のべ324隻――。今年1月1日から6月17日までの間に、東シナ海・尖閣諸島周辺の日本の接続水域内に入域した中国船の数だ(海上保安庁発表。このうち36隻は領海侵犯)。
この海域に押し寄せてくる船の大半は、中国の海洋保安機関である「海警局」の公船だ。これに対して、日本側は“海の警察”と称される海上保安庁(以下、海保)の巡視船がローテーションで当該海域をパトロールし、警告などの対応策をとっている。
要するに、国家間の領土をめぐる問題が浮上している海域で、海軍ではなく“保安組織同士”がにらみ合っているのだ。欧米諸国では、海軍が「警察権」を行使し、沿岸や領海を警備しているのが常識であり、日本の状況は“世界的に異例”ということになる。
だが日本にも、軍備力を持つ海上自衛隊(以下、海自)がいる。それにもかかわらず、なぜ海保に海上警備を任せたままになっているのか?
元海上自衛隊幕僚長の古庄幸一氏はこう説明する。
「他国の軍隊は、海上での警備活動において日常的に『警察権』が付与されていますが、法律上、自衛隊は軍隊ではないため、同じことができません。海保が対応できないほど強力に武装した相手が現れたときなどに、内閣総理大臣の承認という手続きを経て防衛大臣より『海上警備行動』が発令され、初めて警察権が付与されます」
世界各国の沿岸警備組織を取材した経験のあるフォトジャーナリストの柿谷哲也氏も、こうつけ加える。
「アフリカのジブチ沖で展開されている海賊掃討作戦においても、海自の特異性がよく現れています。各国の海軍は、海賊を拿捕すると海軍兵が手錠をかけ、艦内の監獄につなぎ、地元の司法機関に引き渡します。一方、海自は海賊を拿捕すると、海自艦に同乗している海保職員に形式上、逮捕という行為を代行してもらわなければならない。一国だけルールがまったく違うのです」
日本が海自を出動させれば中国の思うつぼ
つまり、現行法では海自が日常的に沿岸警備を行なうことは不可能であり、そのため、軍備のない海保が中国船への警告などを行なっているということになる。
前出の古庄氏によれば、自衛隊法を改正して「領海などの警備」という任務内容をつけ加えれば、法律的には海自が警備をすることもできる。ただし、仮にそれが実現しても、今度はまた別の問題が浮上してくるという。
「中国が尖閣近海に送り出している海警局の公船は、あくまでも保安機関という位置づけ。ここに日本が海自を出してしまうと、『日本は、わが国の海警に対して軍艦を派遣してきた』と大騒ぎして国際世論に訴え、中国側も海軍を派遣してくるでしょう。仮に本格的な戦闘にならなくても、尖閣に領土問題が存在することを既成事実化したい中国の思うつぼです」(前出・柿谷氏)
自衛隊は日本国内法においては「軍隊ではない」のだが、国際的には明らかに「軍隊」と見られている。中国はこの“ダブルスタンダード”を理解し尽くしており、尖閣近海にあえて軍艦を出さず、海警による領海侵犯ラッシュという手段を選ぶことで、自衛隊というカードを完全に封じ込めているわけだ。
(取材/小峯隆生、協力/世良光弘)
■週刊プレイボーイ27号「『戦争せずに東シナ海を守る知恵』は日本にあるか?」より