安倍政権は暴走したわけではないが、一党支配のため議論がなかったと指摘するマーティン氏

日本の将来を大きく左右する集団的自衛権の行使容認問題。日本にとって本当に必要なことなのか、それとも安倍内閣の暴走か? 今回は、もっとも日本と関係の深いアメリカ、そして米中を横目に見つつ紛争を抱える大国ロシアのジャーナリストに聞いた。

■中国と尖閣問題で争うのは、アメリカにとって明らかに不利益

東京大学の大学院に学び、日本滞在は通算14年。2005年から『ニューヨークタイムズ』東京支局に勤務し、現在は支局長を務めるアメリカ人のマーティン・ファクラー氏は、あくまで日本の問題だが、場合によってはアメリカへ不利益になるという。

***アメリカの反応は「日本がようやく一人前の同盟国になった」と喜ぶ声ばかりではありません。これまで日本がイラク戦争などで行なってきた後方支援、またODA(政府開発援助)で経済的に他国の発展に協力する姿勢を評価して「それが日本の役割だ」と考える人もいるのです。

今回の閣議決定の背後にアメリカからの強い要求があったという見方をする人もいますが、それは1990年代から継続しているものだし、安倍政権の暴走とも思いません。アメリカは今回の閣議決定に対し、日本の防衛省や外務省がすでに決めていた方向に沿った“官僚主導のもの”という見方をしています。

確かに安倍首相個人としても日本を「戦争ができる“普通の国”にしたい」というビジョンを持っていたでしょう。しかし、彼の意思だけで今回の決定ができるほど日本の首相の権力は強くないと思います。自衛隊の軍備拡張を見ても、民主党・野田政権の時代から続いてきたものです。

選挙目的の自民党が招いた“妥協”の結果

民主主義という視点から見れば、残念なのは今回の「結果」よりも、その「過程」です。今回の問題は「日本をどういう国にするか」という国家の根本に関わる非常に大きなテーマ。なのに、ほとんど議論がなかった。

これは、現在の自民党による一党支配が原因です。私は2009年、民主党政権が誕生したときに「ようやく日本も二大政党制になった」と喜んだのですが、今回も自民党に対抗できる大きな勢力があれば活発な議論が行なわれたはずです。

自民党の内部にも日本の集団的自衛権行使に反対する人たちはいますが、そこでも議論ではなく、あったのは「妥協」だけ。なぜ、こういうことが起こるかというと、簡単に言ってしまえば自民党というのが政策理念ではなく選挙目的、政権維持のための集団だからです。アメリカでいえば共和党と民主党が一緒になったようなもの。これでは議論などできない。

今回の決定の理由を、日本人は尖閣諸島の問題と結びつけるかもしれませんが、この問題は最終的には「日本をどういう国にするか」に関わってきます。現在の憲法を尊重するなら、平和的に解決すべき。憲法が現実的でないのなら改正すべきです。

そして、アメリカのスタンスとしては「中国との関係を悪化させたくない」。無人島である尖閣の問題で中国と戦争になることは、アメリカにとって明らかに不利益。もし、中国の武力攻撃があっても、アメリカが日本より先に軍事行動を起こすことはあり得ません。尖閣問題は、あくまでも日本が個別的自衛権の範囲内で解決すべき問題だと思います。

ロシアでは“考えられない”こと?

■皮肉にも、安倍内閣の決定によってロシアは中国と接近する

続いては、旧ソ連の末期1991年からロシアの『イタル・タス通信』東京支局長を務めるヴァシリー・ゴロブニン氏だ。

***今回の問題に対するロシアの関心はゼロに近いといえるでしょう。なぜならば旧ソ連の時代から、アメリカとの有事を想定したシミュレーションでは、日本も韓国も同盟国であるアメリカのために行動するという認識が根づいているからです。つまり、日本の集団的自衛権行使は冷戦時代から想定済み。なので、ロシアでは、安倍内閣の閣議決定は日本の内政問題という受け止め方です。

また、ロシアでは集団的自衛権の行使は議論の余地もない当たり前のことでもある。むしろ、これまで「アメリカを狙ったミサイルが自国の上空を通過するときも撃墜することはできない」としてきた日本の態度のほうが興味深く見られていました。ただし、今回の“解釈改憲”という手法はロシアでも評判が悪い。憲法の条文よりも、その解釈のほうが重要な意味を持つというのは、ロシアでは考えられないことです。

もし、憲法9条が曖昧(あいまい)な言葉で書かれているなら、多様な解釈が可能というのもわかります。しかし実際にはとてもわかりやすい文章です。「戦力の不保持」が明記されていながら自衛隊という実質的な軍隊が存在することは矛盾ですが、世界中でほとんどの国が軍隊を持ち交戦権を認めているのに、日本だけがそれを許されないというのも非常に奇妙な話です。

また、国際情勢でアメリカの影響力が低下している現在、日本が安全保障の面でアメリカの軍事力だけに依存するのは危険なことだとも思います。そういった状況を脱し日本を“普通の国”にしたいという考えに対しては、私は個人的に賛成です。

集団的自衛権が及ぼす米露のパワーバランス

集団自衛権行使容認をすでにロシアは予測し、今後は中国を手なずけるシナリオを描いている、というヴァシリー氏

自衛隊は世界的に見ても強力な“軍隊”ですが、それ以上の軍事大国であるロシアにとってはそれほど大きな脅威ではありません。現在の極東アジアの情勢で、ロシアが最大の脅威と感じているのは中国の存在です。その意味で、今回の閣議決定は、ロシアにとって有利な方向に働くものだと考えています。

なぜなら、集団的自衛権の行使を容認したことは「日本がアメリカの軍事行動に参加しやすくなる」ことを意味します。ロシアは現在、ウクライナの問題などでアメリカとの対立を深めていますが、中国も日本との間で尖閣諸島の問題を抱えている。

そういったパワーゲームのなかで考えられることは、集団的自衛権の行使容認でより密接な関係となった日米同盟を牽制(けんせい)する目的で、中国がロシアに接近してくることです。ロシアにとっては極東アジアにおける最大の脅威を手なずけることになり、この地域での影響力が大きくなる。そんなシナリオをロシアは描いていると思います。

(取材・文/田中茂朗 取材協力/川喜田 研)