与党が今国会での成立を目指している「労働者派遣法」の改正案。野党や労働者からは、「“永久”派遣社員を生む」「正社員切りが加速する」と指摘され、現在も激しい議論が続いている。
今回の改正案のポイントを簡単に言うと、「すべての業種で、人や部署を変えれば、企業は原則として派遣の受け入れが永久に認められる」というもの。
今まで、3年を超えても同じ職場で働くことが認められていたのは、ソフトウェア開発者や機械設計関係などの「専門26業務」。今回の改正案ではこれを撤廃し、なおかつ労働組合等がOKすれば、3年ごとに延長することが可能になる。つまり企業は、いつでも首切りができてコストも安い派遣労働者をずっと使い続けることが可能になるのだ。
結果として「正社員切り」も加速することが考えられる。民主党の山井和則氏が指摘する。
「派遣の規制緩和で正社員を雇う会社がどんどん減ってくると、若い世代がこれから正社員になれない社会になってしまう。さらに、今安定した雇用にある正社員も、低賃金労働の派遣にどんどん置き換えられていってしまいます」
実際、正社員から派遣への置き換えを行なっているケースはすでにあるという。派遣法に詳しい宮里邦雄弁護士は語る。
「私が扱った事件で、会社が正社員に退職を迫り、派遣会社を通じて今の職場で引き続き働いてくれた場合には、そのまま継続雇用するというものがありました。応じた人にはあらかじめ提示した退職金を支払うが、応じなければ一方的に整理解雇です。労働者としては、首切りで放り出されるよりはマシなため応じやすい。中小零細企業では、そういうことがやりやすくなるのではないでしょうか」
確かにこれなら、企業は人を入れ替えずに人件費コストを抑えられる。だが、正社員から不安定な非正規雇用にさせられた労働者にしたら、理不尽な仕打ち以外の何物でもない。
現在、正社員として働いている人たちの多くは、「派遣法の改正は一部の派遣労働者だけに関係あること」と興味を持っていないかもしれない。しかし、このように突然、自分の身に降りかかるかもしれないし、子供世代は選択肢が派遣しかない可能性だってあるのだ。
欧州と日本の派遣制度の違いとは?
一方で、正社員が大規模整理されるとの見方は性急すぎると語るのは、リクルートワークス研究所主任研究員の中村天江氏だ。
「国際人材派遣事業団体連合がまとめた派遣浸透率を見ても、2012年に派遣が5%を超えた国は南アフリカと中国だけです。つまり、派遣社員のニーズには一定の適正値があると考えています」
経団連も「(社員と派遣とで)置き換え可能な仕事がどれだけあるか考えると、正社員の数は大きくは変わらない」(広報)という。
しかし、前出の宮里弁護士は、海外で派遣が一気に拡大しないのは、制度上の違いがあるからだと指摘する。
「欧州で派遣が増えないのは、正社員と派遣労働者の間に均等待遇の原則があるからです。同じ仕事なら同じ賃金を支払う必要があり、派遣を使うコストメリットが少ないことが歯止めになっている。ところが、日本は均等処遇を推進する努力義務はありますが、法的義務がない。あくまでも予測ですが、常用代替防止の規制がなくなることで、正社員の派遣への置き換えが進む可能性は否定できないと思います」
その場合、具体的に正社員が派遣に置き換わる可能性が予想されるのは、工場勤務などの製造業や現場作業といった単純労働だ。また、賃金コスト割合が高い労働集約型産業も対象になるとの見方があり、接客業などが該当する。
安倍首相が掲げる「企業が世界一活躍しやすい国」。企業を最優先に考えるこの改正案だが、すべての企業は労働者によって支えられていることを忘れてはならない。
(取材/桐島 瞬)