アメリカや日本、そして多くのヨーロッパ諸国が不況に苦しむなかで、メキシコが元気いっぱいです。そのパワーの源はどこにあるのでしょうか?

近年は多くの国が同時不況にあえいでいますが、一方で好景気に沸く国がないわけではありません。

そのひとつが先日、ぼくが仕事の関係で訪問したメキシコ。今年に入り、アメリカの格付け会社ムーディーズは、メキシコ国債を最も信用度の高い「A3」ランクに引き上げました。中南米諸国で国債格付けがA3になったのは、チリに次いで2ヵ国目。ゴールドマン・サックスの中南米担当エコノミストは、メキシコの格上げは妥当で、政府が推し進めた大規模な構造改革により経済成長が見込まれる、と分析しています。

事実、最近ではアメリカへ出稼ぎに行っていたメキシコ人たちが、続々と母国へ戻ってきているそうです。差別にあったり、低賃金で働かされるアメリカよりも、勢いがあるメキシコ国内のほうが仕事が多く、条件も良好と聞きます。

首都メキシコシティのカフェに入った際、昨今の好景気を象徴する現象に直面しました。女性店員に話しかけたところ、彼女はメキシコ人ではなくスペイン人だったのです。彼女の話では、同じように大西洋を渡り、メキシコに“出稼ぎ”に来ている同胞が数多くいるといいます。

確かに、現在のスペイン経済は最悪の状態で、若年層の失業率は50%以上ともいわれる。しかし、それにしてもスペインはメキシコの旧宗主国です。かつてはメキシコからスペインへの出稼ぎが普通だったのに、今や逆転現象が起こっている。スペインが「先進国」かどうかについては議論があると思いますが、いずれにしてもヨーロッパの歴史ある国から、メキシコのような新興国へ労働力が流れるというのは、新しい時代の潮流といえるでしょう。

また、メキシコシティのアメリカ大使館の横にあるスターバックスで知り合いになったメキシコの経済学者はこう話していました。

「ヨーロッパは不況とはいえ、機関投資家はまだまだマネーを保持している。しかし、ヨーロッパには肝心の投資先がなく、代わりに景気のいいメキシコのインフラなどに投資しているのが現状だ」

現在のメキシコには、ヨーロッパから労働力とマネーの両方が流れ込んでいるというわけです。

“言葉”で感じた「ザ・エスパニョール」の強さ

それともうひとつ、現地で痛感したのが「ザ・エスパニョール」という底知れぬパワーです。日本人の場合、海外に活路を見いだそうとする際にまずぶつかるのが言葉の壁。しかし、先のスペイン人女性は「スペイン語が通じるから」という理由でメキシコを選んだ。中南米諸国で広く使われ、国連の公用語のひとつでもあるスペイン語は、国境を越え、地球規模で労働力やマネーを動かしているのです。

反対に、アメリカの隣国であるにもかかわらず、メキシコでは意外と英語が通じませんでした。アメリカが国際社会で覇権的な地位を築けたのは、基軸通貨の「ドル」と共通言語たる「英語」のおかげだといわれますが、少なくとも英語というソフトの力は、日本人が考えているよりずっと限定的。スペイン語圏に限らず、フランスやドイツ、スイスやロシアでも、街中ではなかなか英語が通じないというのが現実です。

観光地カンクンのレストランで、英語を話せない女性店員に悪態をついているアメリカ人男性ふたり組がいました。聞いていて腹が立ったので、ぼくはこう言ってやりました。

「ゆっくり礼儀正しくしゃべれ! それができないならスペイン語で話せ。ここはメキシコだ! アメリカ合衆国の主権は及んでいない!」

グローバリゼーションの時代を生きるぼくたちにとって、他国の言語文化をどう尊重し、そこにどう対応するかというのは新たな挑戦といえます。自分たちの価値観や文化を無理やり押しつけて、質の高いコミュニケーションが生み出せるというなら、その理由を逆に教えて!!

●加藤嘉一(かとう・よしかず)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/