理戦争だと私はとらえています。だからこそ良識ある議員がTPAに反対の声を上げているのです」
「TPA」(Trade Promotion Authority)とは、今年1月に議会に提出された、議会の承認を得た大統領が通商交渉を独断的に進めていける法案。TPPに関する大統領の権限を強めるものだ。
参加国では多くの反対の声が聞かれ、交渉のテーブルでは互いに自国の主張を譲らない。はたしてTPPはどこへ行くのだろうか。
(取材/長谷川博一)