異国の地に渡った中国人が集まり、自分たちの文化を継承しているチャイナタウン。そこには、ある意味で現在の中国よりもっと「中国らしい」空気が広がっています。
ぼくは外国へ出張したり、旅に出るとき、まずその街にチャイナタウンがあるかどうか調べます。中国研究という自分のライフワークのために、移民あるいはその2世、3世たちがどのように暮らしているのか知ることは意義深いですし、「まともなものを食べたければ中華料理に大外れなし」という理由もあります。
先週の本コラムでキューバを旅した話を書きましたが、実はその首都ハバナにもチャイナタウンがありました。社会主義国家という共通点があることから、中国政府はハバナのチャイナタウン存続にひと役買っているそうで、チャイナマネーによって漢字の道路標識などのインフラ整備が進んでいます。
ただし、不思議なことにハバナのチャイナタウンには“中国のにおい”がなかった。当地に100人ほどいるとされるキューバ籍中国人も、スペイン語を話し、(キューバでは食料が配給制のため)食文化も継承されていないなど、現地に同化していた。このような中国・中国人なき「形骸化したチャイナタウン」を見たのは初めての経験でした。
これまでぼくが訪れたチャイナタウンは、アメリカならボストン、シカゴ、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ワシントンDC。ほかの国ではロンドン(イギリス)、トロント(カナダ)、シンガポール(シンガポール)、そして日本の横浜・中華街。特殊な事情のあるハバナを例外とすれば、各国のチャイナタウンは「中国以上に中国らしい場所」だったといえます。
自ら移民してきた人たち(1世)は、寄り集まって自分たちの生活様式や文化を守り、子孫もそれを引き継いでいく。中国人同士で物資を売買し、現地の言葉ではなく中国語(方言含む)を話し、家族や親族の絆を何より大切にする。近年やたらアメリカナイズされている北京や上海より、よほど「中国らしい」のです。
国ではなく“中華文明”を継承
現在、異国にいる中国人は少なく見積もっても3000万人いるといわれます。彼らはどこの国でも自分たちの居場所―つまりチャイナタウンをつくり上げ、それが新たに移民してくる中国人の受け皿にもなっている。同郷の人間が暮らし、母国語が通じ、祖国の料理が食べられる。中国人にとってこれほど安心のできる場所はありません。
考えてみれば、この状況はアメリカとは対照的です。アメリカは国家のグローバル戦略として、あらゆる人材を世界中から呼び込む移民政策をとっている。逆に中国は、人材を積極的に外へ送り出している(当の移民たちにその自覚があるかどうかは別問題ですが)。こうした二大国の“方法論”の違いは興味深いものがあります。
ところで、特に北米のチャイナタウンでは、中華人民共和国ではなく「中華民国」の国旗がしばしば掲げられています。ぼくは当初、台湾系の移民が多いのか、それともアンチ中国共産党なのか……と想像をめぐらせていたのですが、どうやら、1949年の中華人民共和国建国以前に移民してきた人々が多くいるという背景があるようです。
言い換えれば、北米の多くのチャイナタウンは、現在の中国という国家が建国される前から脈々と存在しているということ。これはすごいことです。例えば明日、中国共産党政権が何かのきっかけで崩壊したとしても、彼らはどこ吹く風で、大した影響を受けることもなく日常が自然と継承されていくでしょう。
チャイナタウンは現在の中国という国家ではなく、“中華文明”を軸に成立している。だからこそ、そこには中国人の思考回路や行動原理が凝縮されているのです。日本人が中国というものを深く知りたいと思うなら、まずはチャイナタウンに注目すべきでしょう。これ以上の“生きた教材”がほかにあるというなら、逆に教えて!!
●加藤嘉一(かとう・よしかず) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/