オバマ大統領の訪日時、「尖閣は日米安保の適用対象」という発言に日本メディアは盛り上がりましたが、その裏では中国の出方に明らかな変化が見えます。

前回に引き続き、4月下旬の米オバマ大統領のアジア歴訪について取り上げたいと思います。

今週のテーマは、「オバマ訪日で日米関係に変化はあったのか」。結論から申し上げれば、答えはノー。冷静に見れば、両国の関係に実質的な変化はありませんでした。

まずTPP(環太平洋経済連携協定)については、オバマ大統領の滞在中に合意に至らなかった。この結果について、オバマ大統領の対東アジア外交ブレーンのひとりはこう語っていました。

「こちらの立場からいえば、日本には失望した。ただし見方を変えれば、安倍首相が安易な合意を避けて粘ったということでもある。日本にとってはよかったのだろう」

ボストンのアジア情勢に詳しい知識人たちも同様に、日本に失望したとしつつも「アメリカ側の準備も足りなかった」と口をそろえます。もちろん、訪日によって協議にいくらかの進展はあったでしょうし、今後も閣僚級の協議が続けられるとのことですが、少なくともアメリカが望んでいたような成果が得られなかったことは間違いない。

これに一番ホッとしたのが中国です。中国も表向きはTPPに反対してはいませんが、自国が参加していないこの貿易協定が“対中牽制(けんせい)”という一面を持っていることも当然、理解している。本音としては、交渉の進展は遅ければ遅いほどいいと考えているはずです。

一方、中国が猛反発したのが、日米首脳の共同会見でオバマ大統領が「尖閣(せんかく)は(アメリカの日本防衛義務を定めた)日米安全保障条約第5条の適用対象だ」と述べたことです。

この発言については、日本メディアも「オバマ大統領が尖閣防衛に協力すると断言した」というニュアンスで大々的に報じていました。

尖閣をめぐる中国の姿勢には明らかな変化が見える

しかし、冷静に考えれば、これは単に、1960年に締結した日米安保条約の内容を繰り返しただけです。過去を遡(さかのぼ)れば、96年のクリントン政権時にキャンベル国防副次官補が、2004年のブッシュ政権時にもアーミテージ国務副長官が、同じことを言っている。オバマ政権下においても2010年にヒラリー・クリントン国務長官が同様の発言をしています。

実際には何も変わっていない。中国政府もそれをわかった上で、あくまでも国内世論対策として“猛反発”をしたにすぎないといえます。

ただ一方で、尖閣をめぐる中国の姿勢には明らかな変化が見えます。日本で前述の共同会見が行なわれた後、ハーバード大学で講演を行なった駐米中国大使の崔天凱(さいてんがい)氏は、

「アメリカは『領土問題についてはノーサイド』と言いながら、実際には(日本側の)サイドを取ったように私には見受けられた」

と発言。司会をしていた元米国務次官のニコラス・バーンズ教授が、「私から見ると、オバマ大統領は『主権』という意味では、どちらかの肩を持ってはいない。あくまでも実効支配という意味で話をした。その背景には、72年にアメリカが日本に尖閣諸島の施政権を移譲したという歴史的事実がある」

と返すと、崔天凱氏はこう言い放ったのです。

「われわれはそんな事実を認めたことは過去に一度もない」

長く続いてきた中国の“尖閣問題の棚上げ状態の黙認”という姿勢が本格的に変化したのは、野田政権が尖閣諸島を国有化してからです。それがいよいよ、日本の「実効支配」までも認めない、とはっきり言い始めている。これはアメリカの政策ともぶつかる主張で、情勢は新たな局面に突入したといえるでしょう。

今回のオバマ訪日によって日米関係に変化は見られず、一方で中国の出方は確実に変化しつつある。それでも「アメリカは日本を守ってくれると言った」などと能天気でいられるのなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修 了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サン マーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/