「全力で走り続けなければ」「立ち止まってはいけない」30年間そうやって生きてきたぼくの心に変化を与えてくれたのは、やはりライフワークのランニングでした。
自分自身に誕生日プレゼントを贈るなら、あなたは何を選びますか?
私事で恐縮ですが、4月28日に30歳になりました。“大台”に突入する前に、ライフワークであるランニングの分野でフルマラソンの「サブスリー」(3時間未満)を達成しておきたいと考えたぼくは、2月1日に米フロリダ州で開催されたマイアミマラソンに参加しました。結果は後ほどお伝えしますが、アメリカでマラソン大会に出るのは初めてで、面白い発見がありました。
アメリカの大会はとにかく敷居が低い。日本の大規模なレースでは、申し込みの締め切りが最低でも1ヵ月前、早ければ3ヵ月前なんていうケースもありますが、ぼくがマイアミマラソンに申し込んだのは大会当日のわずか1週間前。それでもまったくノープロブレムでした。
運営側の対応も素晴らしいものでした。わからないことをメールで運営側に問い合わせると、驚くほどレスポンスが早く、しかも事細かに説明してくれる。これほどなんの不安もなく、リラックスしてレースを迎えたのは初めてでした。
大会当日のことをいえば、日米の最も大きな違いは、アメリカの大会には形式主義的な「開会式」がないということ。日本の大きなレースでは、参加ランナーは早めにスタート地点に集合させられ、開催地の自治体のトップや協賛スポンサーのお偉方(えらがた)などの話を延々と聞かされます。冬場ともなると体は冷え、ベストなコンディションでレースに臨むことができなくなってしまう。
予想外のひどいタイムだからこそ、去来した思い
アメリカのマラソン大会の敷居の低さ、居心地の良さ、それと比較しての日本の大会の問題点については、作家の村上春樹さんも、『やがて哀しき外国語』(講談社)という本の中で書かれています。日本の多くの大会の主催者は、行政や産業界の目線でレースを運営しており、参加者のほうにあまり目が向いていないと言わざるを得ない。せっかく日本各地でランニングブームが盛り上がっていても、それを取り巻く環境が邪魔をしてしまうようでは本末転倒です。
さて、肝心のタイムですが……、3時間46分。惨敗です。南部ならではの暑さを警戒しすぎてスローペースになってしまった面もありますが、これほどひどいタイムになるとは予想もしていませんでした。
ゴールした瞬間、ぼくは思いました。なんて無様(ぶざま)なんだろう、なんて無知で無能なんだろう、と。しかし、その感情はなぜかネガティブなものではなかった。不思議とすがすがしさすら覚えました。
これまでぼくは、「使命」や「責任」をまっとうしようと国外に飛び出して、全力で走り続けてきた。この世に生まれてきたからには、何か特別なことを成し遂げたい。いつも前のめりに突き進み、自らに激しくプレッシャーをかけ、同時に他者や社会にも厳しい目を向けてきた。その生き方は、多くの“後遺症”や“副作用”をも生んでしまった。
マイアミマラソンでは生まれて初めて楽しく、一度も歩かずに走り切ることができた。ゴールした瞬間、ある思いが胸に去来した。自分はしょせん、ひとりの人間。無知、無能、無様な生き物。自分がいなくなったところで、世の中は当たり前に回転していく。これからは使命感だけでなく、己の「無用性」という自覚を胸に秘め、それを大切にしながら生きていこう。意識は高く持ちつつも、肩の力を抜いて、リラックスして歩もう。
30歳を迎えるにあたり、ぼくは少しだけ生きていくことが楽になりました。もしサブスリーを達成していたら、このような思いには至らなかったでしょう。この心境の変化こそが、ぼくの自分自身への誕生日プレゼントです。自らの心の声に素直にならずして人生を豊かにできるというなら、その理由を逆に教えて!!
●加藤嘉一(かとう・よしかず) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/