「規制改革は成長戦略の一丁目一番地」。第2次安倍政権の成立とともに、再び政治の中枢へと返り咲き、規制緩和、構造改革路線の旗振り役を務める竹中平蔵氏。
経済学者として、元政治家として、政府諮問会議の民間議員として、そして人材サービス「パソナグループ」の取締役会長として、いくつもの異なる「顔」を巧みに使い分けながら、長年にわたって日本の構造改革路線をリードし続けてきた「竹中平蔵」とは何者なのか? そして何が彼を今日のポジションにまで押し上げたのか?
『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』著者の佐々木実氏は、そんな竹中氏の生い立ちにまでさかのぼり、数多くの関係者への綿密な取材を重ねた。彼が歩んできた時代背景を交えた深い考察を通じて、「改革に憑(つ)かれた経済学者」の肖像を描き出していくのが本書だ。
―書き手のエネルギーを感じる読み応え満点の力作でした。「竹中平蔵」の何に、ここまで興味を引きつけられたのですか?
佐々木 最初はごく普通の人物ノンフィクションを書こうと思っていたんです。雑誌に連載した記事をベースに単行本化しようと思っていたのですが、何かが物足りない、いまひとつとらえきれていないという感覚があって、そこからズルズルと8年もかかってしまいました……(苦笑)。
「自分がここまでこだわってやり続ける理由ってなんなんだろう?」と自問自答し、自分が書きたいのはオーソドックスな評伝じゃないと思い始めた。「竹中平蔵がなぜこの時代に表舞台で花開いたのか?」という問いが大きくなっていったのです。そんなわけで雑誌連載当時と比べると、本になった内容や構成は大きく変わってます。
彼を表舞台へと引き上げた「時代」のタイミング
―それは「竹中平蔵」という人物そのものより、彼を表舞台へと引き上げていく「時代」というか、タイミングみたいなものへの興味ということですか?
佐々木 彼が初めて正式に政府のブレーンみたいな形で出てくるのが1998年、小渕政権が設立した経済戦略会議の民間委員としてなんですね。
この98年に、不良債権問題で長銀(日本長期信用銀行、現在の新生銀行)や日債銀(日本債券信用銀行、現在のあおぞら銀行)が立て続けに潰(つぶ)れました。都市銀行などよりも格の高い銀行として認知されていたのですが、あっけなく経営破綻した。
同じ年、銀行を監督する大蔵省(現在の財務省)も接待汚職事件を起こしました。霞が関官僚の頂点に立つ大蔵省に、東京地検特捜部が家宅捜索に入ったのです。100人を超える大蔵官僚が省内で処分を受け、大蔵省の威信は失墜しました。
日本のエスタブリッシュメントがガラガラと崩れ始めたとき、竹中さんが政治の表舞台に登場してきたのは象徴的でした。ちょうどこの頃から、構造改革、規制緩和といった流れが本格的に始まるのです。起点となった98年以来、現在に至る「改革」の流れのまさに中心にいるのが「竹中平蔵」という人物なのです。
経済学者としての主張はカメレオンのよう
―その「変化」というか、「竹中平蔵的なモノ」というのが、いわゆる「新自由主義」というものなのでしょうか? イマイチ、その意味がわからないという人も多いと思うんですが?
佐々木 うん、新自由主義とか市場原理主義とか、確かに難しいですよね。カギは「金融」だと思うんです。先ほど言ったように、日本の社会が大きく変化するのは、不良債権問題で金融界が総崩れになったときからです。
実は同じ時期、アメリカでは金融界の規制が次々と取り払われ、投資銀行などが世界を股にかけて活発に活動し始めています。アメリカ金融界を象徴する、いわゆる「ウォール街」がかつてない強大な力を持つようになり、マネーに基づいた価値観が世界を席巻していくのです。
そんな時代に小泉政権下で竹中さんが進めたのが小泉構造改革でした。金融担当大臣を務めた竹中さんは、日本の不良債権を狙う外資が大量に流れ込んでくるのを助ける行動を取っていました。本書でも触れていますが、読売新聞社の渡邉恒雄氏は「竹中大臣はゴールドマン・サックスやシティバンクを日本の市場に連れてくると言っていた」と証言しています。
竹中さんが制度設計を担当した郵政民営化の本当の狙いも、郵政公社が抱えていた巨額の金融資産を国際的な市場に開放することだったと思います。わかりやすく言えば、「ウォール街」に差し出したということですね。
―ただ、竹中氏は常日頃、そうした「構造改革」や「規制緩和」が結果的に日本を元気にするのだと主張していますよね?
佐々木 面白いのは、彼の主張には必ずしも一貫性がないことです。例えば、90年に決着した日米構造協議でアメリカから、「アメリカに輸出するばかりじゃなく、内需を拡大しなさい。そのために、日本は公共工事を10年間で430兆円やりなさい」なんて約束させられると、竹中さんはアメリカの尻馬に乗ってそれを支持しちゃう。
ところが、小泉政権時代には「財政が逼迫(ひっぱく)しているなかで、公共事業を増やすなんてとんでもない」と主張していた。立場や状況が変わると、意見まで180度変わってしまうわけです。
確かに彼自身の行動は新自由主義的なんだけど、経済学者としての主張の色合いはカメレオンみたいに変化していくのです。
「構造改革」で日本の社会はよくなったのか?
―そもそも竹中氏は経済学者なのか、政治家なのか、それとも企業の経営者なのか、本当の立ち位置がよくわからないですよね?
佐々木 その点もカメレオンみたいですよ。先日もある討論番組で、「人材派遣会社のパソナグループ取締役会長でもあるあなたが、政府の産業競争力会議や国家戦略特区諮問会議のメンバーとして労働市場の規制緩和、人材派遣会社への助成金を増やせと主張するのは、利益相反じゃないか?」と指摘されました。それに対して竹中さんは、「自分は有識者として会議に参加しているので問題ない」と、顔を真っ赤にして怒りました。
パソナ取締役会長なのに、政府のブレーンとして人材派遣会社に有利な発言をするときには、「慶應大学教授」の肩書を使うんです。そんな都合いい使い分けが通用するはずないのですが、どうやらご本人はそれで問題ないと思っているらしい。
―今後、いわゆる「竹中平蔵的」な政策が推し進められていくことで、僕たちの生活にどんな影響があるのでしょうか?
佐々木 3人に1人以上が非正規雇用というひどい状況は、構造改革がもたらした結果です。経済政策の話は確かに難しい。でも、回り回って結局、ひとりひとりの生活に大きな影響を及ぼしてくるものなのです。
安倍政権下で竹中さんが進めようとしている構造改革のメニューは、医療改革や農協改革など小泉政権時代の改革メニューとほぼ同じです。98年からだと16年、その前も含めるとかれこれ20年近くも「構造改革」を進めてきて、日本の社会は本当によくなったでしょうか。少なくとも、手放しで成功したと言う人はいないでしょう。
竹中さんが主張する、外国人投資家にとって魅力的な社会が、われわれにとって魅力的な社会なのか? そもそも構造改革とはなんだったのか? この本が、一度立ち止まって考え直すきっかけになってくれればと願っています。
(構成/川喜田 研 撮影/岡倉禎志)
●佐々木 実(ささき・みのる) 1966年生まれ、大阪府出身。91年、大阪大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社。東京本社経済部、名古屋支社に勤務。95年に退社し、フリーランスのジャーナリストとして活動している。本書で、第45回大宅壮一ノンフィクション賞、第12回新潮ドキュメント賞を受賞
■『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』 講談社 1900円+税 郵政民営化や不良債権処理など、小泉政権で構造改革の司令塔役を果たし、現在も日本の改革路線の一線にいる竹中平蔵氏。この人物はどこから現れ、日本をどこへ導こうとしているのか? 8年に及ぶ綿密な取材から解き明かす改革に憑かれた経済学者の正体とは?