「賛成・反対」の二元論と、議論より情緒で政策をゴリ押しする「安倍1強」政権の是非を問いながら、メディアの功罪も検証する清水克彦氏 「賛成・反対」の二元論と、議論より情緒で政策をゴリ押しする「安倍1強」政権の是非を問いながら、メディアの功罪も検証する清水克彦氏

アベノミクス、TPP、原発再稼働、秘密保護法の制定、憲法9条の解釈改憲……。「決める政治」というキャッチフレーズの下、この国の将来を大きく左右する「選択」を国民に次々と迫ってきた安倍政権。

野党はおろか、自民党内にも有力な抵抗勢力が存在しない「安倍1強」状態のなかで、本来はじっくり議論されるべき政策課題が単純化され、「賛成か、反対か?」という表面的な二元論になっている。そんな現状に警鐘を鳴らすのが、今回紹介する清水克彦さんの新刊『安倍政権の罠』だ。

在京ラジオ局・文化放送で長年、政治記者として活躍してきた清水さんが、安倍政権が迫る「選択」の中身を掘り下げてわかりやすく解説。また、政治が単純化されることの恐ろしさや、「共犯」として、そうした状況をつくり上げたメディアのあり方についても一石を投じる内容となっている。

―安倍政権成立から1年7ヵ月、「決める政治」が着々と推し進められているなかで、清水さんがこの本を書かれようと思われた具体的なきっかけは?

清水 民主党政権の3年間は「決められない政治」といわれていました。それが安倍政権に変わった瞬間、一気に「決める政治」になったはいいけど、今度は「ちょっと待てよ、決めすぎる政治ってのも問題あるんじゃないの?」という疑問がわいてきたわけです。

安倍さんが今やろうとしていることは私たちの生活に密着するものばかり。それも向こう10年20年後の日本の国のあり方を大きく左右しかねない重要な問題です。それを数の力でどんどん決めている。しかも、今、野党が弱いので、政権に対するチェック機能も働かないわけですよね。あえて言えば唯一の野党は、連立与党を組んでいる公明党ぐらいですからね(笑)。

そうなると、せめてマスメディアがチェック機能を果たさなければいけないのに、現実にはそれも果たせていない。どのメディアも単に「この問題に対して賛成ですか、反対ですか」と投げかけるだけで、具体的に何が問題なのか? 将来、どんな影響が予想されるのか?……といったことまできちんと提示してくれるメディアがほとんど見当たらない。

正直、これはやばいな、というふうに感じていて。それでまあ、今論じられている諸問題を自分なりに整理して書いてみようかな、と思ったんですね。

政治家側があえてテレビっぽい演出をしている

―確かに、いわゆる「解釈改憲」の問題にしても、ほとんどの人が「集団的自衛権」の意味を理解できないまま「賛成か反対か?」を迫られています。安倍政権は国民に正しく理解をしてもらうよりも、「情緒」に訴える戦略を重視しているように見えます。

清水 20世紀の自民党一党独裁政治の頃に比べると、一般の人たちの政治に関する関心は高まったと思うんですよね。それはやっぱり小泉内閣の5年5ヵ月というのがかなり大きい。あれがメディアによる政治のワイドショー化を定着させたんだと思います。

ただ、そのせいでメディア・リテラシーの欠如というか、問題の表面だけ見て感情的に「原発再稼働なんてとんでもない!」「TPPで農業はダメになるんじゃないか?」「集団的自衛権で、憲法の解釈を勝手に変えるのはマズイだろ?」となっている。メディアもそれぞれの問題の良い面・悪い面を両方見せず報じているから、表面だけ見てジャッジをしている。そういうところに危険性を感じるんですよね。

―今「政治のワイドショー化」という言葉がありましたが、それは問題を単純化、イメージ化して伝えてしまうメディアの姿勢による部分が大きいわけですよね?

清水 かつてのような、まだ世の中のスピードがそんなに速くない時代ならメディアの報道が追いついていけたと思うんですね。ところが今は、もう本当にトントンと事が進むので、メディア側の理解が追いついてない。さらに、イロハの「イ」どころか「ロ」まで割愛して報道してしまうので、見る側の理解も追いつかず、感情論に走らざるを得ない……。そういう状況をメディア側がつくり上げている気がすごくしますね。

そうなると、政治家側が、そうした状況をわかった上で、あえてテレビっぽい演出をする。

記憶に新しいところでは、集団的自衛権も、最初に安倍さんが記者会見でフリップを用意して、「現状ではこういう問題があります。これで果たしてアメリカとうまくやっていけるでしょうか。日本人を守れるでしょうか」と説明されると「そうだな」と思う人もたくさんいると思うんです。

国会の論戦を聞いていても、与党も野党もフリップを作って、予算委員会の席でテレビカメラにそのフリップを見せながら質問をするという、もうテレビ向けの形になっている。しかも割とシンプルに聞いて、シンプルに答える。そしてそのシンプルさに、問題の本質が覆い隠されてしまっている面がある。

弱っていても野党の力が必要

―実際、官邸側のほうがイメージや情緒に訴えるアピール効果を深く計算していて。自分たちの主張に論理性がなくても、うまくイメージさえ演出できれば、それだけで物事は動くと「見切っている」感じはあります。

清水 それは、この本の中にも書きましたけど、やはり菅義偉(すがよしひで)という官房長官の存在がすごく大きくて、向こう3ヵ月、半年、場合によっては1年ぐらいを見越して、今の戦略を打っている節がある。

例えば、集団的自衛権を多少強引に進めているのは、それと並行して拉致問題が動いていて、おそらく何人か帰ってくるって目星が立っているからではないでしょうか。多少支持率が落ちても、拉致被害者が何人か帰ってくれば、そこである程度リカバリーはできると見ているのでしょう。

また、7月から9月のGDPを見て、来年秋に消費税を10%にするかどうかの判断をするわけですが、これもある程度いい数字が出るとの見通しが菅さんには見えているから多少強引にいける。

自分が全体を俯瞰(ふかん)し、すべての情報を握りながら、「軍師」という役割に徹し、必ず一歩下がったところで安倍さんを支える。これは恐ろしい官房長官だと思います。

―単純なイメージで動く国民と、それを積極的に利用する優れた「軍師」の存在。その上、表面的な報道でメディアまでその片棒を担ぐとなると、この先、「安倍政権」の未来は盤石ですよね?

清水 私はメディアだけで「安倍1強」を監視したり、戦ったりというのは難しいと思います。弱っているとはいえ、ここはやっぱり野党の力を借りる必要があると思うんです。かつての自民党対社会党の時代には、パワーで言えば自民党の半分しかなかった社会党でも、発信力の面ではそれなりのモノを持っていました。ところが、今、党の分裂や合流など「政局」以外で野党に関する記事ってほとんどありませんよね?

いかに弱体化した野党だろうと、その人たちの主張も記事として、あるいは番組として扱うことで、安倍さんの政策の対立軸として見せてあげる必要がある。

確かに民主党政権はダメでしたが、少なくとも「与党」として「内閣」を経験している。そういう組織が自民党とは別にもうひとつあるわけですから、失敗の反省を踏まえた上で、彼らにももう一回チャンスを与えられるように仕向けていかない限り、国会の議論も深まらないと思いますね。

●清水克彦(しみず・かつひこ) 1962年生まれ、愛媛県出身。文化放送入社後、政治・外信記者を経てアメリカに留学し、帰国後、国会キャップ、キャスター、江戸川大学講師などを歴任。現在はニュースデスクとして文化放送各番組で活躍。著書に『「政治主導」の落とし穴 立法しない議員、伝えないメディア』ほか多数。公式HPは【http://k-shimizu.org/】

■『安倍政権の罠 単純化される政治とメディア』 平凡社新書 780円+税 日本を大変革させる諸問題を国会での議論もなく強引に推し進める安倍政権。本書では、TPP、憲法改正、原発再稼働と普天間基地、教育再生……など安倍政権が進める政策の是非を問いながら、それをチェックすべきマスメディアの功罪も検証。国会審議が止まっている今こそ必読の一冊