ここ数年で急激に勢力を拡大し、今年6月には“国家樹立”を宣言したイスラム過激派組織「IS(イスラム国)」。資金力、軍事力、広報戦略、そして残虐性とあらゆる面で“史上最凶”と称される彼らの実態とは?
8月から9月初旬にかけてアメリカの2人のジャーナリストを〝斬首(ざんしゅ)処刑する映像をネット上に公開、さらには拘束中のイギリス人ジャーナリストの殺害も予告。欧米諸国は大きな衝撃を受け、イギリスとオーストラリアは「テロへの警戒強化」を発表した。
イラク領内のISの拠点へ空爆を行なっているアメリカに対しても、「どこであろうと(アメリカ人)全員を血まみれにする」との声明を発表、事態は緊迫度を増している。
ISが主に支配下に収めているのは、中東のイラクとシリアにまたがる広大な地域。この過激な組織は、そこでいかに生まれたのか? 国際ジャーナリストの河合洋一郎氏が解説する。
「ISの起源は、後にアルカイダの幹部となるザルカウィが1999年に結成したスンニ派過激派組織。2003年のイラク戦争から反米闘争を開始し、自爆テロの多用や人質の斬首などの残虐性で悪名を轟(とどろ)かせました。2004年にはビンラディン率いるアルカイダの一員となり、たびたび他の組織を吸収、名前を変えて拡大しながら活動を継続。しかし、今年2月にシリア内戦をめぐる対立から、アルカイダの指導部に破門を宣告されました。その後は独自に勢力を拡大し、6月には一方的にイスラム国家の建国を宣言するに至ります。
ISの暫定(ざんてい)的な首都とされるシリアのラッカでは、ヒズバと呼ばれる宗教警察官が24時間、街をパトロール。イスラム法に背いて逮捕された者は宗教裁判所でイスラム聖職者によって裁かれ、むち打ち、腕の切断、斬首などの刑に処されます。こうしたジハード主義者にとっての“理想社会”を広げていくのが彼らの目標です」
ただし、ISが常に「アメリカの敵」であったかというと、話はそう単純ではない。1979年に始まったアフガン戦争で、対ソ連の義勇兵だったビンラディンにアメリカが資金提供したように、シリア内戦で反アサド闘争を繰り広げるISも、少し前までは水面下でアメリカの援助を受けていたのだという。
「アルカイダもISも、『敵の敵は味方』という論理でアメリカが利用してきた組織。ところが情勢の変化や彼ら自身の勢力拡大によって、途中からコントロールが利かなくなる。敵の敵はずっと味方ではなく、アメリカ自身を脅かす“モンスター”になってしまったのです」(中東問題研究家)
アメリカと同様、シリアのアサド政権と対立する中東諸国もISを支援してきたが、IS自体が巨大になりすぎ、もはや影響力を行使できる関係ではなくなった可能性が高いという。
潤沢な資金で欧米の若者も急増
そんなIS勢力を支えるのが潤沢(じゅんたく)な資金だ。かつては誘拐身代金や密輸、恐喝を資金源としてきたが、現在はシリアやイラクの油田地帯を占領したことで、一日当たり約2億円もの原油売却益を確保している。さらに、今年6月にはイラク第2の都市モスルを奪取。中央銀行から約4億3000万ドルの現金と大量の金の延べ棒を入手したことで、総資産は約20億ドルに迫る勢いだという。
前出の河合氏は「タリバンを抜いて、“もっとも裕福なイスラム組織”」と評するが、この資金力があれば、必要な武器はブラックマーケットからいくらでも買えるし、イラクでの戦闘で大量のアメリカ製兵器も手に入れている。また、戦闘を指揮する幹部たちも実力者ぞろいだという。
「かつてアフガンやイラクで戦った経験豊富な戦士が多く、また軍を牽引(けんいん)する指揮官の約3分の1は、フセイン政権下のイラク軍や情報機関で働いたエキスパートたちだといわれています。しかも、自爆テロで昔から有名だった組織ですから兵士たちは死ぬことをいとわない」(河合氏)
そして、兵隊の国籍が多様なところも特徴的だ。中東地域のみならず、さまざまな国の若者がISに参加している。ヨーロッパからはイギリス約500人、フランス約900人、ドイツ約400人……と、実に2000人以上が参加。さらにアメリカからも約300人、オーストラリアからも約150人が中東へ渡り、活動しているという。
「欧米などからISのような組織に加入するのは、やはり中東などのイスラム国家から移住したイスラム教徒の家庭に育った若者が多い。白人のキリスト教社会で、イスラム教徒が疎外感や孤独を感じるような傾向は9・11以降特に強くなったと思われます」(河合氏)
ファッションアイテムまで若者に人気
かつてアフガンへ2度赴(おもむ)き、イスラム過激派の若い兵士と戦った経験のある元フランス外人部隊の反町五里伍長は、彼らの心情をこう代弁する。
「ISの若い参加者の中には、少数ながらイスラム教徒ですらない人もいる。世の中の矛盾や現状の生活に不満を持つうち、ネットで見たイスラム過激派の〝大義名分〟に感化され、まだ見ぬ世界への冒険心を刺激されて戦地に行くのだと思います」
こうした若者の心に響くような広報戦略も非常に長(た)けている。かつてアルカイダは中東のテレビ局「アルジャジーラ」に映像を送り、メッセージを発信していたが、ISはSNSなどネットを駆使して自ら映像などを発信。その影響力は世界中に広がり、ISのロゴ入りTシャツなどのファッションアイテムまで登場しているほどだ。
さらに、ISの参加者には好待遇という“実利”まで用意されているのだという。
「資金が潤沢ですから、地元出身の兵士には“家族手当”も含めた月給を700ドルから800ドル支給。外国からの義勇兵には2500ドルを出しています。もともと職にあぶれていたような若者には魅力的な条件かもしれません」(前出・中東問題研究家)
元米陸軍大尉の飯柴智亮(いいしばともあき)氏は、欧米諸国がISを警戒する理由をこう説明する。
「ISの勢力はいずれ地中海沿岸にまで広がりそうな勢いで、すでにアルカイダを凌駕(りょうが)する世界最悪のテロ集団になったといえます。今のところテロの実行範囲は中東地域に限られていますが、恐ろしいのは欧米諸国のパスポートを持ったメンバーが大量にいること。彼らを使えば、9・11の再現も可能だと言わざるを得ません」
しかも、彼らは中東の地ですでに激しい戦闘や殺戮(さつりく)を経験している……。
「戦闘や殺戮というのはセックスと同じように、何度も経験していくうちに依存症になってもおかしくない。彼らがさらなるスリルを求めるなか、ISの幹部から新たなテロの指令が下されれば、実行に移す可能性は非常に高いでしょう。メンバーの中には、どうやら航空機の操縦免許を持つ者までいるようです」(前出・中東問題研究家)
欧米のパスボートで自爆テロも容易
アメリカはすでにイラク領内でISへ120回の空爆を実行したものの、ダメージは限定的。今後はシリア領内のISの本拠地を空爆する可能性もあるが、もし本気で彼らを潰そうと思うなら、地上軍を投入するしかないとの観測もある。
「ジャーナリストの殺害という“報復”をすでに決行したISは、アメリカの軍事行動がさらに激しくなれば、欧米のパスポートを持つメンバーを自爆テロ要員としてアメリカに送り込むかもしれない。また、ペスト菌を使った生物兵器の製造法を記した文書などもISのパソコンから発見されています。
それと気になるのは、ISの指導者バグダディが『中東からヨーロッパまでを領土とするイスラム国家を建設する。ローマへ進軍し、スペインも征服する』と宣言していること。現代のイスラム過激派が具体的な名前を出して欧米の国を征服すると宣言したのは初めてのことです」(前出・河合氏)
カネも要員も、そして動機も十分にある。あとは彼らの“スイッチ”が入らないことを祈るしかないのかもしれない。
(取材/世良光弘 取材協力/小峯隆生)
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