中国共産党にとって深刻な統治リスクと化している少数民族・ウイグル族の問題。爆破テロ事件が相次ぐなか、習近平(しゅうきんぺい)政権の対応姿勢に注目が集まっています。
中国の習近平国家主席が現在最も気をもんでいるのは、対日外交や南シナ海情勢でもなければ、国内の経済状況でもない。カギカッコつきの「内政」に属するウイグル族の問題ではないかと思います。
昨年10月には北京で「天安門広場自動車突入事件」が起き、日本でも大きなニュースになりましたが、今年に入ってからも中国ではウイグル族が絡んでいるとされる爆破テロが各地で発生しています。7月28日にも、新疆(しんきょう)ウイグル自治区の政府庁舎が襲撃される事件が発生。当局の発表によれば、37人が死亡、215人が逮捕され、警察は59人の“暴徒”を現場で射殺したとのこと。2日後の30日にも同自治区カシュガル市で爆破テロ事件が起きています。
習主席は“ウイグル問題”を中国共産党の最大のリスク要因だと考えているフシがある。その証拠に今年4月、習主席は共産党中央政治局常務委員の兪正声(ゆせいせい)氏と同政治局委員4人を伴(ともな)って、ウイグルの首府であるウルムチを訪れました。
中国共産党の中枢である政治局委員25人のうち、6人もが北京以外の同じ場所に集結するのは極めてまれなこと。この大規模な視察で地元政府にプレッシャーをかけたにもかかわらず、事もあろうに、一行の滞在中にウルムチ南駅で爆破テロが起き、結果的に習主席の面目は丸つぶれになってしまいました。
ウイグル族という少数民族の問題に、なぜここまで過敏になるのか? それは、この問題が中国の“ドミノ式社会”―ひとつの事件をきっかけに全体が不安定化するような社会―を揺るがす“引き金”になる可能性があるからです。例えば2009年、広東省のある会社の漢族とウイグル族の従業員が衝突したことをきっかけに、ウルムチでウイグル族がデモを行なった。習主席はこうした波及効果を恐れています。
中国の対ウイグル政策には、あらゆる意味で限界がきている。伝統的にイスラム教徒であるウイグル族から信仰の自由を奪う。自治区でありながらトップには漢族が座る。漢族が支配する経済体をつくり上げ、ウイグル族は職を失う……。共産党が一方的にイデオロギーや発展様式を押しつけることで、中央政府とウイグル族は互いを敵視し、弾圧とテロが繰り返されています。
負のスパイラルに陥る国内感情
市民レベルで見ても、ウイグル族は、中国人民の90%以上を占める漢族からいい感情を持たれていません。主な原因は、中国の少数民族政策にある。例えば、ウイグル族は医療や教育の費用がほとんどかかりませんし、大学受験でも少数民族の受験生は点数が加点される。社会の“弱者”である少数民族向けの優遇政策です。ぼくの知り合いにも、漢族から少数民族にあえて“転籍”し、大学受験に合格した人間がいます。
こうした民族政策を前に、一般の漢族は「なぜ、あいつらだけ特別扱いなのか?」と腹立たしく思う。一方、ウイグル族は、信仰や自治という基本的な自由を不当に抑え込まれているのだから、これくらいの援助は当然だと考える。両者の思惑は平行線のままで、ただ互いに抱く感情が悪化していくという負のスパイラルに陥っているのです。
共産党が長年続けてきたやり方が限界を迎え、もはや暴発寸前―政治でも経済でも同様の事例は枚挙にいとまがないのですが、なかでも矛盾が赤裸々に噴出し、諸外国からの厳しい目にもさらされているのがウイグル問題なのです。
このやっかいな問題に習主席はどう対応していくのか。中国という国家の本質と今後の方向性を考える上で重要なケーススタディとなるでしょう。もちろん、これは中国との間に問題を抱えている日本にとっても決してひとごとではない。相手の本当の姿を知ることのできるチャンスを見逃していいというなら、その理由を逆に教えて!!
●加藤嘉一(かとう・よしかず) 日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員。『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(集英社)など著書多数。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中! http://katoyoshikazu.com/china-study-group/